第6話 読めない彼女の行動

 お風呂に入れることは成功した、けど、部屋の掃除は頑なに拒否されてしまった。

 なのであの部屋は僕の権限により廊下から施錠、これで中には入れない。


「ノノン! ノノンの大事なものが入ってるのに!」

「ダメ、あの部屋は後で渡部さんと水城さんと一緒に掃除します」

「ノノンのだよ! 全部ノノンのなのに!」

「ダメって言ったらダメ」


 施錠システム、本当に役に立つ。

 玄関入って一つ目の左側の部屋、そこを新たに彼女の部屋に選定した。

 こういうのを想定してか、部屋ごとに机とベッドがあるのだから、用意周到が過ぎる。


 昼過ぎに入居し、それから片付けやら入浴やらでごたごたしたけど、まだ午後四時。

 夕食にはまだ早い。そういえばと、僕は既に届いていた彼女の傷の詳細について目を通した。


「……くそっ」


 読んでいて思わず声を荒げる。

 それに意味なんてないって分かるけど、心がチリつく、やるせない。


 調査報告書、そこには彼女が何をされていたのかが、事細かに記載されていた。背中に残る大きな火傷は、監禁されていた時に人体実験と称し行われていたもの。どれだけの温度に皮膚は耐えるのか、そういった実験を行ったらしい。


 他にも、彼女の体内にどれだけの異物が入るのかも実験したと書いてある。

 嫌がる彼女を拘束し、……正直、見るのも吐き気がするレベルだ。


 根性焼きについては、不良集団にリンチされた時に出来たものだと記載がある。 


 火野上さんが集団のリーダー的存在と性的関係を持ってしまい、リーダーを慕う女たちを首謀者として、彼女を徹底的に痛めつけた。それは殴る蹴るといった行為のみに留まらず、公共の場であるにも関わらず、深夜に街中で集団レイプにまで発展したらしい。そして彼女を抱いた男たちは、その証拠として彼女のお尻や手の甲に自身のタバコを押し当てていった。

 

 把握出来ているだけで、その数三十を超える。

 つまりは、一晩で三十人以上だ。


 足に残る縛られた跡については、売春行為を行っていた際に付けられたモノと推定される。

 通称SM、その中でもハードと呼ばれる部類の行為を、ノノンは受けていたとあった。

 吊るされ、炙られ、刺され、徹底的に苦しめられる。


 何もかもが僕の想像を遥かに超えていた。


 一通り目を通した後、僕は廊下に座る彼女を見る。

 まだ部屋に執着しているのか、開かない扉を背にして膝を抱えてうずくまっていた。


 調書の中に性病についての記述もあったが、医師の診断によれば全て完治しているらしい。

 一応は綺麗になった、その状態で僕に引き渡したのだろう。

 読み終わると、時計の針は午後五時になろうとしていた。


「そろそろ夜ご飯だけど……火野上さん、何か食べたいものある?」

「……」

「何もなければ僕が勝手に決めちゃうけど、いい?」


 返事はない……か、渡部さんも言っていた通り、まだ初日だ。

 焦って距離を縮める必要はない、僕一人で適当な料理に挑戦してみよう。


 あれだけの物資が揃ってたんだ、きっと冷蔵庫の中も凄いに違いない。

 と、思っていたのだけど、冷蔵庫の中身は想像以上に少なかった。

 冷凍食品の数は凄いけど、その他は調味料ばかりで、料理に使えそうな食材は何もない。


 インスタントの味噌汁に、レンジでチンするご飯。

 缶詰の焼き鳥と魚、袋詰めのそのまま食べれるサラダ。

 コンビニ飯の延長みたいな夕ご飯をカウンターテーブルに置いて、彼女の名を呼んでみる。


「火野上さん、夜ご飯出来たけど、食べる?」


 返事はない、こちらに来る気配もない。

 しょうがない、開封しちゃったし、僕が全部持って行くか。

 廊下に置いておけば、お腹が減って食べるかもしれないし。


「火野上さん、ご飯だけど……」


 静かだなと思っていたら、彼女は廊下で座ったまま、小さな寝息を立てて眠っていた。

 ずっと暴れてたり叫んでたりしたから、疲れて寝ちゃったのかな。

 四月に入ったとはいえ、まだまだ冷える。こんな場所で寝かせたら風邪ひいちゃうよ。

 

「すー……すー……」


 寝顔を見ているだけなら、普通の女の子と変わりないのに。


「起きませんように」

「……っ、……ぅぅ……」


 眉間にかなり力が入っているけど、抱き上げても起きなそうだ。

 新しい彼女の部屋にそのまま抱きかかえて入り、パイプで組まれたベッドへと下ろす。

 布団も何もかも新品、掛布団を掛けたら暑そうにしてて可愛い。


 ややもすると掛布団を足で蹴とばして、手でばふんって更にどかした。

 寝相は……結構悪いのかもね。


 起きた時に食べれるようにご飯を置いておこうかと思ったけど、先の自傷を思い出し、やめた。箸だってその気になれば刺さるし、お皿だってプラスチックだろうが何だろうが刃物に変わる。ご飯は一緒に、それが彼女と過ごすルールだ。


