18章 帝都 ~武闘大会~ 21
宿に戻り、夕食を終えて自分の部屋のベッドで横になっていると、遠慮気味に扉がノックされた。
入って来たのはサクラヒメだった。風呂に入った後のようで、浴衣のような服を着ている。このあたりは彼女の故郷ザンザギル領とオーズ国とのつながりを感じるところである。
「すまぬソウシ殿、少しお話をしたいのだがよいだろうか?」
「ああもちろん。ここだとなんだから、ロビーでも行くか」
と言ったのはさすがに女性と部屋で2人きりはどうかと思ったからだが、サクラヒメは首を横に振った。
「いや、こちらの方がよい。人に聞かれるのも気になる話ゆえ」
「そうか。まあ座ってくれ」
ここは高級宿なので、一人用の部屋でもかなり広い。ベッドのほかにテーブルセットもあり、俺はそちらにサクラヒメを座らせた。
「昨日今日の戦いぶりを見て感じたが、サクラヒメは格段に強くなったな。もうAランクとして十分な実力がありそうだ」
「ソウシ殿にそう言ってもらえると嬉しいでござるな。それがし自身も、確かに力がついていると実感しているところ。いただいた『吹雪』の使い手として相応しくなりつつあるのではないかと思っている次第でござる」
「それは間違いないんじゃないか。今回Aクラスダンジョンを踏破したらグランドマスターにランクを上げてもらおう」
「そうしていただけるとありがたい」
と微笑んでから、サクラヒメは顔を横に向け、急に落ち着かないふうにそうそわし始めた。
「……と、ところでソウシ殿。その、先日のお話なのだが……」
「先日の話? 『黄昏の眷族』の話か? それとも『冥府の燭台』の方か?」
「そ、そうではなはく、ザンザギル領での、父がした話のことでござるが……」
そう言って、赤くなった頬を隠すようにして両手で顔を覆うようにするサクラヒメ。
戦っている姿は凛とした女武者だが、こういう時は年相応の女の子になるようだ。
「ああ、結婚とか、そういう話のこと……だな」
「そうでござる。それで、あの時はソウシ殿もまだ志の途中ゆえ、それが成った時に再度考えるという話だったと思うのでござるが……」
「確かにそう言ったが、何か気になることがあるのか? 見直すというのなら一緒に考えるが」
あの時はサクラヒメ自身、俺に嫁ぐのは自分としても問題ないようなことを言っていたが、結婚を勧める父の手前話を合わせた可能性もあった。
貴族としてはありがちな話とはいえ、歳の離れた男との結婚はちょっと……という気持ちは理解できる、というよりむしろそれが普通だろう。
しかし俺のそんな予想を否定するように、サクラヒメは激しく首を横に振った。
「いや、そうではござらぬ。それがしは本心からソウシ殿に嫁入りすることを望んでいるのでござる。ただその、あの場で父が急に言い出した話ゆえ、ソウシ殿のお心についてはうかがうことができなかったので……それが気になって……その……」
「俺の心? ああ、俺がサクラヒメとの結婚を実際どう考えているかとか、そういうことか」
「そ、そういうことでござる。そもそもソウシ殿がそれがしのことをどう思っているかも分からぬのに、父があのようなことを言ったのも無茶が過ぎると思ったゆえ……」
ああなるほど、彼女も年頃の女性であるし、当然結婚ともなれば相手の気持ちがあるかどうかは気になるのだろう。そこは俺も考えが足りなかったかもしれない。が、さすがに人前で口にするのははばかられる話でもある。
とはいえ赤い顔でこちらをチラチラ見てくるサクラヒメには、きちんと答えておいた方がいいだろう。
「正直に言うと、サクラヒメとは歳が離れているから、異性としての感情が持てるかというとさすがにそれは今の俺には難しい」
「そうで……ござるか」
「ただ、実際に結婚とかそういう話になった時にサクラヒメに好意を持てるかどうかというなら、それは持てるようになると思う。だけどそうなるまでには俺にはもう少し時間が必要なんだ。前に住んでいたところの常識とか、そういうのが俺の中にまだ残っているからな」
「それはつまり、ソウシ殿にとって、それがしは女として見るべきところがあると……そういうことでよいのでござろうか?」
「ああ、まあ、そういうことになるな。俺から見てもサクラヒメは女性としても冒険者としても立派な人間だと思うし、とても美しいから魅力はある……すまん、今のは聞かなかったことにしてくれ」
だめだ、やはり歳の差がある娘にこんなことを言うのは相当にキツい。そもそも前世で妻を口説くのにもこんなことを言った覚えはない。まあだからこそ愛想をつかされ……は今はもういいか。
俺が渋い顔をしていると、サクラヒメは頬を染め嬉しそうに微笑んだ。
「ソウシ殿のお気持ちが分かって、それがしも安心いたした。これで心置きなく、ソウシ殿と共に冒険者の頂を目指すことができるでござる」
「ああ、これからもよろしく頼む」
俺の心はまだ自責というか羞恥というか、そんな感情で苦しいままだったのだが、サクラヒメの悩みは解決したようだ。
彼女が自分の部屋に戻っていくのを見届けて、再び俺はベッドに横になった。
どうやら俺の将来について、重要な事柄がこれで一つ確定したような気がする。
もしかしたらこれをきっかけにして、他のメンバーにも動きがあるか……とも思ったが、彼女との結婚話についてはすでに周知の事実なのでそこまでの変化はない気もする。あったらあったでまあなるようになるさ――と投げやりぶってみたところで、ふと気づいたことがあった。
それは俺が、複数の女性と結婚するかもしれないという可能性を、いつの間にか受け入れはじめていることだ。確かにヴァーミリアン王国の国王陛下にもそこはくすぐられたし、『ソールの導き』のメンバーも、思えばあのラーガンツ侯爵もそういうことをほのめかしていた。
むろん冷静になって自分の力や地位や取り巻く状況を考えた時、受け入れざるを得ないというのも確かではある。この世界の男女関係、特に貴族のそれは前世とは違う理屈で動いているのも感じているところだ。
もちろん俺自身が、内心ハーレムなるものを求めている可能性もあるのだが……こればかりは、前世の価値観からいっても容易に受け入れられないのも確かだ。もっともそんな価値観など、環境でいくらでも変容するなどということもよく分かってはいるのだが。
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