第14話 二人で過ごす休日

 四月八日、土曜日、午前七時。


 今日は火野上さんは起きてこないらしい。

 昨晩二人で遅くまで映画を観ていたから、しょうがないか。

 

 リビングにある超大型多機能テレビ。動画サイトでも映画配信でも何でも観れるコイツは、結構な時間泥棒だ。家自体が防音のはずだから、大音量でもクレームの類は一切来ない。このテレビで僕の好きなゲームやアニメ見たら凄そうだな……とは思うものの、火野上さんの教育上宜しくないかもと自制している。


 ……よし、日報の送信と。

 今日明日は学校もないし、家でのんびりでもしようかな。


 今日の朝ごはんは……ポーチドエッグにマフィン、おお、マクドのモーニングみたいだ。

 サラダとコーヒー、それと冷凍のハッシュドポテトとベーコン、うんうん、美味しそう。

 早速調理しますか、たまには一人でするのもいいでしょ。


 ピッピッピとIHを加熱させて、お湯を沸かしてその中に酢を混ぜてと。

 生卵を投入……きっちり二分で掬い上げて氷水の中へ。

 

 てきぱきとこなして、二人分の朝食があっという間に完成した。 

 宅配で材料が予め決まってるのって楽でいい、母さんにも教えてあげようかな。

 コップに氷、ウォーターサーバーから水を入れて、席に座る火野上さんに手渡してと。


「……って、うわ! 火野上さん、いつからいたの!」

「桂馬が料理してるから、見てた」

「あ、ごめん、料理したかったよね」

「ううん。桂馬の料理、凄い上手だった。だからノノン、勉強の為に見てた」


 じぃっと僕を見つめる彼女の隣に座って、頂きますと両手を合わせる。


「宅配のレシピ見ながら作ってるだけだよ、火野上さんだってぐに出来るようになるさ」

「本当? ノノン、桂馬よりも料理出来るようになる?」

「なるよ、あっという間に超えちゃうんじゃないかな」

「……にへへ、そっかぁ……良かったね、けーま」


 何が良かったのか分からないけど、彼女がご機嫌なら良しだ。

 午前中に洗濯と掃除をして、その後は火野上さんの勉強をみる。というか受ける。


「七百七十七円の買い物をして、ノノンは千円で払いました。お釣りは幾らでしょうか?」

「二百……」


 ぐっと彼女の眉間にしわが寄った。

 ここはワザと間違えるが正解か。


「……三百三十三円です」

「ブッブー! 桂馬さん不正解です! そこはノノンも間違えました。答えはなんと二百三十三円なのです!」


 ……それも違くないかい? だけど、その間違い訂正は流河先生に任すとするか。 

 何故なら火野上さんはこんなに可愛い頭をしているのに、超が付く程に短気だ。

 絶対に間違いを認めないし、指摘したら指摘しただけアングリーゲージが加算されていく。

 青天井で上っていくそれは、彼女の暴走を以って終了となる。と、流河先生が言っていた。


「では、次の問題です!」


 可愛い子が可愛い間違えをしているんだ。 

 土曜日ぐらいこんなのでもいいじゃないかと、僕は思う。


 お昼、算数国語教室を終えた後、二人でキッチンに並んで立つ。

 昼食はお蕎麦とそぼろ丼、既に配合された調味料を混ぜて炒めるだけの簡単レシピだ。

 野菜のカットや火の回りは火野上さんにお願いして、僕はご飯と蕎麦を茹でるのみ。

 

「ノノン、実は料理の才能もあったんだなー」

「そうだね」と、やや苦笑しながら返事をする。


「新しい生活楽しい、ずっと楽しい、桂馬、ありがと」

「そう言って貰えると、頑張ってる甲斐があるよ」

「……うん、ノノン幸せ、今が一番幸せ……」


 ふとした瞬間に涙がポロポロ溢れて来る。

 感情の起伏がとて激しい、怒りも悲しみも、彼女は抑えることが出来ない。

 

「まだまだ始まったばかりだよ」

「うん、でも、ノノン嬉しいの」

「そうだね、火野上さんが喜んでくれて、僕も嬉しいよ」

「けーまぁ……」

 

 ぽんと飛び込んできて、僕の胸で泣き続ける。

 泣き虫で怒りん坊で、それでいて笑顔が可愛くて嬉しいとぴょんぴょん跳ねる。

 なんでこんな子が、あんな辛い過去を背負っているのかな。やるせないよ、ホント。


「桂馬、これなぁに?」


 お昼の片づけをしていると、テレビ付近をいじっていた火野上さんが、何やら細長い箱を手にしてやってきた。


「ジャンガだね、タワーを作って木の棒をゆっくり引き抜いて、上に置くゲームだよ」

「ゲーム? ノノン、遊んでみたい」

「片づけ終わるから、ちょっと待ってね」


 テレビゲームだと時間取っちゃうけど、パーティゲームなら問題ないかな。

 縦横三列、ランダムに置いた木の棒を抜いて上に置く、もはや説明不要のゲームだ。

 箱ごとテーブルの上に縦に置いて、すっと箱を抜くと準備完了だ。


「下の方にある木の棒を、こうやって、ゆっくり抜いて上に置けばいいの」

「おおー、これならノノンでも出来そう」

「そうだね、でも慎重にね」

「……出来た、抜けたよ」

「じゃあ、それをタワーの上に置いて」

「……置いた、ノノンの勝ち!」


 まだですね。一個置いて勝敗ついたら、先行超有利ゲーになっちゃうよ。

 

