18章 帝都 ~武闘大会~  02

 翌朝に領都ザンザギリアムに到着し、ザンザギル侯爵の館へと挨拶に向かった。


 応接の間で侯爵と対面する。侯爵は灰色の髪を後頭部でまとめた、口髭の似合う侍然とした男性である。


「おお、ソウシ殿、どうやら無事に武具を手に入れることができたようでありますな。あの後『黄昏の眷族』をもう1体倒したとも聞いておるが、その際知略を用いたとか。まさに知と勇を兼ね備えた御仁と感服いたした」


「ありがとうございます。知略と言われるといささか恥ずかしい小手先のものですが、『黄昏の眷族』が暴れる前に始末できたのは幸運でした」


「うむ。『黄昏の眷族』はしばらく姿を見なかったのだが、ここに来てあちこちに現れているようで、被害も出ているようであるからな。それが未然に防げたのは、領主としても感謝せねばならぬこと。今回の武具の用意だけでは足りぬ恩ができてしまったようだ」


「それに関しては、この度のドワーフの里での武具の調達について、格別の配慮をいただきましたのでそちらで十分です。里長の工房に優先的に注文をいれるだけでも我々にはできないことですので」


「あの落石と『黄昏の眷族』2体。それらが与える損害が避けられたことを考えたらまったく足りぬよ。ソウシ殿が遠慮されることはない。とはいえ、ソウシ殿の恩に報いるのになにがよいかは悩むところではあるのだが」


 悩むようなそぶりを見せるザンザギル侯爵は、隣に座る御夫人にもなにかないかという感じで目配せをしている。


 しかし侯爵の言うことも分かるし、パーティのリーダーとしても報酬を受け取らないといけないのは理解しているが、なにかするたびに気を遣われるのはそれはそれで面倒だとつくづく思い知らされる。


 もっとも侯爵としても借りを作りっぱなしというわけにもいかないだろうし、結局は金銭ということになるのだろうか。そちらに関しては今のところ貯まる一方で、使うアテがあまりないというのが問題ではある。ふと前世でやったロールプレイングゲームで、終盤金が余る現象を思い出して内心で苦笑いをしてしまう。


「……ところでソウシ殿、娘のサクラヒメにも立派な武具を作っていただいたようだが、今後もソウシ殿のパーティで使っていただけるということでよろしいか?」


「それはもちろんです。サクラヒメ様はもうなくてはならない戦力ですので」


 と答えると、侯爵夫妻はなにか目配せをしあってから、決心したように互いにうなずきあった。


 その態度を見て、急に俺の背中にある予感が這いあがってくる。もしやこの流れは……と気づくが、しかしなす術があるわけでもなく、2人が真剣な顔を向けてくるのをどうにもできない。


「そういうことであるなら、ぜひ我が娘サクラヒメをソウシ殿の妻としてもらってやってはいただけまいか。親の欲目を抜きにしても器量も良く、幼いころから武だけでなく、文の方にも打ち込んできた娘ゆえ、きっとソウシ殿のお役にも立てると思うのであるが」


 前にも同じ話があったが、今回のは明かに本気だった。


 礼として娘をもらってくれ、というのは前世の感覚だとかなり抵抗のある話だが、貴族の世界では当たり前の話というのはさすがに理解はできる。しかしだからといってはいそうですかと受け取るわけにはいかないものだ。相手が帝国の侯爵家ともなれば、礼以上の意味があることも明かであるし。


 それに今この部屋には『ソールの導き』のメンバーが全員いるのだが、降ってわいたような話で皆驚いて……と思ったのだが、チラと見ると落ち着いていて俺の方が内心驚いてしまった。


 フレイニルだけはさすがに驚いた顔をしているが、ラーニ、スフェーニア、マリアネ、シズナ、カルマはむしろ「それが当たり前」みたいな表情なのだ。『黄昏の眷族』のゲシューラは話がよく分かっていないようで無表情だが。


 問題のサクラヒメも最初は驚いていたようなのだが、すぐに覚悟を決めた目つきになって俺を見つめてきた。貴族の子女として、自分の意志に関係なくこういう事態が起こることは分かっているのだろう。それはそれで俺としては不憫ふびんに思ってしまう。


