第11話 大人としての気配り。
一人一人の自己紹介、僕達の席は色々なものを考慮されて、一番廊下側の一番後ろ。
他のクラスメイトが出席番号順なのに対し、これは既に異質である。
「
パチパチパチパチ……
部活に入る予定がないのではなくて、本当は入れないが正解だ。
青少女保護観察官としての責務は、屋外において
初日以降、玄関から逃げるといった事はしていないが、まだたったの三日目だ。
火野上さんが絶対に僕から逃亡しない、とは言い切れない。
「…………」
僕の自己紹介が終わり、次は火野上さんの番になったけれど。
彼女は立ち上がりこそすれど、何も喋る事が出来ず。
への字の眉、注目する他の生徒を見ないように瞳を泳がせ、胸の前で拳を作り、もう一つの手は相も変わらず僕の袖口を掴んでいて、その手がぷるぷると震えていた。
しょうがない、僕が代わりにするか。
「彼女は「ノノンです! 桂馬と一緒に住んでます!」……え?」
それだけ言うと、彼女は赤くて長い髪を振り乱しながら席に着いた。
教室内が一気に色めき立ち、ザワっとなったのを感じる。
青少女保護観察プログラムは、学校側は承認しているけど、生徒には知らされていない。
それはどちらかと言うと僕を守る為であり、僕個人としても出来る限り隠したかったこと。
「ねぇねぇ、火野上さんと黒崎君ってどういう関係なの? やっぱり幼馴染とか?」
自己紹介も終わり、入学式までのトイレ休憩に入ると、さっそく近くにいた女子生徒が興味津々に質問してくる。女子だけじゃなく、まだ入学したてて距離感の掴めていない男子生徒も、こちらに耳を傾けている様子だ。
「幼馴染じゃないし、なんなら僕達も知り合ったのはついこの間だよ」
「え、ついこの間ってことは……あ、あれ? 青少女保護観察ってやつ?」
まとめサイトに掲載されているし、その名称を知っている人はきっと多い。僕が世間に無頓着なだけで、調べればその言葉はいくつも検索にヒットした。中には女性軽視とか、奴隷化とか、あまり好ましい内容が多くなかったから、学校ではあまり公にはしたくなかったけど。
「ほら、黒崎君も火野上さんも困ってるでしょ。もう入学式が始まるんだから、教室から早く出なさい」
どう答えるのが一番の正解か悩んでいる時に、
鶴の一声、先生の言葉で「はーい」とクラスメイトは体育館へと向かい始める。
「火野上さんの自己紹介は、ちょっと驚いちゃったわね」
「……そうですね」
体育館へ向かう時も、火野上さんは僕の袖口を掴んだまま。
他の生徒たちの目に触れないように、先生と三人、ゆっくりと歩く。
「でも、いつかはバレる事だと思います。毎朝一緒に登校して同じマンションに帰るんですから、隠し通せるものじゃありません。そう考えれば、早目のカミングアウトは結果的に良かったのかもしれません」
何事も前向きに、良い方に考えないと。
「そうなんだけど……でも、このクラスだけにしておいた方が、きっといいわね」
「そう、なんですか?」
「うん……入学式が終わったら先生から皆に伝えるから、それまでは黙っていてね」
人差し指を唇にあて、軽くウインクをする。
当の火野上さんはと言うと、何が起こっているのか、あまり理解できていない様子だ。
「ノノン、ダメな子? 怒られる?」
「ううん、大丈夫。僕達も入学式に行こうか」
「……うん」
入学式、新入生は列になって並んで歩くだけで、特に何かするといった事はない。
起立と礼、後は座っていればいいだけなんだけど、彼女には難しいらしい。
それを見越してか、僕達の席は他の新入生の席とは違い、体育館の入口近くに設けられたパイプ椅子だった。父兄よりもステージから遠い。一体僕達の立ち位置ってなんなのかなって思うような場所だったけど、長時間話を聞いてられない火野上さんは、椅子をガタガタさせたり、不意に立ち上がってしまったり、横に倒れて僕の膝を枕にしたり。
「けーま」
「なに?」
「ノノン、トイレ」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「うん」
とまぁ、一時間の入学式ですら、彼女には難しいものなのだと思い知ることとなった。
火野上さんがトイレに入っている間に入学式は終わり、僕達はちょっと遅れて教室へと戻る。
廊下側の一番後ろの席だから、他の生徒の目を気にせずに座ることが出来る。
色々な気配りや、心遣いというものを節々に感じる、本当にありがたい。
「皆さん、入学式大変お疲れさまでした。今日はこれで終わりになりますが、その前に先生から一言だけお願いがあります。黒崎君と火野上さんは自己紹介にあったように、同じマンションにて生活しています。ただし、これは国家プロジェクトによるものです」
何とも大層な言葉が出てきて、クラスが一瞬ざわつく。
「はいはい静かに! 国家プロジェクトである以上、失敗は許されません。具体的なものは本人たちも語ることを禁止されておりますから、不必要な質問等をしないように。あくまで一年一組の仲間として、二人を迎え入れてあげて下さいね。分かりましたか?」
はい! という威勢のいい返事を残して、流河先生はHRを終えた。
学校初日が終わり、皆が帰り始める中、僕達は先生のもとへと向かう。
「こんな感じで良かったかしら?」
「はい、ご高配、ありがとうございました」
「あら、難しい言葉を知ってるのね。さすがは黒崎君」
「いえ、大人と接する機会が増えましたので、ビジネス言葉をちょっとかじっただけです」
「それでも十分立派よ、それじゃあ明日からも宜しくね」
教室を後にする先生に対して、深くお辞儀をする。
流河先生に
「ねぇ、黒崎君と火野上さん」
まだまだ賑やかな教室にて、僕達に声をかける女子生徒が一人。
「二人って、これから時間ある?」
「これから時間……何かするの?」
「うん、クラスメイト数人でファミレス行こうってなってるんだけど、一緒に行かないかなって。お互い顔合わせって事もあるし、二人について色々と質問したいって子が沢山いてさ、出来たらお願いしたいなーって思ってるんだけど」
青少女保護観察プログラムにおいて、火野上さんが学校に通う一番の理由。
それは、僕を通して人間関係の構築について学ぶことだ。
お誘いを断る理由は微塵もない、全ては火野上さんの為に必要なこと。
だけど。
「……」
何も無理強いしてまでして努力させるものでもない。
火野上さんの表情が陰っている以上、今はその時ではないのだ。
「ごめん、僕達やらなきゃいけない事があって、今日は帰らないとなんだ」
「あ、そうなんだ。さっき先生が言ってた国家プロジェクトって奴?」
「そうそう、日報書いたり、いろいろとね。誘ってくれたのにごめんね」
「ううん、いいよ。また今度誘うね」
事実、やる事は沢山ある。
家に帰って火野上さんがとっ散らかした部屋の掃除や、夕飯の準備やお風呂掃除に洗濯。
これまで母さんがやってくれた家事を、全部僕がやらないといけないんだ。
「……けーま」
「うん?」
「ありがと」
「……うん」
帰り道に言われた感謝の言葉、その言葉が聞けただけでも、間違ってなかったって思える。
いつかはクラスメイトとも打ち解ける、その時はそう遠くはないはずだから。
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