18章 帝都 ~武闘大会~  11

 さて翌日だが、まずはドラゴンのお披露目から行うとの事だった。


 朝食を済ませると執事のゾルベルク氏がやってきて、俺たちはまず城から少し離れたところにある騎士団の練兵場へと案内された。


 練兵場では10名程の騎士が迎えてくれたが、帝国の精鋭ということで、全員が元高位の冒険者といった雰囲気である。中でも一際体格のいい、髭を蓄えた目つきの鋭い40歳前後の騎士が、一歩前に出てきて俺に手を伸ばしてきた。


「オクノ伯爵、ようこそ騎士団の練兵場へ。私は帝国騎士団を預かるワイゼル・ドミナートだ。噂の英雄伯爵にお目にかかれて光栄に思う」


「こちらこそ、栄えある帝国騎士団団長のドミナート侯爵閣下とお会いできて光栄に存じます」


 俺は差し出された手を握り返す。正直彼のことはさっきまで何も知らなかったのだが、社交辞令は大切である。


 そのまま騎士団長自ら練兵場の中に案内をしてくれる。歩きながら話を聞いたが、彼もまた元Aランクの冒険者であるらしい。元は伯爵家の生まれで、冒険者として功績を上げ家を継いだ後、騎士団長になった際に同時に侯爵となったとのことだった。


「見事な経歴でいらっしゃいますね」


「なんの。平民から冒険者として名を上げ、伯爵になったオクノ殿の足元にも及ばぬ。噂に聞く貴殿の功績、その一端を見られるとあって騎士たちも朝から待ちきれぬ様子なのだが、それは私も同じよ」


 彼の口調には揶揄やゆするようなところもない。正直ポッと出の英雄なんて胡散臭うさんくさいと思われるのが普通だと思っているので少し驚く。むしろ逆にそれだけ帝国の人材のレベルの高さがうかがえるほどだ。


 すでに皇帝陛下とマリシエール殿下も着いているということで、俺たちが練兵場に入るとすぐに姿を見せた。なおそれ以外にも文官風の男女が4名、そして解体用の器具を携えた解体係の人間が20人ほどがいた。どうやらここで解体をするつもりらしい。


「では早速見せてもらえるだろうか」


 ドミナート団長に言われ、俺は『アイテムボックス』を開いて、『カオスフレアドラゴン』を引っ張りだす。今まで何度も出し入れをしてきたが、これが最後になるだろう。


 小さな山ほどもある巨体が陽光の下にさらされる。漆黒の鱗はいまだにその輝きを失ってはいない。目立つ傷は下あごと喉元のみ。討伐されたドラゴンとしてこれ以上の状態のものはないだろう。


 その姿を見て、皇帝陛下、マリシエール殿下、ドミナート団長をはじめ、その場にいた全員が息を飲むのが分かった。なぜかラーニとシズナ、そしてカルマは「どうだ」みたいな顔をしているのだが……。


 皇帝陛下がマリシエール殿下と共に前に進み、ドラゴンの巨体を見上げ、そしてその脇腹の鱗に触れる。


「なんと素晴らしいドラゴンだろうか。しかもここまで原型をとどめているなんて、どれだけ力の差があればそんな倒し方ができるのか。マリシエールはどう思う?」


「顎と喉元への攻撃、それだけで仕留めていらっしゃるようですわね。しかも傷の跡からして、剣などの武器を使わず、なにか巨大な手で握りつぶしたように見えます。素手で倒されたというお話も十分に信じられるものだと思いますわ」


「ワイゼルも同じ意見かな?」


「はっ。喉の一撃が致命傷なのは間違いないところと存じます。そしてこの巨体、威容、間違いなく『カオスフレアドラゴン』でございましょう。皇帝陛下に献上される品として、これ以上のものはそうありますまい」


「ありがとう。なるほど、これが英雄と言われるソウシ殿の力か。闘技大会を見るまでもなく、疑う余地などなさそうだね。しかしこのドラゴンは……解体するのが惜しい気もするね」


 その言葉にはドロツィッテ女史がピクリと反応をするが、それに気づいたのか皇帝陛下はドロツィッテ女史の方を見てニッコリと笑った。


「冗談だよグランドマスター、今はこのドラゴンの素材が必要な状況、剝製はくせいにして飾ろなんて考えてはいませんよ。しかしもしソウシ殿が2匹目を獲るようなことがあったら、ぜひその時はやってみたいね」


「それを聞いて安心しましたよ。まあもし2匹目が獲れたら、私からもお願いをしておきましょうか」


「そうしてください。国宝になるものですからね」


 などと勝手に話が進んでいくが、こんなドラゴンが地上にまた現れる状況など、期待するようなものでもないとは思う。


 皇帝陛下はもう一度ドラゴンをじっくりと眺め、そして俺の方に歩いて来た。


「ソウシ殿、こちらを帝室に献上してもらえるということでよろしいのですね?」


「はい。こちらを皇帝陛下に献上申し上げます」


「大儀なことです。ここまでの献上品は帝国の歴史上でも例がないでしょう。もちろんこのドラゴンを倒したことで、帝国内に被害が広がるのを防いだということも功績として多大なものがあります。さらには『黄昏の眷族』二体の討伐もあります。これらを勘案し、ソウシ殿にはふさわしい褒賞を用意いたしましょう」