「いえそれは……その、ありがたいお話なのですが、いろいろと急なものですから、すぐに返事ができるものではありません。前にも申しましたが年齢も離れておりますし、なにより私自身何者になるのかもわからぬ身ですので……」


「聞けばソウシ殿はすでに王国では伯爵の位にあるとか。この後帝都にて皇帝陛下に謁見するとなれば、その場にて帝国の爵位を賜ることになるであろう。何者となるかわからぬ身とおっしゃるが、少なくとも侯爵家の娘をめとるのに不足ということはござらん」


「たしかにおっしゃる通りかとは思いますが、サクラヒメ様のお気持ちなどもありますし……」


「サクラヒメはどう思っているの?」


 俺の言葉に反応して夫人が聞くと、サクラヒメは頬を染めつつ、真面目な顔で答えた。


「それがしに異存はございませぬ。ソウシ殿には命を救っていただいた恩がある上、ここまで旅をしてきて、その人柄もこの上なく好ましく感じているところでござる。ソウシ殿のもとに輿入こしいれできるなら、これ以上の喜びはございませぬ」


「ということのようです、ソウシ殿」


 夫人にまでそう詰められて、俺は頭をかかえてしまった。


 これが単に貴族間のパワーゲームの一環としての婚姻ということならはっきりと断ることもできただろうが、サクラヒメはパーティメンバーであり、なおかつそれなりに心も通じ合った相手である。


 今のサクラヒメの言葉をそのまま鵜呑みにするほど俺も若くはないが、自分が男としてそれなりに価値がある人間になっているという自覚もなくはない。


 俺がどうにも答えあぐねていると、グランドマスターのドロツィッテ女史が助け舟を出してくれた。


「ザンザギル侯爵、ソウシ殿は色々としがらみが多い身のようですから、性急に返事を求めるのも酷かと思いますよ。あちこちの国で同じような話があって大変なようですからね」


「ふむ。ソウシ殿ほどの御仁なら無論そうでござろうな。サクラヒメからパーティメンバーの話も聞いているが、やんごとなき素性の方も多いとか」


「そうそう。それに彼はこれからさらに大事をなすはずだから、それまで待ってあげてもいいと思うよ。もちろん一緒にメンバーとしてやっていく以上、ソウシさんが娘さんをぞんざいに扱うことはないだろうしね。ね、ソウシさん?」


「え、ええ、もちろんです。私もいまだ途上の身で、まずは行く先を見定めてからと考えております。ですので、今は婚姻などについては考えられないということでご了承いただきたいのです」


 そういえば、メカリナン国のラーガンツ侯爵にも同じことを言って保留にしていたのだった。しかもドロツィッテ女史の口ぶりだと、そのことまで知っているような感じであったのだが……それもグランドマスターの情報網ということだろうか。


 ともかくこの言い訳でザンザギル侯爵が納得してくれるかどうかなのだが、うなずいてくれたのでなんとかなったようだ。


「なるほど、ソウシ殿の力を考えれば、さらにこの帝国、いやこの大陸で大きなことを為すのは間違いないであろうな。その時にどうなるのか、それを見定めてからでも遅くはないか」


「少なくとも『黄昏の眷族』の件がはっきりとするまでは今のままで活動をしたいと考えております」


「あいわかった。急な話であったのはそれがしも理解はしておるし、もとよりこの場で答えを求めるものでもない。しかしその時がきたならば、色よい返事を期待いたす。サクラヒメもソウシ殿に気に入られるように励むのだぞ」


「はい父上。必ずやソウシ殿に気に入られるように精進いたします」


 とんでもないことを言いながら、一礼をしつつ、俺の方を見てくるサクラヒメ。その頬が少し赤くなっている気がするので、彼女としても俺に対して思うところがあるのだろうか。


 同時にフレイニルは不安そうな顔をし、ラーニとカルマはニヤニヤしながら二人でなにかを話し、スフェーニアとシズナはなにかを決意した表情を見せ、マリアネとゲシューラは無表情を保っている。


 表立ってが出てくると彼女たちとの関係にも変化が訪れそうで、俺としてはいささかの不安がある。今の関係性が崩れることへの怖さなど、この歳になって感じるとは思ってもみなかったが。

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