第3話 新居に膨らむ期待と焦燥

――――十一歳の頃、施設内の男子と性的行為に及んでいる所を発見、別室へと隔離される。男子曰く、火野上ひのうえさんから誘われて行為に及んでしまったとのこと。当人に確認し、それが事実であると認める。昨年の事件からカウンセリングにも通っていたのだが、当人に改善の見込みはなし。脱走癖も酷くなり、施設にいない日の方が増えていった――――


「なんで、彼女は男子を求めたんでしょうか」

「快楽の為……ではないだろうな、何かが彼女をそうさせたんだ」

「理解できない、ほんの一年前に襲われて、大量出血もしていたのに」


――――十二歳になるとほとんどの夜を外で過ごすようになり、不純異性交遊で補導されない限りは施設に戻らない日が続いた。小学校を卒業すると同時に施設職員に暴行を加え、もう二度と戻らないと宣言する。なお、この件は立件しないよう施設側職員から申し出があり、事件化には至っていない――――


――――十三歳、万引きの常習犯として警察に補導される回数が二桁を超える。この頃、当人の周囲に不良仲間が出来ており、集団で過ごす事が増えていた。施設に帰らないのか質問するも返事はせず、その日ぐらしのお金は全て売春にて稼いでいたと調書にある。その数は把握出来ておらず、不良仲間に聞くと三桁はいってる可能性があるとのこと――――


――――十四歳、グループ内での揉め事が発生した様子、集団リンチに遭い、その日からはグループからも外れた行動を取るようになる。なお、救急車にて運ばれ治療を受けるも病院から脱走、治療費は全て施設側が支払いを済ませている。警察に通報されるも、被害者である火野上さんが不在の為、捜査に本腰を入れる様子は見られない――――


――――約数か月、彼女の姿が確認できず。情報収集を行うと、不良仲間の一人からヤバイ奴に飼われていったとの情報を手に入れる。警察へと通報し、他県のアパートにて、売春目的で会った男性に監禁されている所を警察官が確保。確保後の彼女は飲食が与えられないまま数日が経過しており、即時入院となる――――


 はらりと捲った用紙の裏が白紙だった事に気づき、僕は大きく息を吐いた。喉が渇ききっていて、それを予想してか「飲むか?」と渡部さんから差し出された炭酸飲料が、とてもありがたかった。


「これが、火野上さんのこれまで、ですか」

「そうだ、言葉は悪いかもしれんが、彼女からすると先に君が言っていたこと。お風呂に入ってどうこうなんていうのは、暴行という認識すら与えないのかもしれない」

「そう……かもしれませんね」


 一体何人の男に抱かれてきたのか、見当もつかない。

 少なくともこの五年間、彼女はありとあらゆる男性の手によって傷ついてきたんだ。

 こんな壮絶な人生を送ってきた女の子を、僕が更生なんて出来るのか?


「着いたぞ、ここが黒崎君の新居だ」


 渡部さんの予想通りといった所か。

 火野上さんの身上書を読み終わる頃には、既に車は目的地へと到着していた。


 車を出ると、体に溜まっていた何かがふわりと抜ける。

 緑豊かな空気で肺の中をいっぱいにすると、自然と背筋が伸びてきた。

 視線と共に上がる視界、それなのに頂上が見えてこない真っ白な建物。

 

「マンション、ですか」

「ああ、セキュリティとしても万全だし、マンション内にコンビニやレストラン、はては映画館まであるんだ。その気になればこのマンションだけで生きていけるさ。その分、お家賃は凄い金額だが、もちろん黒崎君の負担はゼロだ、後で修繕費を請求される事もない」


 白磁のように輝く柱、足元には綺麗な石畳で出来たアプローチまである。

 周囲には手入れの行き届いた花壇があり、色とりどりの花が目を楽しませた。


 漆黒の大理石に刻まれた英文字。

 シャトーグランメッセ。

 これがマンションの名前だろうか。


「マンション見取り図を渡しておこう。想像以上に大きく立派な施設だから、最初は迷うかもしれないね」


 手渡された縦に四つ折りの見取り図を早速開く。

 ロの字の作りになっていて、渡部さんの言う通り、一階部分はほとんどがお店だ。

 マンションの住民棟に入れるのは二階かららしく、エレベータで二階へと上がりエントランスへと向かう。 


「マンションに入るにはこのカードキーと暗証番号が必要になる、暗証番号、今は0000だが、後で好きに変えて貰って構わない。というか必ず変えて欲しい、0000なんて、パスワードとしての役割を果たしてないも同義だからね」