「ありがとうございます。その際には謹んでお受けいたします」


「ふふ、楽しみにしていてください。と言っても、先に伝えたとおりのものになるとは思いますが。ああそれと、ソウシ殿や『ソールの導き』の皆さんの武具も見せていただける約束でしたね」


「はい。この場にお出しいたしますが、さすがに陛下のお近くでは……」


「そうですね。少し離れましょうか」


 皇帝陛下が離れ、マリシエール殿下とドミナート団長がその左右につく。


 俺はそれを見届けてから、『アイテムボックス』を開いて、『万物をならすもの』『不動不倒の城壁』をはじめ、『聖女の祈り』『紫狼しろう』『獣王の大牙』『龍尾断りゅうびだち』『吹雪ふぶき』などを出していく。ちなみに帝城に入る際に、全員の武具を『アイテムボックス』にしまってある。


 それらを並べると、皇帝陛下以上に、マリシエール殿下とドミナート団長、そしてその場にいた騎士たちが目を輝かせた。彼らが持つ武具も見るからに上等なものであるが、やはり戦う者としてはいろいろな武具を見るというのは楽しいものなのだろう。


「これはすばらしい。私は帝国の国宝と言われる武具をいくつも見てきていますが、それらに勝るとも劣らない見事な武具ばかりですね。俗な話で申し訳ありませんが、これを金銭に換えたとしたら帝国の国家予算の半分以上になりそうです」


 皇帝陛下はそう言ってしきりにうなずいている。


 マリシエール殿下は特にラーニの長剣『紫狼』が気になるようだ。彼女も長剣の使い手なのだろう。


「これはドワーフの長、ライアノス殿の作ですわね。間違いなく彼の代表作の一つとなるでしょう。素晴らしい剣ですわ」


「こちらの大剣も素晴らしいものですな。こちらもドワーフの里で?」


 ドミナート団長は大剣使いのようで、カルマの『獣王の大牙』が気になるらしい。


「そちらはダンジョンで手に入れたものですね。希少ボスの宝箱から出たものです」


「ふぅ~む。このようなものが手に入るとは、やはりそういった巡り合わせも引き寄せる力があるということですな」


 俺の脳内で、『悪運』氏がしきりにうなずく姿が見える。


 武具を一通り見たあと、やはり最後に目が行くのは『万物を均すもの』『不動不倒の城壁』らしい。皇帝陛下はオリハルコンの塊である盾をなでながら、しばしその表面を眺めていた。


「しかし……やはり規格外と言えばこの盾、そしてこの恐ろしいメイスですね。巨人が使う武具だと言われても疑うことはないでしょう」


「済まぬオクノ伯爵、このメイス、手に取ってみてもいいだろうか?」


 ドミナート団長が子どものような表情でそんなことを言ってくる。


「ええどうぞ。見た目より遥かに重いのでお気を付けください」と答えると、団長は嬉々としてメイスを持ち上げようとしたが……


「なんだこれは、大地に張り付いたように動かぬ。むむ……むぅ……ッ」


 持ち手を握って持ち上げるのは無理と判断したか、団長はメイスの先端を抱くようにして持ち上げた。正直、持ち上げることができるだけでも彼が相当な強者であることが分かる。何しろドワーフの長ライアノス氏も、「力自慢が10人」必要だと言っていたのだ。


「確かにこれは……見た目と重さがまったく釣り合わぬ。オリハルコンだけではないな、これは」


「はい。『アビスメタルスフィア』という材料が鉱山から見つかりまして、それを先端に封入してもらっています。世界で一番重い金属とか」


 団長がメイスを地面に下ろす。肩で息をしながら俺を方を見てくるが、その目にはやはり少年のような輝きがある。


「なるほど……。いやはや、これほどの御仁とは、もはや言葉もございませんな」


「団長は以前ソウシ殿と手合わせしたいと言っていたと思うけど、この場で頼んだらどうかな」


 皇帝陛下がいたずらっぽい表情でそそのかすが、団長は首を横に振った。


「皇帝陛下、オクノ伯爵は先ほどこのメイスとそちらの盾を、どちらも片手で軽々と持っていらっしゃいました。私など到底かなう相手ではございませぬ。このメイスの一振りで形も残らぬでしょうな」


「団長でもそう考えざるをえないのだね。ふふ、マリシエールも楽しみだね、今度の武闘大会が」


 次の獲物を妹御に定めて皇帝陛下がそんなことを言う。


 マリシエール殿下はというと、なにかとても面白いそうなオモチャというか、楽しい遊び相手を見つけたような顔で俺の方を見ていた。しかしそのキラキラと輝いている紫紺の瞳の奥には、間違いなく燃えるような闘志、というか獣のような凄みが宿っている。


 なるほど、やはり見た目通りの御令嬢ではないのだなと、俺は心を改めるのであった。

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