第13話 表の顔と、裏の顔
四月七日、金曜日、午前六時半。
「
「……うん?」
火災報知器がよく鳴らなかったなってレベルで凄い臭いが充満している朝。飛び起きてキッチンへと向かうと、それはそれは大惨事な状態が出来上がってしまっていた。刃物の類は施錠されているものの、皿や冷蔵庫、クッキングヒーターは彼女でも取り扱えてしまう。
「ありがとう……
「うん、でも、ノノン早起きして頑張った」
「そうだね、偉いね」
心意気は買う。
料理は一緒にする、火野上さんとのルールが一つ増えた。
そんな感じで始まった一日。今日から通常授業も始まり、火野上さんは別教室へと
火野上さんの記憶力は果てしなく悪い、だけど、それだって彼女が望んでなった訳じゃない。
周囲の環境がそうさせてしまっただけなのだから、それに是非を問うてはならないんだ。
「
二時限目が終わった辺りで、昨日話しかけてきた女子生徒が声をかけてきた。
「どうだろう、火野上さんの顔を見てみないと。今日もファミレスに集まるの?」
「うん、というか、昨日は結局集まり悪くて行かなかったんだ。今日も午前中で終わるし、来週からは部活とかも始まっちゃうでしょ? だから集まるなら今日が一番いいかなって思うんだけど」
確かに、僕達は部活とか関係ないけど、皆はあるもんな。
二日連続で断るのも印象が悪い。火野上さんも二日目だし、多分大丈夫だろう。
「うん、分かった。火野上さんにも行くよう説得してみるよ」
「本当! 良かったー、じゃあ学校終わったら皆で一緒に行こ!」
「ありがと……えっと」
「あ、名前覚えてないんだ」
「ごめん」
「いいよ、私は
「小春さん。うん、誘ってくれてありがとう」
「いいよぉ、色々と聞きたいことあるしぃ」
女子の集団へと戻った小春さん。
途端に女子がキャーキャー言い始めた。
多分、火野上さんとの生活を根掘り葉掘り聞かれるんだろうな。
「なぁ黒崎」
「……小平君」
「それ、俺達も行って平気か、小春さんに聞いてくんねぇかな」
自分で聞けばいいのに、と思ったけど、訊きづらい気持ちは分かる。
僕だって火野上さんがいなかったら、同世代の女子との接し方なんて無駄に考えちゃうよ。
あれかな、僕を通して人間関係を学ぶって、こういう事なのかな。
「男子も来たい? うん、別にいいんじゃない?」
なんともアッサリとした返事だ。小さくガッツポーズを決めた
全部で二十二人、結構な大所帯だ。
四時限目終了のチャイムと同時に、火野上さんは教室に戻ってきた。
基本手ぶら、教材を持って行ったのは初日のみで、後は学校管理になるらしい。
他の生徒の目を考えての事だろう、相変わらず気配りが凄い。
「お帰り、勉強どうだった?」
「ノノン、頭良いって言われた」
「そっか、それは凄いね」
「ふふん、帰ったら桂馬にも、教えてあげるね」
算数と国語を教わるのか。まぁ……別にいいけど。
「あ、それでね火野上さん、今日はこのままファミレスに行こうかと思うんだけど」
「ファミレス?」
「うん、クラス全員でね、ちょっと集まって軽くご飯でも食べようってなってるんだ。火野上さんにもぜひ来て欲しいって言われてて……どうかな?」
「……桂馬は、行く?」
「うん、僕も行くよ」
「なら、ノノンも行く」
良かったって感じの吐息が、教室全体から聞こえてくる。
その吐息を聞いて、今更ながらに気づく。
もしここで火野上さんが「行かない」ってなった場合、彼女に責任がいってしまう所だった。
それらの責任は全て僕が背負わないといけない、判断を委ねちゃダメだ。反省しないと。
ファミレス、それはもちろんグランメッセ一階にあるイタリアンレストラン、サイゼだった。
何となく家路と一緒だなと思っていたけど、なるほど、家路そのままでしたか。
「このマンションなんでも揃ってるから、便利でいいよね」
「学校から歩いてこれるしな、映画館にショッピングモールに病院、全部ここで済むぜ」
「住むとクソ高いんだってさ、だから憶ションって呼ばれてるんだって」
「最上階に住める人達ってどんな人なんだろうね……見てみたいな」
こんな人達ですね。目の前にいます。
