18章 帝都 ~武闘大会~  10

 風呂から出ると、ちょうど他のメンバーは入れ違いにこれから風呂に入るところだった。夕食の前に身体を清めるように勧められたそうだ。


 俺が部屋にもどって冷たい水を飲んでぼうっとしていると、夕食の時間が告げられ、俺たち全員は食堂へと案内された。


 帝城の食堂は目がくらむほどの広さで、奥には暖炉を模した魔道具が設置されており、その前に50人は座れそうな長テーブルがしつらえられていた。


 当然のようにその純白のテーブルも椅子も名匠の技巧が凝らされた逸品で、燭台などは当たり前のようにミスリル製だ。


 暖炉の前にはすでに若き皇帝アイネイアースが座しており、その右手には美しい女性が凛として座っていた。間違いなく彼女が皇妹マリシエール殿下だろう。


 各自指定された席に座るが、俺の席は皇帝陛下の横にしてマリシエール殿下の正面であった。


 皇帝陛下は表情こそさっき浴場で会った時そのままだが、精緻な金の刺繍が施された紫の貴族服をまとったその姿は皇帝と呼ぶにふさわしい威厳を漂わせている。


 一方で目の前に座るマリシエール殿下は、隠すことなく俺を正面から見据えている。 薄く紫がかった銀の髪はゆるやかにウェーブしながら背に広がり、存外に柔和そうな目つきはどことなくフレイニルと共通する雰囲気がある。よく通った鼻梁と濡れたような唇は美術品かと思うように整っており、高貴な女性かくあるべし、といった容姿である。


 身長は女性としては高い方に見えるが、冒険者として著名であるというのならば体格も人よりは恵まれているのだろう。こちらは銀の刺繍がほどこされた、白を基調にした貴族服をまとっている。


 全員が席に着くと、皇帝陛下が口を開いた。


「『ソールの導き』の皆さん、本日はこの帝都までよく遠くからいらっしゃいました。私はアイネイアース・ボレアリス、この国の長をしております。隣はマリシエール。私の妹になりますが、皆さんと同じ冒険者ですので仲良くしてやってください。正式な謁見の儀は明後日となりますが、私としては『ソールの導き』の皆さんとは私的にも懇意こんいにしたいと思っておりまして、事前にこのような席を設けさせていただきました。せっかくですからこの場で色々とお話お聞かせいただき、仲を深めておきたいと思っています」


 そこで給仕が、手元のワイングラスに食前酒を注いでくる。


「では帝国の繁栄と、『ソールの導き』の皆様のさらなる栄達を願って、乾杯」


 皇帝陛下の音頭で乾杯が行われ、遂に会食が始まった。


 ちなみにテーブルマナーについては、こんなこともあるかと思って野営の時などにフレイニルにレクチャーをしてもらっている。もちろんメンバー全員ある程度は身に着けてもらったので、この場で粗相をする者はいないだろう。


 ちらと見るとラーニやカルマは少し窮屈そうにしているが、それでも一応はマナーに従って食べているようだ。フレイニルやスフェーニア、シズナやドロツィッテ女史はさすがに堂に入っている。


 さて、肝心の(?)マリシエール殿下だが、俺の方をちらちらと見てくる以外は静かに食事をしていた。見た目は堂々たる若き冒険者貴族といった感じなのだが、どうも食べている姿には小動物のような感じがあって少し不思議である。


 前菜が終わったタイミングで、俺は殿下に話しかけてみた。


「ええと、皇妹殿下の御高名はかねがねうかがっております。帝国中のダンジョンを回られたとのことですが、パーティなどは組んでいらっしゃるのですか?」


 多分普通に話しかけたはずなのだが、マリシエール殿下は驚いた顔になって、それから微妙に視線を泳がせながら答えてくれた。


「は、ははははい、5人のパーティを、くく組んでおりますわ。『睡蓮の獅子』というパーティですの」


 なぜか声を震わせ、顔を赤らめて答える皇妹殿下。もしや知らぬ間に粗相をしてしまったのだろうか。


 皇帝陛下の方をちらと見ると、なにやら溜息をついて、俺の方を見ながら小さく首を横に振る動作をした。どうも「やれやれ」みたいなジェスチャーに見える。とすると彼女は俺に対して緊張しているのだろうか。


「みなさんお強いのでしょうね。ダンジョンはどれほどお回りになられているのでしょうか」


「てて、帝国領内のダンジョンはほとんど回っておりますわ。全部で40近いでしょうか。オ、オクノ伯爵はどれほどでいらっしゃいますの?」


「私も40以上は回っていると思います。ヴァーミリアン王家の『王家の礎』にも、『彷徨する迷宮』にも入りました」


 と言うと、マリシエール殿下は身を少し乗り出してきた。皇帝陛下も興味深そうな視線を投げてくる。


「『王家の礎』、『彷徨する迷宮』、どちらもぜひ入ってみたいですわ。羨ましく感じます。こ、ここ帝城にも『王家の礎』と並ぶ『龍のかご』というダンジョンがありますのよ」


「それは寡聞かぶんにて存じませんでした。皇妹殿下はそちらにお入りになられたことがあるのですか?」


「あ、ええと、マリシエールとお呼びください。殿下も不要ですわ」


「承知しましたマリシエール様。私のこともソウシとお呼びいただいて結構です」


「そ、そうさせていただきますわソウシ様。『龍の揺り籠』には何度か入っております。国宝になるような武具をいくつか持ち帰っておりますの」


「それは大変な功績でございますね。私も『王家の礎』では盾を手に入れたのですが、今では愛用の品となっています」


 その言葉には皇帝陛下が反応した。


「『不動不倒の城壁』という盾だそうですね。とにかく常人には持つことすらかなわぬ圧巻の品とか。ぜひ一度拝見したいものです」


「機会を設けていただければお見せいたします」


「こちらへいらっしゃる前にはドワーフの里でオリハルコン製の『名付き』の武器も手に入れられたとか。そちらも見せていただけますか?」


「はい、もちろん構いません」


「明日、城の練兵場で例のドラゴンをお披露目してもらおうと思っているのですが、その時でどうでしょう?」


「かしこまりました」


 と答えると、マリシエール殿下の目が急に輝きだした。言葉遣いは御令嬢といった感じだが、中身はやはり冒険者ということらしい。


 しかし帝国最強の冒険者という話だったし、見た目も凛とした女性なので、もっとこう男性的というか、性別を感じさせないような雰囲気なのかと思ったら、かなりお姫様的でちょっと驚いてしまった。


 その後も皿の合間に会話を続けたが、結局マリシエール殿下は緊張したままだった。


 食事が終わり、歓談も一段落したところでお開きとなったが、食堂を去る際に皇帝陛下が俺のところに来て、「普段はもう少ししっかりしているんだけどね。初対面の相手にはいつもああなんだよ。だから気にしないでほしい。まあ今日は特別に緊張していたみたいだけどね」と小声で伝えてきた。


 どうやらマリシエール殿下は人見知りであったらしい。なるほど皇族と言ってもやはり一人の人間ということか。


 帝国の皇族と王国の伯爵、その辺りの距離感はどう考えても俺につかみきれるものではない。が、少なくとも彼女に関しては、多少なりとも親近感を覚えてしまったのも確かであった。

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