 円形の自動ドア、横に併設されたパネルにタッチした後に、数字をタッチしていく。

 アルファベットも可能なんだな……いろいろともじった暗号に変更しておこう。

  

「それと、この自動扉は共連ともづれでの入場は、基本的に不可となっているからね」

「共連れ……って、何ですか?」

「誰かが開けた時に一緒になって入る事さ。友連れでの入場には、このキーホルダーが必要となる。カードとキーホルダー、このどちらかが不足した状態で入場すると、警報が鳴って即で警備の人がやってくるからね」


 そこまで語ると、渡部さんはカードキーを僕へと手渡してきた。

 黒くて無地のカードは、一見すると単なるカードにしか見えない。 


「名前とか無いんですね」

「誰かに拾われたら危険だろ?」

「ああ……なるほど」


 まさにブラックカード、絶対に落とさないようにどこかに収納しないとだな。

 

「ちなみになんですが、このカードは火野上さんも持っているんですか?」

「いや、彼女には渡してはいない」


 エレベーターに乗り込むと、渡部さんは三十と書かれたボタンを押した。


「渡してはいけない、が正解だな」

「え、だって、それじゃあ彼女はどうやって出入りをするんですか?」

「……さ、着いたぞ。三十階にある三〇一号室、ここが黒崎君の新居だ」


 質問に対する返事がないままに、僕はカードキーをタッチパネルへと当てた。

 ピーという機械音の後に、上中下、計三か所の錠前が稼働し、解錠のランプが点灯する。

 扉を開けて、側面にある太い金具の数を数える。きっちり三個、凄いなこれ。


「デッドロックと言うんだが、それが三か所も稼働するんだ。そして、先の言葉の意味だが、それは室内に入れば分かる」


 室内に入れば分かる? どういう意味だろうと考えながらも、一歩玄関へと足を踏み入れた。 

 途端、玄関の扉は自動で閉鎖し、三か所のデッドロックが一斉に施錠状態へと変わる。

 

「……えと、施錠されましたけど」

「開けてみなよ」

「開ける? 玄関をですか?」

「ああ、面白い言葉が聴けるからさ」


 面白い言葉ってなんだろう? そう思いながら手を掛けると。


『三〇一号室、黒崎桂馬様を確認、解錠します』


「え、僕の名前?」

「そうだ、その扉は一度閉まったが最後、黒崎君が開けない限り解錠されない」

「解錠されないって……火野上さんは?」

「彼女がこの部屋から出たい時は、黒崎君と共に行動し、このキーホルダーを所持している事が条件となる。もしこのキーホルダーを所持していない、もしくは何らかの方法により、意識を失った黒崎君の手を当てて開けようとした場合、セキュリティシステムにより警備へと即時通報される。これは君の身を守る為でもあり、彼女の更生に必要だと国が判断した事だ」


 火野上さんは自分の判断でこの家から出る事も出来ないのか。

 でも、彼女の身上書を見るに、確かに夜中に逃げてしまいそうな気もするけど。


「色々と大変だとは思う、だが、黒崎君ならきっと上手くやれる」


 渡部さんは勝手な事を言いながら、廊下を歩き突き当りの扉を開ける。

 付いて行くとそこはとても大きなリビングで、僕が到着すると自動でカーテンが開放された。

 

「うわ……凄い景色!」


 部屋から町が一望できるこの部屋は、まるで豪華なホテルの一室のような気がした。

 この部屋だけで一体何人が過ごせるのだろうか? 廊下にあった扉の数だけ期待が膨らむ。

 キッチンもとても広い、高校生二人に使わせるには豪華すぎなんじゃないかってぐらいだ。


「凄いお金がかかってるって思っただろ?」

「あ、は、はい! 思いました!」

「それだけ、この国が危険な状態だって意味でもあるんだ。宜しく頼むよ、黒崎君」


 ぽんと乗せられた肩にかかる重圧は、僕の想像以上に重かった。

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