18章 帝都 ~武闘大会~  05

 街道を行く人たちに退避を呼び掛けつつ、俺たちは目印の背の高い木の側までたどりついた。


 遅れて『ポーラードレイク』の5人とドロツィッテ女史がやってくる。


「確かに嫌なニオイがするわね。間違いなく『悪魔』のニオイ。しかもかなり濃いから、数が多いか大きいのかどっちかね」


 ラーニが鼻をヒクヒクさせて長剣『紫狼』を抜くと、各自武器を構え始めた。


 俺も『アイテムボックス』から『万物をならすもの』と『不動不倒の城壁』を取り出す。この二つを構えると、自然と心が落ち着くのがわかる。


「すげえ武器だなおい」


『ポーラードレイク』のジェイズが呆れ声を出したのは俺の武具を見たからだろう。そんな反応をしながらも、彼らも隙なく武器を構える。


「ああ、ここまで来ると分かるね。これが『悪魔』の気配か。もしかして森の中に報告にあった『異界の門』が開いているのかな」


 ドロツィッテ女史が、いつの間にか取り出した見事な杖を手にしながら、興味深そうな顔で森に近づこうとする。


「グランドマスター、『異界の門』に近づくのは危険です。吸い込まれることもありますので」


「ああ、そんな話もあったね。私としてはその門の向こうにある『異界』とやらにも行ってみたいものだけど」


「準備が必要でしょう。今はその時ではないと思います」


「ソウシさんがいればまたそのタイミングは来るかな。マリアネも睨んでいるし、今はさすがに自重するよ」


 そう言ってドロツィッテ女史が下がると、マリアネが溜息をもらしたのがわかった。ドロツィッテ女史なら本当にということだろう。


 バキバキバキッ


 不意に森の奥から大きな音が響いた。木が薙ぎ倒されているのだ。大型の『悪魔』が出てきたようだ。


「少し下がろう」


 俺の指示で全員が森から距離を置く。50メートルほど離れたところで破砕音が急速に近づいてくる。手前の木がこちら側に倒されると、現れたのは、初めて見るタイプの大型『悪魔』だった。


 ひとことで言えば、異形のケンタウロス、だろうか。


 巨大な人の胴体があり、その身体の左右から昆虫のように三本ずつ人の足が伸びている。そしてその胴体の首にあたる部分から、さらに少し小さい人間の上半身が生えているのだ。


 顔は他の『悪魔』と同じく、のっぺりとして無表情。両腕は異様に長く、地面につきそうなほどだ。頭までの高さは10メートルはあるだろうか。誰が見ても世の理を外れた存在であると感じる、そんな姿である。


「グラマス、こいつぁグルファクトで出てきた奴ですぜ。今までで一番強い『悪魔』です」


 ジェイズが大剣を構え直しつつ唸る。が、その言葉はそこで止まらなかった。


「……な!? まだ出てくるのかよ!?」


 そう、その新『悪魔』は、続けて3体森から現れたのだ。しかも2体目3体目は、『異界の門』から出てきて一瞬に目の前に出てきた。『疾駆』に近いスキルを持っているようだ。


「そいつは腕に付与魔法をつけて殴ってくる。口から魔法も吐くが、腕の一撃の方がヤバい。絶対避けろ」


 こういう時に情報共有をしてくれるのはさすがAランクだ。


 ただジェイズの忠告は、俺の戦闘スタイルだと実践は難しい。


「いつもの通り俺が受ける。各自隙を見つけて攻撃」


「はいソウシさま」「オッケー」「いざ参る!」


 俺の指示でメンバーが散開する。


 フレイニル、スフェーニア、シズナ、ゲシューラの後衛組はさらに後ろに下がり、守りとしてシズナの『精霊』の鉄人形が前に立つ。すでに身長が2メートル半ある『精霊』は、壁役としてはこの上なく頼もしい。


 ラーニとマリアネが右、カルマとサクラヒメが左はもう定位置だ。


 ドロツィッテ女史は後衛組に混じって杖を構えていいる。


 こちらを無表情に見下ろしてくる3体の『悪魔』の前に、俺は盾を構えながら一人前に出る。いつもの戦法だが、特に初見の敵は攻撃パターンをメンバーに見てもらうためにも必要なルーティンだ。


「おいおいソウシさん! それはマズいぜ!」


「大丈夫だよジェイズ。それよりよく見ておくといい。極まった冒険者の姿をね」


 ドロツィッテ女史がジェイズをなだめる声が聞こえてくる。


 さて、まずは『誘引』だ。


 ギギギッ!!


 金属をこすり合わせるような声をあげながら、『悪魔』たちが一斉に動き出す。巨体からは想像もつかない速度で走ってくると、俺を半円に囲んで、三方向から拳を叩きつけてくる。


 俺は『不動不倒の城壁』と『万物を均すもの』を使って、それらすべてを受け止め、弾いていく。


 初撃をいなされた『悪魔』は、さらに属性が乗った打撃を、はるか頭上から連続で打ち下ろしてくる。


 一撃一撃が恐ろしく重い。が、例の暴走『悪魔』の体当たりに比べればまだ温い。さすがにいなしきれずに直撃を食らうと少しが、それでも強い打撲程度のものだ。ましてや俺を一歩でも下がらせることなどできようはずもない。


 俺に集中していた『悪魔』たちの上半身に、炎と岩と、氷の槍が百本単位で突き刺さる。


 その前に一瞬光ったのはフレイニルの『神の後光』だろう。『悪魔』の打撃力が1割ほど下がる。


 防御力の低下もあってか、魔法を受けた胴体の一部が大きくえぐれている。


 ギギギギィッ!!


『悪魔』が後衛陣に一瞬顔を向ける。


 そこに前衛組が斬りかかる。狙いは6本の脚だ。


 ラーニとカルマは、『紫狼』と『獣王の大牙』の一振りで、丸太ほどもある脚を切断した。


 マリアネは目にもとまらぬ神速の連撃で、サクラヒメも踊るように薙刀を振るい、それぞれ一本ずつの切断に成功する。


 左右の『悪魔』はそれぞれ2本の脚を斬られ、大きく体勢を崩す。口を開き、己を傷つけた者に魔法を放とうとするが、その顔面に再び魔法の槍が突き刺さる。


 ギエエエッ!?


 さらにラーニとカルマが追加で足を切断すると、2体が巨体ごと地面に横倒しになった。


「首もらいっ!」


「おらっ! 首置いてくんだよ!」


 ラーニとカルマは暴れる腕をかいくぐり、2体の首に接近、大上段から剣を振り下ろし、処刑人のごとくに『悪魔』の首を跳ね飛ばした。


「確かに強いようだが、俺たちの敵ではなさそうか」


 俺はそう結論付け、正面の一体にむけてメイスを一振り。


 不可視の『衝撃波』を全身に浴びた『悪魔』は原型をとどめないほどに粉砕され、バラバラになって吹き飛んでいった。


「あはははは! やはり『ソールの導き』はすごいね。ジェイズが言うくらいだから間違いなく強い『悪魔』だったんだろうけど、それがなにもできずに倒されるなんてね」


 振り返ると、腹をかかえて笑うドロツィッテ女史と、口を開いたまま凍り付いた『ポーラードレイク』の面々の姿があった。

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