第7話 不思議な人。※火野上ノノン視点

 ずっと怖かった。

 みんなはすぐに怒る。


 ノノンには分からない事が多い。

 出来ない事が多い。


 施設にいた時も変わらない。

 みんなが出来ることを、ノノンは出来ない。

 それだけで怒鳴られて、いじめられて。

 

 だけど、ノノンが出会った大人の人は、とても優しかった。

 とても痛いことをされたけど、とても優しかった。


 それからノノンは気付いた。

 男の人は、えっちをするとみんな優しくなる。


 ノノンが何を言っても、どんなことをしても。

 すごいね、偉いねって言って、褒めてくれるんだ。


 美味しいご飯も食べさせてくれた、ノノンの話をちゃんと聞いてくれた。


 だから、ノノンはいろんな人とえっちしたんだ。

 回数なんて覚えてないし、ノノンには覚えられない。


 でも、それはダメな事だって、施設にいたお父さんに言われた。

 ノノンの本当のお父さんじゃないくせに、お父さんって呼ばなきゃいけない人。

  

 それが本当かどうか、施設にいるイジメっ子にも試してみた。

 学校に行く度にノノンをイジメる男の子だったけど、やっぱりえっちの後は優しい。


 きっと、お父さんが間違ってるんだ。

 ノノンは正しい、ノノンは間違ってない。


 施設に帰りたくないって言うと、街の男の人はみんな泊まっていきなって言う。

 やさしい。だからお返しに、ノノンはその人とえっちをする。


 外には仲間も出来た。ノノンみたいな人もいれば、ちょっと怖いだけの人もいる。

 みんな学校には行ってない、みんな帰る家もない、お友達が増えた。

 

 お友達とお泊りするとき、ノノンはお金を出さない。その代わりいつもえっちをした。

 カラオケとか、漫画喫茶とか、どこかの階段下とか、公園とか。

 そうしたら、お友達の女の子が急に怒り出した。私の彼氏を奪った、とか言ってた。

 

 ノノンはそんなつもりはないし、そんな気は全然ない。

 いつも通りにえっちしてただけ、泊めてくれたから、ベッドで寝かせてくれたから。

 

「ふざけんなよ……ヤリマンのくせに言い訳してんじゃねぇよ!」


 沢山殴られた、沢山蹴られた、血がいっぱい出た。

 誰もノノンを助けてくれない。いっぱいえっちした男の人たちも、誰も助けてくれない。

 怖かった。怒鳴られると、ノノンは何も出来なくなる。


「お前ら全員この女犯せ、アタシの彼氏と寝たんだ、絶対に許せねぇ」


 両手両足を抑えられて、男の人がえっちしてきた。

 何人も何人も、そこら辺で寝泊まりしてる人も、ただ歩いていた人も。

 痛かった、血が出てきた、いっぱい泣いた。だけどやめてくれなかった。


 それから、ノノンの周りには、誰もいなくなったんだ。

 

 ウチに来る? って誘われたら、誰でもついて行った。

 身体はどんどん薄汚くなっても、えっちする時だけは人間でいられる。


 もう、ノノンには人としての価値はないんだって、誰かが言ってた。

 物凄い痛い思いもした、痛すぎて泣きわめいて、逃げたいのに逃げれなくて。

 でも、終わったあと「耐えれて偉いね」って褒められると、頑張れる気がした。

 

 そんな中でも、最後の人だけは、なんか違ったんだ。

 

 どうして閉じ込めるの? ノノン、お腹減ったよ? 喉が渇いたよ?

 どうぶつさんが入る檻の中で、ノノンは泣いた。鎖に繋がれて、どこにも行けなくて。


 実験をするとか言われて、毎日痛い思いをして、泣き叫んで。

 このまま死ぬのかなって思った、それでもいいと思った。


 多分、ノノンには生きてる価値なんて無いから。

 死ぬんなら、このまま終わってしまえばいいって、そう思った。


 ……けど、また助けられた。

 檻とは違う、どこか知らない部屋。

 結局出られないこの部屋は、ノノンを殺す部屋なのかなって思った。


「火野上ノノンさん、私、青少女保護観察課の水城みずき香苗かなえと申します」

「……? せい……ノノン、むずかしいこと分からない」


 怖い、また怒られる。分からないとみんな怒る。女の人は、怖い。


「貴女は政府が運営する、青少女保護観察プログラムに選定されました。これから三年間、貴方は特定の男の人と一緒に過ごして貰う事となります。彼はとても優しい人です、これまで貴方が接してきたクズみたいな人間とは違う、誠心誠意をもって接してくれる、世界で一番頼りになる人です。これからの三年間で、失ってしまった貴方を取り戻して下さい」

「……?」

「もし、それが叶わなかった場合……いえ、それは後にした方がいいでしょう。とにかく、明日、貴方はその方と面談します。可能な限り身なりを整えて、少しでも気に入って貰えるよう努力をして下さいね」


 言ってる内容が、理解できない。

 でも、ちょっとだけ分かる。また、男の人と過ごさないといけないんだ。

 閉じ込められるのは、イヤだな……怖いのも、痛いのも、イヤだな。


 ノノン、もう、死んでもいいのに。

 きっと、ノノンなんていらない子だから。 





 

「黒崎桂馬と申します」


 その人は、本当に怒らない人だった。

 叩いても、盗んでも、何をしても怒らない。

 

「火野上さん、貴女はもうこういう事をしたらダメだ」


 ノノンのことを、ずっと火野上さんって呼ぶ。

 ヤリマンとか、メス豚って、ずっと呼ばれてたのに。


 私のことを必要としてないのに、なのに怒らない。離れない。

 不思議な人……今まで出会ったことのない男の人。


 この人は、なんでノノンの側にいてくれるんだろう?

 ノノン、わからないなぁ……。



§



次話『第8話 ようやく片づけた過去の因縁』

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