18章 帝都 ~武闘大会~  12

 その日の午後は、ゲシューラと共に帝城の『会談の間』にて、皇帝陛下や宰相閣下、マリシエール殿下やドミナート団長らと共に会談を行った。


 もちろん内容は主に『黄昏の眷族』の大陸侵攻について、そして王と目されるレンドゥルムの情報の確認である。


 と言ってもいまさら新しい情報もない。ただ『黄昏の眷族』を研究している文官が数名いて、彼らが『黄昏の眷族』の文化文明になどについて突っ込んだ質問をしていた。


 答えるゲシューラも大変そうだったが、彼女は我慢強く質問に応対してくれた。


 最後に皇帝陛下が、


「ゲシューラ殿、最後に確認ですが、『黄昏の眷族』には基本的には『国』という概念はない、という認識でよろしいのですね?」


「うむ。我らは多くてもせいぜい20~30人が集まって集落を作って生活をしている。それ以上の集団という概念はなかった。レンドゥルムが出るまではな」


「今後国という単位を『黄昏の眷族』の多くが受け入れることはあると思いますか?」


「分からん。が、我らについては、強力な指導者が力でまとめる以外の形で大集団を維持できるとは思えぬ。我らは集団間、個人間での考え方の差が、人間に比べるとはるかに大きい。それを徐々に修正したとしても数百年はかかろうな」


「つまり今回レンドゥルムという強大な個によってまとめられてはいるが、彼がいなくなればまた元に戻るというわけですね」


「間違いなくそうなるであろう。レンドゥルムに次ぐ強者が現れぬ限りはな」


 これはある意味朗報だが、ある意味悲報でもあるかもしれない。


『黄昏の眷族』の侵攻が、頭目であるレンドゥルムを倒せば次はないと確定するのは大きい。


 しかし反面、もし勝ったとして、賠償などを求める主体としての『国』がないということになると、完全に戦い損ということになる。


 為政者としてはある意味くみしやすく、そして頭の痛い相手だ。皇帝陛下も宰相閣下も互いに渋い表情なのはそのあたりも考えてのことだろう。


 会談の終わりに、皇帝陛下が「我々帝国としては、ゲシューラ殿を客人として迎える用意はあります。しかしゲシューラ殿が『ソールの導き』の一員として活動を続けるのであれば、それを妨げるものではありません」と宣言をした。


 つまり『ソールの導き』として活動するなら放置、ただし他の国の客人になるのは困る、といった感じだろう。


 これについてはゲシューラが「我はソウシから離れるつもりはない」と即答したので俺の出る幕はなかった。今後も彼女はレンドゥルムから狙われるだろうし、俺の側にいるのが一番安全だろう。


 そのような形でゲシューラと皇帝陛下との対談は終わり、俺としては肩の荷が一つ下りた心地がした。




 翌日はいよいよ謁見の日だ。


 すでに皇帝陛下とは十分以上にやりとりをしているところだが、今日の謁見の儀をもって正式に『ソールの導き』は皇帝陛下にお目通りかなったという形になる。


 朝食前に筆頭執事のゾルベルク氏から1日の予定を聞いて、俺たちその通りに動くことになった。


 朝食後、まずは衣装室にて着替えを行う。俺たちは基本的に冒険者なので、謁見は普段の服でも構わないとは言われている。ただ今回は向こうで用意をしてくれたらしく、それらに着替えることになった。謁見用の貸衣装もサイズ別に多く用意してあるらしい。


 生まれて初めて着る貴族服だが、姿見に映った俺の見てくれは意外にも違和感がなかった。しかし久々に自分の姿をまじまじと見たが、20代でも通じそうなくらいまで見た目が若返っている。そういえば皇帝陛下なども俺の年齢を気にする素振りを見せていなかったが、もしかしたら若く見られていたのかもしれない。


 女性陣は落ち着いた雰囲気のドレス姿だ。彼女たちがそういった格好をするのは初めて目にしたが、正直かなり驚いてしまった。


 というのは、見慣れていたはずのメンバーが、まるで別人のように可愛らしく、そして美しく見えたからだ。改めて『ソールの導き』はパーティなのだと再認識する。


「フレイはさすがに着慣れている感じがするな。そういうドレスを着ると確かに聖女のようだ」


「あ、ありがとうございますソウシさま。このような服、再び着ることになるとは思ってもいませんでした。着たいとも思っていなかったのですが……」


 フレイニルは公爵家を追放された身なので、色々と思う所があるのだろう。しかし頬を赤らめた可憐な姿を見ると、やはり彼女はこれがあるべき姿なのではないかと感じてしまう。


「あ、ソウシ、私はどう? 似合ってる?」


 ラーニがその場でくるりと回る。普段は活動的な、やや露出の高い格好をしている彼女だが、ドレスも似合わないということはない。


「ああ、いつもとは違う可愛いさがあるな。でも少しだけ服に着られている感があるかな」


「服に着られているってどういう意味?」


「着慣れてないってくらいの意味さ。ラーニなら着てるうちに着こなせるようにはなるんじゃないか」


「あ~、まあ初めて着るしね、こういうの。ソウシがちゃんと貴族っぽくなったら着ることも増えるのかな」


「それはあまり期待はしないでくれ」


 その後もハイエルフのスフェーニアのドレス姿に圧倒され、マリアネのドレスで隠し切れないボディラインに目を奪われ、高貴な生まれゆえに洋風のドレスも似合ってしまう鬼人族のシズナに感心し、普段豪放なカルマの淑女姿に彼女の美しさを再認識し、やはりドレス姿も違和感のない侯爵令嬢サクラヒメの清楚さに溜息が出たりした。


 その中でも興味深かったのはゲシューラで、同じくドレスをそのまま着ているのだが、スカートの下から蛇の下半身が伸びているのが非常に面白い。


「このような服を着るのは初めてだが、ニンゲンはこんなに窮屈なものを好むのだな。たしかにこの縫製技術は見事だ。しかし……」


 彼女も美女なのでもちろん似合ってはいる。しかし彼女はかっちりした衣服を好まないのでさすがに窮屈そうだ。


 なおドロツィッテ女史は謁見の儀には参加しないのでいつも通りのパンツルックであった。


 全員が揃うといよいよ控えの間で呼び出し待ちになる。


「あ、あの、ソウシさまのお姿もとても素敵だと思います。貴族の方には私も多くお会いしてまいりましたが、ソウシさまが一番だと思います」


「ありがとう。フレイにそう言ってもらえると自信がつくな。まさかこんな格好をするようになるとは思わなかったが、せっかく着るなら似合うようにはなっておきたいしな」


「ソウシさんはそのお身体に大変な力を秘めていますから、それが服を通しても分かってしまうのだと思います。ですからどのような服を着てもきっと素敵に見えてしまうでしょうね」


 スフェーニアが熱っぽく語ると、シズナやカルマがうんうんとしきりにうなずいたりする。


 そんな少し恥ずかしいことを言い合っていると、執事のゾルベルク氏がやってきて「準備が整いました。謁見の間にご案内いたします」と一礼した。


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