18章 帝都 ~武闘大会~ 07
さてさらに歩くこと一時間、俺たちはようやくその城門前へと辿りついた。
30メートルはありそうな堀の上を渡された橋の先には、高さも幅も10メートルを超えそうな、大きな城門がある。その重厚な扉は開け放たれていて、その前に200人を軽く超える行列ができている。
帝都への出入りはかなり厳重にチェックをされるらしいが、それは急激に国土を広めた国の定めなのだろう。ドロツィッテ女史によると、一部の地域ではまだまだ政情が不安定らしい。
もちろん俺たちはその行列には並ばず、貴族階級用の入口の方へ向かう。
「じゃあなソウシさん。武闘大会で会おう」
「もしかしたらギルドで会う可能性もありますけどね。その時はよろしくお願いします」
残念ながらここで『ポーラードレイク』とはお別れになった。彼らは一般用の入口を使うことになる。
冒険者の一団、それも相当に目立つ集団がためらいもなくその入口に向かう様子を見て、奇異の視線を向けてくる者が何人もいる。
「あの美しい女性たちの一団はなんだ? 冒険者ではあるようだが……」
「あの方はハイエルフ。もしやアードルフの里の……」
「持っている武具の格が高いな。Aランクは間違いなさそうだが、人数が多くないか?」
「あれって下半身が蛇なのかしら。あんな種族がいるなんて聞いたことがないけれど」
「あの後ろの人、冒険者ギルドのグランドマスターだろ。だからあっちの門を使うってことか。しかし見たことないパーティだ」
という声があちこち聞こえてくるのは仕方ないだろう。スマホのないこの世界では、待つ時間ほど暇なものはない。面白いネタがあれば噂をして楽しむのも大切な暇つぶしだ。
「こちらで止まられよ。お名前をお教え願いたい」
貴族用の入口の衛兵は身なりからして立派なものであった。今目の前にいるのは3名の男女だが、雰囲気からして元冒険者で、それも礼節をわきまえた人間ばかりなのが見て取れる。
「私はソウシ・オクノと申します。ヴァーミリアン王国伯爵にして、Aランクパーティ『ソールの導き』のリーダーをしております。彼女たちは『ソールの導き』のメンバー、それとこちらは……」
「冒険者ギルドのドロツィッテ・オサローだ。グランドマスターと言えば分かるかな」
「存じております!」
ドロツィッテ女史が近くまでやってくると、3人の衛兵は直立不動の姿勢を取って敬礼をした。やはり彼女は顔パスレベルの人らしい。
「それと『ソールの導き』、そしてソウシさんについては上から指示が来ているだろう?」
ドロツィッテ女史が確認すると、その場のリーダーらしき男の衛兵が再度敬礼をした。
「帝城より指示を受けております。ソウシ・オクノ伯爵閣下と『ソールの導き』の皆様は、到着次第帝城へと参上していただきたいとのことです。すぐに迎えが参りますので、それまでは待合の館にてお待ち下さい」
「私がご案内いたします。こちらへ」
女性の衛兵に従って、俺たちは圧倒されるほど巨大な城門をくぐり、すぐ脇にある建物に案内された。
来賓を待たせるための建物ということなのだろう。白を基調とした内外装ともに高級なもので、これだけでも帝国の強大さがうかがい知れた。
待合室には接待の女性が2人いて、ソファに座った俺たちに飲み物などをサーブしてくれる。
「もしかしてこのままお城にいって皇帝陛下に謁見するの?」
ラーニが果実水を飲みながらそんなことを言うと、スフェーニアが首を横に振った。
「さすがにそれはないでしょう。まずは城内で数泊し、身体を清めてから謁見となるはずです」
「あっ、それはそうよね。たしかにこっちとしてもまずは休みたいけど、お城だと気持ちが落ち着かないのよね」
「それは私も同じですね。むしろ野営のテントの方が落ち着くくらいです」
「くふふっ。『ソールの導き』の野営はもはや野営ではないからね。確かに慣れると下手な宿よりよほど快適かもしれない」
ドロツィッテ女史もすっかり『ソールの導き』流野営にハマってしまったようだ。軽量風呂について話をしたら即王国のギルドに買い付けを指示していた。
待つこと30分ほど、待合の館の前に数台の馬車が停まるのが見えた。もちろんどれも高級そうな黒塗りの箱型馬車だ。一台はゲシューラ用の荷馬車だが、それも高級仕様に見える。いずれもドラゴンとヒイラギの葉のような模様が組み合わされた紋章が入っている。言うまでもなく帝室の紋章だろう。
「迎えが参りました。ご準備をなさって外へとおいでください」
接待の女性の指示に従って、俺たちはそれぞれ馬車へと乗り込んだ。
馬車から見る帝都は、やはりこの世界に来て最大の規模を誇るものだった。
