18章 帝都 ~武闘大会~  08

 城の内装も、外装に勝るとも劣らない豪華絢爛なものであった。白く磨き込まれた床、そこに敷かれた藍色のカーペットは恐ろしく柔らかく、大理石の壁には一面に名工のものと思われる彫刻が施され、等間隔に設置される魔導具のランプも精緻なガラス細工で飾られている。


 要所要所にやはり元冒険者と思われる衛兵が立ち、フルフェイスの兜の下からこちらを鋭い目で睨んでくるのが分かる。まあこちらは見るからに冒険者の一行だから仕方ないだろう。


 城内を歩くこと10分ほど、客室の並ぶ廊下へと出ると、そこでゾルベルク氏が振り返った。


「それではこれより皆様をそれぞれのお部屋へと案内をいたします。一部屋に一人使用人がつきますので、何かあればその者にお申し付けください。湯あみなどもすぐにご所望でしたら案内いたします。夕食の時間にはお呼びいたしますので、それまではお部屋にてお過ごしください」


 一人一部屋、しかもそれぞれに使用人がつくというのは、俺が王国の貴族だとしても破格の待遇ではないだろうか。そんな考えが顔に出たのだろうか、ドロツィッテ女史が肩を叩いて「『ソールの導き』はもうそれくらいの待遇を受けるパーティだということだよ」と耳打ちしてくる。


 ゾルベルク氏の言葉通り俺自身も部屋に案内されたが、前世の下手なタワーマンションのフロアよりよほど広い、とんでもない客室だった。ベッドにテーブルセットにソファ、クローゼットが余裕をもって配置され、それでもなお空間が余る部屋である。使用人――これもメイド服姿の美人だった――の待機する部屋も隣にあり、俺付きのメイドさんはそこで待機をしているらしいのだが、それもなんとも溜息のでる話であった。


 時間的には今は午後の3時くらいだろうか。夕食まではしばらく時間がありそうだが、さすがに城を自由に歩くことはできないとのこと。折角だから湯浴み……つまり風呂を使わせてもらうことにする。野営でも風呂に入れる俺たちではあるが、やはり広い風呂に入りたいという欲求は捨てられない。王都の高級宿などでは広い浴場は体験済みだが、この城ではどのようなものが見られるのかかなり興味はある。


 メイドさんにお願いをすると浴場にはすぐに案内してもらえた。と言っても城内を10分近く歩いたが。


「こちらになります。衣服の方は洗濯をして明日の朝お返しすることができますが、いかがいたしましょうか」


「そうですね、お願いします」


「では浴室の説明をさせていただきます」


 というわけでまず脱衣場に入るが、なんと個室の脱衣場が10ほど並んでいて驚く。さらにそこから浴場に入ると、テーマパークかと思うほど広くてさらに驚く。


 もちろんすべては大理石のような高級石材にて造られており、プールのような広さの浴槽の脇には様々な動物が象られた彫刻が並んでいたりする。しかも風呂のいくつかは薬草風呂のようで、リラックスできそうないい香りが漂ってくる。前世で東京の大型スパなどに行ったこともあったが、あれがその辺の公園にでも見えるレベルの格の違いである。


 メイドさんが脱衣などを手伝おうとするのでそういうのはすべて断り、俺は一人で浴場に向かった。なお時間が半端なせいで俺一人の貸し切り状態らしい。


 やたらといい香りのする高級そうな石鹸を使って体を洗い、そして手足を広げて湯船につかる。特に疲れた旅でもないが、湯に疲れが流れ出ていくような感じがするのは大浴場の醍醐味だろうか。そういえばこの大陸にも温泉なんてものもあるのだろうか。


 しばらく湯につかっていると眠気が襲ってくる。夢うつつでいると、脱衣所のほうから音が聞こえてくる。どうやら誰かが入ってきたようだ。


 ちらと見ると背の高い、均整の取れた体つきの若そうな男性だった。複数のメイドを連れ、身体や髪を洗わせている様は非常に慣れた感じを受ける。その紫紺の髪は背中まで伸びており、確かに自分で洗うのは大変そうだ。


 ただその堂々とした様子から、彼の正体についてはなんとなく嫌な予感がする……と言ったら不敬になるのだろうか。


 一通り身体を洗わせると、彼はメイドたちを下がらせてこちらの浴槽に歩いてきた。俺が立ち上がろうとするのを、右手を制止の形に挙げてとどめる。


「ここは世俗の面倒を洗い流す場ですから、堅苦しい礼は必要ありませんよ」


 そう言って微笑むその男性は見た目は20台後半だろうか。非常に整った顔立ちの、俳優のような美男子であった。


 言葉遣いに違わぬ深い知性と、物腰にそぐわない底知れぬ威厳を持つ、不思議な雰囲気を持った青年だ。彼はゆっくりと湯船につかると、ふうと息をもらしてから、紫紺の瞳を俺に向けてきた。


「お気づきと思いますが、私がこの帝国で長をしているアイネイアース・ボレアリスです。初めましてオクノ伯爵。それとも『鬼神』とお呼びした方がいいでしょうか?」


「オクノでお願いいたします。初にお目にかかります皇帝陛下、ソウシ・オクノと申します。王国では伯爵の地位をいただいておりますが、現在のところ一介の冒険者に過ぎません。この度は陛下をお待たせいたしましたことを……」


「この場では、いえ、他の場でもそのようなことはおっしゃらなくて大丈夫ですよ。オクノ伯爵は大切な客人ですし、なによりすでに帝国内でも複数の功績をあげているのですから。むしろ私が礼を言わなければならない立場です」


 若き皇帝陛下はそう言って、目元を緩めて笑みを浮かべた。


「恐縮です。厄介ごとに巡り合う体質のようで、必然的に事件を解決することが多くなってしまうのです。結果としていろいろと評価をいただいてしまい、自分でも立場の変化についていけておりません」


「ふふっ、確かにそうなのでしょうね。なにしろオクノ伯爵の足跡をたどると、最初に出てくるのは半年前くらいのゴブリンキング討伐になるようですからね。そこからエルフの里を救い、オーズ国の巫女姫を救い、『黄昏の眷族』を単騎で討伐、オーズ国では『精霊の使徒』と目され、さらにメカリナン国では内戦をほぼ一人で終結させ、エルフの奥里にて『黄昏の眷族』をパーティに引き入れた上に重要な情報を入手、それと『彷徨する迷宮』も2回踏破し、さらに王都のAクラスダンジョン踏破、アーシュラム教会の枢機卿の企みを阻止し、その上帝国では『カオスフレアドラゴン』、そして複数の『黄昏の眷族』討伐……ふはははっ、私も話していて笑ってしまいますね。神話の英雄でもこのような人物はいませんよ」


 くっくっ、っと笑いを抑えるようにしながら、皇帝陛下は目を遠くへと向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る