18章 帝都 ~武闘大会~  03

 そんな胃が痛くなるような話があった翌日から、『ソールの導き』はザンザギリアム周辺のダンジョン攻略を行った。


 D、C、Bクラスダンジョンが一つずつだったので、休みを入れて5日ですべてを踏破した。


 レアボスなども出たのだが、D、Cクラスでは結局スキルはすべてのメンバーが既存のスキルのレベルアップにとどまった。なおD、Cについてはサクラヒメは踏破済みということで、スキルの取得やレベル上昇はなかった。


 Bクラスでもレアボスが出現したが、サクラヒメが『剛力』の上位スキル『金剛力』を新規取得したのみで、他のメンバーは既存スキルのレベルアップとなった。


 なお、ダンジョンでは当然新しいメイスの威力を試したのだが、もともとオーバーキルもいいところだったため、Bランクのザコモンスター程度が相手では明確な違いがわからなかった。


 ただ、ボス部屋で『衝撃波』を試したところ、10メートルほど離れた場所にいたボスがバラバラになって吹き飛んだ。俺のおかしさに慣れたメンバーもさすがに呆れていたが、一番呆然としていたのは俺自身だったかもしれない。なにしろその一撃でも十分に手加減をしていたのだ。本気を出したらそれこそ城を半壊させることも可能かもしれない。


 ともあれこれでザンザギル領でやることは終わり、いよいよ帝都に向けて出発することになる。


 出発の朝、城門の前までザンザギル侯爵とその御夫人が見送りに来た。


「ソウシ殿、くれぐれも娘をよろしく頼む」


 手を握りながらそう言う侯爵の目は、有無を言わさぬ光があった。年齢的に俺と侯爵はかなり近いのだが、そんな男に娘を頼むという父親の心境はいかなるものなのだろうか。


 ともかく俺としては「最善を尽くします」としか言いようがなかった。




 さて、ザンザギル領から見て帝都は西北西にある。


 さすがに帝都と要衝をつなぐ街道は馬車が余裕をもってすれ違えるほどに広く、石畳の表面には段差がほとんどない。行き交う商人や旅人の数も多く、要所要所には宿場町もあり、まさに帝国の大動脈といった趣があった。


 俺たち10人は、いつものとおりに街道を徒歩でいく。帝都までは約一週間の旅となる。


 しかし改めて見直すと、『ソールの導き』はとにかく目立つパーティである。見目麗しい女性ばかりなのはもちろんのこと、人数も多い上に身に着けている装備もひと目見て最上位のものとわかるものばかり。


 すれ違う人々は一様に二度見をするが、商人や旅人たちは彼女たちの見た目に、高ランクと思われる冒険者たちはその装備に目を奪われているようだ。


 当然ながら俺に注目する人間はほぼいない。というか恐らく認識もされていない気がする。まあ目の前に輝かんばかりのものがあったら、その奥の地味なおっさんなどに気がつく人間などそうはいないだろう。


 しかしなにごともなく歩いていると、色々と余計なことを考え始めるものらしい。たとえば今、整備されている道を歩いているわけだが、そうするとふと自動車があったら、なんてことを考えてしまう。しかもよく考えたら身近にものづくりのスペシャリストがいるのだ。


「なあゲシューラ、君は例えば、馬のいらない馬車……自動車なんてものを作ることはできないのか?」


 隣に行ってそんなことを聞くと、ゲシューラは興味深そうな顔で俺を見返した。


「馬がいらない、自動で走る車というわけか? ふむ、面白いな」


「こう、回転する力を生み出す魔道具なんていうのがあれば造れると思うんだが。『黄昏の庭』でも水車とか風車とか、回転運動を利用する施設はあるだろう? それを魔道具で代わりにさせたりとかはないのか?」


「水車、風車というのは分からぬが、回転運動を生み出す魔道具ならできぬこともないな。過去に一度考えたことはある」


「造ってはいないのか?」


「うむ。実は今言われるまで忘れていた。しかし回転運動があれば様々な応用が効きそうだな。少し考えてみよう」


「そうか。楽しみだな」


 話してる途中でこれはやりすぎか? と少し思ったが、魔道具についてはゲシューラもすでに考えていたようなので、先取りをしすぎた技術でもないはずだ。


『黄昏の庭』に水車などがないというのは少し驚いたが、この大陸ではもちろん水車、風車は存在する。魔道具で回転運動を作り出すなんていうのはすでに研究されている可能性もあるし、そもそも作るのは俺ではない。……と内心で言い訳をしてると、ドロツィッテ女史が俺の隣にやってきた。どうも今の話を聞いていたらしい。


「すまない、今面白い話が聞こえてしまってね。ソウシさんはものを造る方にも興味があるのかい?」


「ええまあ……そうですね。嫌いではないというか、今のはたまたま思いついただけというか、その程度のものなのですが」


「馬のいらない馬車というのはたしかになくはないよ。でもそれはゴーレムにひかせてるものなんだけどね。車自体が前に進む、というのは発想の転換が必要なことだよ」


「子どもでも考えつくとは思うのですが」


「車とは何かに牽引させるもの……そういう固定観念からはなかなか抜け出せないものだよ、人間というのはね。しかしそんな考えができるソウシさんのもとに、ゲシューラさんという人材が来る。これも『天運』のなせるわざなのかもしれないね」


「ああなるほど……いえ、自分はそんな大それた人間ではありませんが」


「そういうことにしておこうか。しかし回転運動か。もし少ない魔石で動かせるのであればいろいろと応用ができそうな気もするね。ゲシューラさんには期待したいところだ」


 ドロツィッテ女史はそのまま思索に入ってしまったが、確かに非常に応用の効く技術ではある。


 ずいぶんと前にも思ったことだが、俺の現代日本の知識は、この世界にとっては結構な意味をもつもののはずだ。たとえ俺自身が造れなくても、「そういう道具があれば売れる、使える、文明が発展する」と分かっているだけでも価値は大きい。


 しかも俺は爵位までもらっていて、やろうと思えば人を集めて色々とことができる地位につきつつある。そう考えると得も言われぬ怖さがこみあげてくるのは、まだまだ俺が一庶民の感覚でいるからだろうか。

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