「おやすみ、火野上さん」


 そう言い残し、僕は一人で少々早い夕食をとった。

 寝ている彼女の部屋を、さすがに施錠したりはしない。

 起きた時にトイレに行きたくなるだろうし、ご飯だって食べたいはずだ。


 となると、僕も自室で寝るのではなく、この無駄に広いリビングで寝た方が無難かな。


 対火野上さん用と思われるガラスにはめ込まれた大型テレビ、それを見ながら寝心地の良いソファに寝っ転がって、自分の部屋から持ってきた掛布団と毛布にくるまる。テレビとソファの間にも触り心地の良さそうな絨毯が敷かれているけど、今日はソファでいいや。


 明日も一日お休みだし、彼女の機嫌が良ければお買い物でも行こうかな……などと考え事をしていると、思っていた以上に疲れていたのか、僕もウトウトと眠ってしまっていた。だけど、その眠りは唐突に聞こえてきた機械音によって妨げられる事となる。


『解錠権限がありません、扉から離れて下さい』


 いきなり聞こえてきたブザー音と注意のアナウンス、自動で消灯していたのであろうテレビや室内灯が一斉に音と明かりを取り戻して、僕に異常発生を知らせる。聞こえてきたのは玄関だ、ソファから飛び起きて向かうと、そこには寝間着姿のまま玄関の取っ手を握り震えている、どこか怯えた様子の彼女の姿があった。


「……言わなかったっけ? この家は僕の承認がないとどこも開かないって」

「だ、だって、ノノン、お腹減ったし」

「じゃあ僕を起こして夜ご飯を食べれば良かったじゃないか、ちゃんと全部用意してあったのに」

「ノノン悪くないもん、暗かったし、お前寝てたから」

「お前じゃない、黒崎桂馬」

「……ふん」


 ふんじゃないよ全く。あーでも起きれてよかった。

 青少女保護観察官として日報作成しなきゃいけないのに、完全に忘れて眠っちゃってたよ。


 一日一回、朝十時までに送信しないとだから、起きてからでも間に合うんだけどさ。


 意外にも素直にリビングに来て、用意してあった夕食を手につけ始める。インスタントばかりじゃ体に毒だから、適当な料理作れるように明日は食材を買いに行かないとかな……と考えた所で、疑問がふと浮かんできた。


 そういえば、火野上さんって外に行こうとしてたんだよな? 

 お腹が減ったからって言ってたけど、彼女は財布も何も持ってないはずだ。


 なぜなら彼女の財産は全て僕が管理しているから。

 とはいえゼロ円な訳なんだけど。 


「ねぇ、火野上さん」

「……」

「さっき外に行こうとしてたけど、どこに行こうとしてたの?」


 おもむろに隣に座ると、必要以上に瞬きしている彼女の姿があった。


「……コンビニ」

「コンビニって、お金は?」

「……」

「ちょっと、ポケットの中身確認させて貰ってもいい?」


 ダメ! ダメー! って叫んでるから逆に分かりやすい。火野上さん、僕の財布の中からお金抜き取ってた。渡部さんから預かっていた生活費用のカードじゃなくて、お小遣いとして持ってきていた現金一万円。もちろん没収、同時に僕の部屋も施錠開始。


「勝手に部屋に入って盗むとか」

「だって、ノノンの部屋入れないし。入れなくしたお前がいけないんだ、ノノン何も悪くない」

「あのねぇ!」


 声を荒らげると、彼女は「ひっ」って怯えた素振りをして、目をぎゅっと瞑る。

 そんな彼女を見て、一旦言葉を止めた。

 怒ったり怒鳴ったりは、絶対に逆効果だ。


 彼女の言い分も確かと言えば確か、無理やり部屋に入れなくさせたのは僕だし、僕との同棲生活だって彼女が望んでなった形ではない。若干の自由くらいは用意しないと、きっと彼女だって息が詰まる。そこまで考えていたあたりで、僕は下半身に触れる違和感に気づいた。


「え、ちょ、火野上さん!? 何してんの!?」

「だって、盗んだのバレたら、みんなこうしろって」


 火野上さん、僕のズボンを脱がそうと手をかけてる。


 寝間着じゃなくて普通のジーンズだから、そう簡単には脱げない。それが分かると彼女はズボンの上から手を当てて、スリスリして股間に刺激を与えてくる。


「男の人、皆こうしたら、ノノン許してくれる。お前だって、一緒でしょ?」

「しなくていい! 僕はしなくても許す!」

「……なにそれ、ノノン、わかんない」


 火野上さん、万引きの常習犯って書いてあったけど、もしかして毎回こうやって許しを請うてたのか? それに失敗した時だけ警察に通報されたてとすると、もしかしたら記録以上に万引きの回数があったのかも。


 擦り寄ってくる彼女の両肩を掴んで、無理にひきはがす。


「火野上さん、貴女はもうこういう事をしたらダメだ」


 こんなのが正しいはずがない。 


 分かったような分からないような顔をした彼女だったけど。

 それから、その日は朝まで僕の股間を求めるような事はしてこなかった。


 その代わり、僕の側でじーっと日報作業を見つめている。

 何も言わず、ただじーっと。

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