自分の力で住んでる訳じゃないから、別に自慢しないけど。
「人数多くてボックス席と普通席で別れちゃうんだって。六人席を二個、後は机くっつけて十人で座れるみたいなんだけど」
「じゃあ、適当に最初は分かれて、その後
「出来たら男だけで固まるのは勘弁して下さい」
「OK、極力三対三にするようにするね」
一気に賑やかになった店内、僕と火野上さんは十人席になったものの、男女で座ろうという謎の圧力がかかり、ちょっと離れて座ることに。顔色見ておかないとな、彼女が暴れたりしたら直ぐに止められるようにしておかないと。
火野上さんの隣に座った男子生徒、めっちゃ緊張してる。
顔が真っ赤じゃん。坊主だから湯で栗みたいだ。
「やっぱり火野上さんが気になる?」
「小春さん……それはまぁ、国家プロジェクトだからね」
「それって青少女保護観察官って奴だよね。国内に百人だっけ? そんなのに選定されるんだから、やっぱり黒崎君って凄いよね」
別に僕が凄い訳じゃない。なりたくてなった訳じゃないし、勝手に選ばれただけだ。
だけど、火野上さんと一緒に暮らしていて、彼女には誰かが必要だというのは理解している。
彼女はもう、きっと一人では生きてはいけない。
「ねぇねぇ、それってやっぱり結婚までするって事なの?」
「風蔵さん、そういうの聞いたら失礼だって」
ポニーテールにした茶髪をいじりながら、やや上目遣いで質問を飛ばしてくる。
「そこまでは強要されてないよ」
「あ、そうなんだ。でも一緒に暮らしてて、やっぱそういう感じになったりしないの?」
「別に……ならないね」
「洗濯とかってどうしてるの?」
「僕が洗ってるよ」
「え、火野上さんのも?」と、これは小春さん。
「……ノーコメント。あまり聞かないでくれると助かる」
「あ、そっか、ごめん」
「言わないってことは、そういう意味だよねぇ」
にひひと笑う風蔵さん。
やっぱり、興味はそこに尽きるか。
適当に話を合わせて終わりにしてしまおう。
そういえば、火野上さんは大丈夫かな? 隣の男のスマホ見てるみたいだけど。
「ほら、これ僕のアカウント、ガチャ限全部揃えたんだ」
「へー! 凄いね!」
「え? そう? やっぱり凄い?」
「うん、ノノン全然分かんないけど、凄いと思う!」
「え、えへへ……よし、次のガチャ限もコンプするから、フレンドになろうよ」
「ふれんど?」
「うん、ノノンさん、スマホ持ってないの?」
「ノノン、スマホないよ?」
「あ、そうなんだ。じゃあ今度僕が用意してあげようかな」
「ノノンにスマホくれるのー!」
「う、うん、嬉しい?」
「嬉しいー!」
青少女保護観察プログラムの最大の成果は、火野上さんが優秀な子供を産むこと。
その相手は僕でもいいが、もちろん僕じゃなくてもいい。
だから、こうして彼女が他の誰かと仲良くしているのは、むしろ歓迎しないといけない。
……と、頭で分かってはいるんだけど。
あの男のやり方は彼女の昔と被る気がする。
物で釣るのはダメだろう、認める訳にはいかない。
「あれ、ちょっと離した方がいいね」
「OK、そろそろ席替えしようか」
周囲も気づいたみたいで、一斉に席替えとなった。
あくまで顔合わせ、ここはマッチングサイトではない。
スマホ男はボックス席へと移動になり、火野上さんは先ほどよりは僕の近くにやってきた。
他のクラスメイトとの会話はそれなりに普通で、他愛のない質問ばかりだ。
計三回の席替えをした結果、クラスメイトとの距離感は随分と縮まった気がする。
「少しだけ歩こうか」
お会計を終え、クラスメイトを見送った後、僕達は一旦マンションの敷地外へと歩いた。
ここに住んでいるのを見られたらいけない気がする。何となくだけど。
どこへでもなく歩いていると、火野上さんが僕の袖口を掴む。
「けーまぁ」
「……どうしたの?」
「ノノン、もう、こういうの行きたくない」
「……そっか、ごめんね」
「うん……」
表の顔と裏の顔、彼女なりに考えて人間関係を構築していたんだ。
浅はかだったのは僕の方だなと、心の底から思い知った。
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