第15話 保護観察官報告会
四月二十九日、土曜日、午前七時。
火野上さんとの生活は順調な滑り出しを見せ、三週間が経過した今では完全にリズムが整った感じに伺える。クラスメイトとの距離感もサイゼに行った日以降、それなりの距離感を保つようになり、僕との生活も、精神的にも物理的にも安定した日々を過ごしていた。
料理をするようになってから、家事も積極的にこなすようになるものの、帰宅後の脱ぎ散らかしや鞄の中身が散乱しているのは、まだまだ直りそうにはない。まだ同棲を始めて一か月、彼女の成長はまだまだこれからだ。
「渡部さん、お久しぶりです」
「毎日日報でのやり取りをしているから、久しぶりという感じは余りしないね」
「そうですね」と苦笑する。
火野上さんと初めて会った日から約一か月。実家で彼女を見た時は、物凄い臭くて大変な子ってイメージがあったけど、その印象はこの一か月で大分変化を遂げた。きっと今の彼女を見て、当時の彼女を誰も想像出来ないだろう。
あの薄汚れてフケまみれだった赤くて長い髪は、毎日綺麗に洗い続け、光沢のある艶っとした髪へと生まれ変わっている。頭皮の荒れも強めの薬だったせいか急激に改善され、今では頭皮は真っ白だ。再発防止のため、今は薬の効き目を弱くしたものを塗布し続けている。
腕の傷もほぼ全てが綺麗に完治したものの、そこはやはり切傷だ、どうしても痕が目に付いてしまう。火傷の痕や他の残ってしまっている傷痕もあるものの、見える範囲にはないので、洋服を着てしまえば火野上さんはどこにでもいる……いや、ここにしかいない、花宮高校に通う一人の可憐な女子高生だ。
「おお、見違えるように綺麗になったね」
「……」
渡部さんを警戒しているのかな。
火野上さん、僕の腕にしがみついたまま返事しないや。
「うんうん、やっぱり女の子はこうでなくでは。さすがは黒崎君だ」
「別に、僕は何もしてませんよ」
「いやいや、これは君の立派な成果だ。是非とも継続して欲しい」
火野上さんが褒められると、僕も嬉しい。
彼女は僕の袖口をきゅっと掴むと、口元緩ませ
「よし、では、今日は予定していた通り報告会への参加となる。準備はいいかな?」
保護観察官報告会、僕達のように保護観察官として未成年同士で同棲しているカップルは、日本国内に百組存在する。それを一気に全員……ではなく、関東圏内で集まれるだけ集まって、各々の生活を報告する会が、今日都内で行われるのだ。
「報告会、なんて大それた名前が付いているけど、なんてことはない、選任者だけが分かち合える悩み相談の場でもあるんだ。同じ境遇の若者が集う場所でもある。黒崎君も、普段は相談出来ない様な悩みがあれば、好きに打ち明けて構わないからね」
「悩みはほとんど渡部さんと水城さんに報告してますから、特段何もありませんよ」
後部座席に乗り込んで、自分の分と隣に座る火野上さんのシートベルトを付ける。
彼女と同席して車に乗るのって、そういえば初かも。
今日の火野上さん、長い髪を編み込んでリングにした、ふわふわ系の可愛い感じだ。
髪のセットは彼女一人に任せているけど、こういうのも出来るんだなって感心する。
首元にネックレスと白いセーター、茶色いロングスカートに黒のブーツがお洒落でいい。
「桂馬、悩みあるの? ノノン、何もないよ?」
ぱちくりしながら僕を見る。よく見たらお化粧もちゃんとしているのか。唇が淡いピンク色でぷるんとしているし、まつ毛もカールし増量している様にも見える。ギャルメイクまではいかないけど、それに負けないくらい可愛い出来だ。
最近はファッション誌を読むようにもなったから、その影響かも。
相変わらず漢字が読めないから、読むというよりも見るといった感じだけど。
「悩みがないことは良いことだよ、凄いね」
「ノノン、凄い?」
「うん、凄いよ」
「えっへへー」
手を伸ばし指を開いて嬉しそうにしている、本当に見違えるように可愛くなった。
いや、これが彼女の元々のポテンシャルなのだろう、火野上さんは元々可愛いんだ。
「さて、では到着までの間に資料を渡しておこうかな。これが今日参加するメンバーの一覧だ」
「全部で十人ですか、関東圏だからもっと多いかと思ってました」
「実際には選定者も合わせるから、計二十人だな」