今馬車が走るのは中央通りだが、道幅は馬車が余裕で横に4台走って、さらに歩道が確保できるほどに広い。通りの左右には5階建てを超える建物が並び、商店の質と量の充実ぶりも目を見張るほどだ。
この世界での衣料品は基本的にオーダーメイドか古着しかないのだが、なんとここでは新品の既製品を売る店がいくつも軒を並べている。オーズ国でもなくはなかったが、やはりその質と量はけたが二つくらい違う雰囲気である。
俺が乗る馬車にはフレイニルとスフェーニア、ドロツィッテ女史が同乗しているのだが、フレイニルとスフェーニアは馬車から身を乗り出さんばかりになっている。
他の馬車に乗っているラーニやシズナなどは、美味そうなレストランを見つけては騒いでいることだろう。
ゲシューラは通りの所々にある魔道具に目をつけているかもしれない。街灯以外にも、なんのためのものかわからない魔道具がいくつも道端に設置されているのだ。
しばらく揺られていると、通りが微妙に登りになっていることに気づく。
城のある丘に近づいているのだろう。馬車のスピードがやや緩やかになり、本格的に坂道を登っていくようになる。道は大きくつづら折りになっているようだ。斜面側にはまさに貴族の館という雰囲気の大邸宅が並んでいる。庭園も見えるが、どれも手入れが行き届いており、これを眺めるだけでも一日が潰せそうだ。
いよいよ馬車の速度が遅くなってきた。貴族の邸宅が見えなくなり、斜面と反対側を見ると、帝都が一望できるようになる。大通りが何本もこの丘を中心に広がっており、堀があって川のように水が流れているのが確認できる。すべてが計画的に配置されていて、この景色を見ただけで帝都に来た甲斐があったと思わせるものがある。ただ、この景色を見られる者は限られているはずだ。この丘の上は、観光客が来られる場所ではない。
そして気がつくと馬車は壮麗な庭園の中を走り抜け、その速度を完全に停止させた。目的地へと到着したようだ。
使用人と思われる男性がそれぞれの馬車に向かって歩いてきて馬車の扉を開いてくれる。
「お疲れさまでございました。馬車をお降りください。城内へと案内いたします」
馬車を下り、そして顔を上げる。
するとそこには壮麗としか言いようのない、見るものを圧倒せずにはおかない純白の城がそびえていた。
遠目に見た通り、中央に10階建てほどの本殿があり、その左右には翼を広げるような形状に5階建てほどの棟が続いている。優雅に弧を描いた塔が6基、左右対称に天を掴むように配置されている。
帝国の強大さがひと目で理解できる、そんな壮麗にして優雅な建築物であった。
後から下りてきたフレイニルもすっかり目を奪われている様子である。
「これはすばらしいお城ですねソウシさま」
「そうだな。言葉を失うくらいだ」
「どんな方たちがここにいらっしゃるのでしょうか」
「これから会いに行けば分かるだろうけど、さすがにこの城を見てからだと気後れしそうだ」
「ソウシさまが引け目をお感じになることはないと思います。ソウシさまのお力は大陸一なのですから」
「ありがとう。フレイニルにそう言ってもらえると少し落ち着くな」
そう言って頭をなでやると、フレイニルは目を細めて嬉しそうな顔をする。
彼女の前では恥ずかしいところを見せるわけにもいかない。そう思っておくと少しは肝が据わる気はする。
全員が馬車から下りて集まって来る。
城の玄関の前には、いかにも執事然とした老年の男性と、若い女性の使用人10名が並んでいた。使用人であっても恐らくは貴族の関係者なのであろう。全員がオーディションでも開いたのかと思えるほどの美形ぞろいである。
老年の男性が俺の前に来て、流麗な所作で深く一礼をした。
「ようこそおいでくださいましたオクノ伯爵様、そして『ソールの導き』御一行様。わたくしはこちらで筆頭執事を任されておりますギュンター・ゾルベルクと申します。この度はわたくしが皆様の世話係を担当させていただきますので、どうぞお見知りおきください」
「王国伯爵のソウシ・オクノと申します。この度はお迎えいただきありがとうございます。急な来訪となったことをお詫び申し上げます」
ゾルベルク氏が一瞬眉を動かしたのは、俺の挨拶が貴族的ではなかったからかもしれない。そこは冒険者だから許してもらうしかない。
「我が主、皇帝陛下もオクノ伯爵の御来訪を今か今かとお待ちになっていらっしゃいました。とはいえ皆様は旅を終えられたばかりでお疲れと思いますので、二日ほどは城にてお身体をお休みになられませ。では、まずはお部屋のほうへご案内いたします」
俺たちはゾルベルク氏に続いて、城内へと入っていった。
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