「これはね、がしゃーんって崩れた方の負けなの」

「そうなのか。じゃあ桂馬、どうぞ」

「うん……あ、火野上さんが邪魔したらダメだからね?」

「うぐっ、そ、そんなのノノン分かってるし」


 嘘つけ、いま後ろから僕のこと押そうとしたくせに。

 本当、考える事が可愛いよなぁ……っと、よし出来た。


 ジャンガとか遊んだのいつぶりかな、小学生の頃、正月に親戚一同集まって遊んで以来かも。 

 となると五、六年は昔か……いつになっても楽しめる遊びって、いいもんだな。

 

 というか火野上さん、こういう集中する系、結構得意だったりする?

 手の震えが全然ないし、物凄い静かに集中してる。


「……出来た」

「え、これ、もう抜くとこないんじゃ」

 

 二本支えと一本支えしかない、それが最上段まで連なっている。

 どこを抜いても崩れる、こんなの初めて見たぞ。

 火野上さん、すっごい期待に満ちた目で僕を見ている。


「……参った、僕の負けだよ」

「がしゃーんは?」

「ぐっ……じゃあ、いくよ」


 がしゃーん! って盛大に崩れ去るジャンガ。 

 死体蹴りに近いな、結構な屈辱だ。


「きゃったああああああぁ! ノノンの勝ちぃ!」

「完敗だよ、まさか負けるとは思ってなかった」

「じゃあ勝ったご褒美、何にしようかなー?」

「えー、そんなの決めてなかったのに」

「にひひー! あ、じゃあ、桂馬はノノンと一緒にお風呂に入って下さい!」


 え? 


「いや、お風呂はだって」

「ノノンと一緒に入るの、嫌なの?」

「嫌じゃないけど、でも」

「桂馬に洗って貰えるの、ノノン好きだよ?」

「……あー、そう、ですか」

「そうなのです。ねぇ、今から入ろうよぉ」

「今から? まだお風呂作ってないし、まだ三時だよ?」

「何時でもいいの、ノノン幸せだから」


 火野上さんと一緒にお風呂に入るのは、初日にこのマンションに来て以来か。

 あの日に比べたら臭いも全然ないし、一緒にお風呂に入る理由はほとんど無いんだけど。

 単純に火野上さんが嬉しいのなら、身体を洗うぐらいは、別にいいよな。


『お風呂の準備が出来ました』


 自動ボタンを押して二十分程で、湯舟がお湯でいっぱいになる。

 洗うだけなら不要かもだけど、そのまま湯舟に浸かりたいんだろうね。


「桂馬、準備出来た!」

「分かった、今行くー」

「ノノン、先に服脱いで待ってるね!」


 脱衣所のカゴの中に乱雑に放り込まれた彼女の肌着を、洗濯ネットに詰めてと。

 ん? 彼女の下着にいつもと違うシートが付いてる、なんだろこれ。


「火野上さん、これって?」

「え、また桂馬、ノノンのショーツさわってるの? ……えっち」

「いやいや、これって何? 剥がしていいの?」

「うん。それ、おりものシート」

「おりもの?」

「うん」


 おりものってなんだろう? 知らないことが多いな。

 生理用品とは違う、なんか薄い感じのシートだ。


「桂馬、ノノン、ショーツ見られるの恥ずかしいかも……」

「あ、ごめん」


 女の子の下着をずっと見るとか、どこの変態だよ。

 ぺりぺりと剥がして、くず入れにポイっと。

 浴室には背中を向けた彼女が座っていて、顔だけこちらを見てニコニコとしている。

 

「じゃあ洗おうか」

「あれ? 桂馬、脱がないの?」

「脱ぎません。僕まで脱いだら大変な事になるでしょ」

「脱いでもいいのにぃ、ノノンと一緒、お風呂入ろうよぉ」

「ダメです、入りません。変なこと言うと洗わないよ」

「あ、ダメダメ、宜しく、お願いします」


 火野上さんは性認識がちょっとまだ緩い、きちんと守らせないとだな。


 しばらくはとても平和な日が続き、それから約一か月後。

 僕達は久しぶりに再会した渡部さんと一緒に、保護観察官報告会へと向かう。

 月に一度、都内にて開催される、全国青少女保護観察官の顔合わせの日だ。

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