「二十人……あ、保護観察官には女の子もいるんですね」
「もちろんいるさ、彼女は
「同い年の男、ですか」
僕は男だから力で勝てて何とかなってる部分があったけど、逆は大変そうだな。
歯医者に行く時とかどうしてるんだろう……って、あそこまで抵抗するのは彼女ぐらいのもんか。
「ん?」って感じで首をかしげる火野上さん。可愛い。
日報に目を通すと、そこには淡々と書かれた椎木さんのこれまでが記載されていた。
――――初日、部屋の隅から動かない
「うわ、初日から手錠とさすまた使ってるんですか」
「むしろ初日だから使う、って子が多いみたいだけどね。黒崎君も初日は凄かったじゃないか」
「そう言われると、確かに」
――――三日目、入学式の最中に泣き始めた四宮君をなだめる為に、式を自主的に退場する。教室へと向かうも彼は席に着くなり身体を振るわせてしまい、心配になったので教室ではなく食堂にて待機することを選択する。その後、一年一組の教室へと向かうも、四宮君は入室を拒否、初日という事もあり、彼の主張を受け入れる事とする。――――
――――十日目、部屋から泣き声が聞こえてくる。死にたいと連呼している彼の部屋へと行き、泣いている四宮君を抱き締める。成績はとても優秀、容姿だって悪くないのに。小中学校時代に受けたイジメ被害を考慮し、彼の気が済むまで泣かせ、自信に繋がる様な言葉を言い続ける。彼に足らないのは自信だ。それさえあれば彼は立ち直れるはず。――――
「椎木さん……渡部さんの言う通り、とても優しい子なんですね」
「じゃあ、次はこの子とかどうかな?」
「あ、次は男の子ですね、
「名前の通り、美しい感じの子だよ。まぁ、その子に限らず、保護観察官に選定される子は基本的に良い子が多い。無論、そういう子を選定しているのだから、当然と言えば当然なんだけどね」
ふむ、僕もその括りにいる訳か。悪い気はしないね。
――――初日、何事も初日が肝心とし、嫌がる
「百四十キロ」
「非行少女のパターンも様々だからね。諸星さんは摂食障害と診断されているんだ」
――――二日目、朝食を作りたいと諸星さんにお願いされ、彼女に任せてみることに。その間に洗濯や自室の片付けをした後リビングに戻ると、想定以上の料理が完成していた。どうやら二食分を調理したらしい。昼の分を抜けばいいとし、その場は食す。昼、お腹が空いたと泣いている彼女を部屋に閉じ込め施錠する。施錠システム、本当に役に立つ。――――
「ぷっ」
「どうした?」
「ああ、いえ、僕と全く同じ事を考えたんだなと思いまして」
――――五日目、休日という事もあり、諸星さんと一緒に散歩に出かける。五キロほど歩いたあと迂闊にもリビングで眠ってしまい、起きてみると彼女は冷凍庫に収納されていた予備食料に手を出してしまっていた。ドリアにスパゲッティに焼きおにぎり、食べたカロリーを計算し、その日は一日食事抜きにした。……が、あまりに可哀想だったので、薄めたお粥を用意し、夜に食べさせることに。まだまだ時間はある、ゆっくりと減量していけば、きっと彼女だって痩せる事が出来る。――――
――――十四日目、体重がついに百三十キロちょうどになった。減量スピードが速すぎるかと思ったが、調べると減量し始めは大きく下がると書いてあった。お祝いにケーキが食べたいと諸星さんが言っていたが、もちろん却下。代わりに、一緒にフィットネスゲームで遊ぶことに専念させ、脂肪の燃焼に務める。あと八十キロ、道はまだまだ遠い。――――
「何ていうか、本当に優しい人ばかりですね」
「そうだろう?」
「はい、会うのが楽しみになってきました」
結局、全員分は読み終えることが出来ず。
車は目的地である、都内の超高層ビルの地下駐車所へと入っていった。
螺旋の道を曲がりながら走る車、重力で火野上さんの身体が僕に密着していく。
「桂馬、ノノン、こういうの何か好き!」
「ジェットコースターみたいだよね」
今度遊園地にでも連れて行ってみようか、そんな彼女と一緒に、僕達は車を降りる。
保護観察官報告会、そこで、僕は火野上さんの衝撃の事実を知る事となるとも知らずに。
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