18章 帝都 ~武闘大会~  01

 新たな武器を得て意気の上がった俺たちは、里長ライアノス氏に丁重に礼を言ってドワーフの里を後にした。


 まずはログハウスにこもりきりだったゲシューラを迎えに行く。俺たちの旅に付き合ってくれている彼女だが、本質的にはやはり落ち着いてものづくりをする方が好きなようだ。


 ログハウスの中では、ゲシューラが蛇の下半身を横たえて休んでいた。


「ゲシューラ、出られるか?」


「うむ、問題ない。武器はできたのだな?」


「ああ、これだ」


『万物をならすもの』を見せると、ゲシューラは身体を起こし、近寄ってじっと眺めはじめた。


「……なるほど、見事な作だ。我はこういった武具に関しては門外だが、これがどれほど高い技術のもとで造られたかは十分に理解できる。しかも複数の効果がついているな。人の手によって神の武具を作るに等しい行為だ。すばらしい」


 普段は寡黙に近いゲシューラだが、を見ると途端に饒舌じょうぜつになるのは面白い。


「そういえば通信の魔道具はできたのか?」


「うむ。一対を作ってみて正しく動作することも確認している。今回は模倣品を造っただけだが、その過程で新しい知見を得ることもできた。やはりソウシについてきて正解であったな」


「それはよかったが……扱いは慎重にしないといけないな」


 ドロツィッテ女史に聞くと、『通話の魔導具』は今は作ることができない、『遺物アーティファクト』と呼ばれるものらしい。ファンタジー世界ではよく登場する古代超文明の道具か、と思ったがそうではなく、造られたのは100年ほど前だとか。ただ造り手が製造方法を伝えないまま他界してしまって、彼が生涯で作った分しか現物が残っていないということだった。


 しかしそうなると、『通話の魔道具』を再現できるゲシューラはやはりこの世界にとって恐ろしいほどの価値を持つ人間ということになるのだが……その情報を含めて、彼女を今後どう扱うかは大きな問題となりそうだ。


 さてログハウスをしまい、全員揃ったところでザンザギリアムへと来た道を戻る。来るときは馬車だったが、戻りは徒歩である。サクラヒメに先を歩いてもらい、俺はリーダーらしく最後尾をついていく。


 歩きはじめてすぐに、ドロツィッテ女史がするりと俺の横に並んできた。


「少しいいかな。ゲシューラさんは例のものは造り終わったのだろうか?」


 一瞬答えに窮したが、『通話の魔道具』をゲシューラに見せたのは彼女である。恐らくゲシューラが複製品を作れるという話は聞いているはずだし、隠しても仕方ないだろう。


「さきほど聞いたら、できたと言っていました。動作の確認まで済んでいるようです」


「そうか……。彼女が『これなら我にも造れるな』と言っていたのだが、本当に造れてしまうとはね。『黄昏の眷族』というのは私たちの想像の及ばない力を持っているようだね」


「いえ、たぶん物を作る能力に関しては彼女が特殊なだけだと思います。『黄昏の眷族』の王のような人物も彼女を欲しているようですし」


「なるほど。彼女が腰に下げているバッグも、『アイテムボックス』の効果があるものだろう? そんなものまで持っている人間を権力者が放っておくわけはないからね」


「バッグについては人前で使わないように言ってあったのですが……」


「ははっ、それは仕方ないさ。私は『鑑定』持ちだからね。怪しいものはなんでも『鑑定』してしまうんだ」


 おっとそれは盲点……というか迂闊うかつだった。そうか、『鑑定』スキルでわかってしまうのか。


「心配しなくても、持っているくらいなら大丈夫だよ。『ソールの導き』の一員である限り誰も手出しはできないしね。もっとも、もし彼女があの袋まで作れるなんてことになったらちょっと大変な話になるかもしれないけど、ね」


 と言って意味ありげな流し目を向けてくるドロツィッテ女史。


『通話の魔道具』を複製できるのだから、『アイテムボックス』付のバッグを造れると勘付かれても仕方ないだろう。その情報をどう扱うかは、グランドマスターであるドロツィッテ女史の良識に期待するしかない。


「彼女にはなるべく静かな生活をさせてあげたいんですが、なかなか難しそうですね」


「ソウシさんは優しいね。しかしそうだね、彼女を権力から守るのに一番簡単な方法は、誰もが手出しできない人間がさっさと囲ってしまうことだよ」


「手出しできない人間……もしや皇帝陛下ということですか?」


 俺は大まじめに言ったのだが、ドロツィッテ女史は一瞬呆気にとられたような表情になったあと、「くはははははっ」と腹を抱えて笑い始めた。


 それが気になったのか、ラーニとシズナが近づいて来た。


「どうしたのドロツィッテさん、なにか面白いことがあったの?」


「またソウシ殿が妙なことを言ったのかのう?」


 ドロツィッテ女史が息を整えるまではしばらくかかった。


「いやいや、ソウシさんにこの世界で一番強い人間は誰かって聞いたら、皇帝陛下だって答えるからちょっと面白くてね」


「あ~、そういうことね。ソウシって基本そういう人間だから仕方ないわよ」


「なるほどの。まあソウシ殿の言いたいことはわからぬでもないがのう」


 2人には妙に納得されてしまったが、普通に考えたら世界で一番手出しができない人間というのは巨大国家の長ということになると思うんだがな。


 たぶんドロツィッテ女史は俺が一番強いと言いたいのかもしれないが、所詮個人では権力という有形無形の力には勝てないものだ。


「ま、ソウシさんの言いたいことはわかるよ。確かに国家権力というものは個人では抗いようもないほど強大だし、それを統べる皇帝は確かに強者であることは間違いないよ」


「ええ、私もそう思います」


「しかし基本的に国家の力の背景にあるのは、軍や治安機構といった物理的な力さ。その物理的な力がまったく通じない相手には、国家と言えども手の出しようがない」


「しかし、国家は相手を兵糧攻めにもできますから。組織に搦め手で来られたら個人ではどうにもなりませんよ」


「ふふ、そのあたりの見識を持っているのはさすがだけど、ソウシさんはそもそも個人ではないだろう?」


「それは、まあ、信頼できるメンバーはいますが……」


「そのメンバーの多くが、あろうことか各勢力の重要人物じゃないか。しかもソウシさんは3国にまたがって英雄視され、アーシュラム教会とも強いつながりがあり、この帝国でもすでに名が広まりつつある人物だ。それに加えて一国の軍でも掣肘せいちゅうできない力を持っている。こんな人物、本来なら皇帝陛下ですら対等に扱わないといけない相手だよ。ソウシさんはそんなつもりはないだろうけど、ね」


「そんなおそれ多いことは考えたこともありません。しかしゲシューラにとっては、『ソールの導き』にいるのが一番安全ということは理解できました」


「なら結構。このあと『黄昏の眷族』が攻めてきたとして、その後彼らとどういう関係になるのかはわからないけど、彼女だけは確保しておいて欲しい。色々な意味でね」


 ドロツィッテ女史の話によると、今回鉱山で起きたような重要拠点への破壊工作は、俺がローヴェを倒した後になって、他の場所でも行われたと報告があったそうだ。こちらが事前に注意を喚起したこともあって、多少の被害を受けつつも『黄昏の眷族』は倒されたとのことだが、ここのところ姿を見せなかった『眷族』が組織的行動をしてきたということで、帝室も冒険者ギルドも『眷族』の大陸侵攻は確定的と見ているらしい。


 そうなると、人間との理性的な対話が可能なゲシューラという存在は、戦いを終わらせる際、もしくは終わった後の橋渡し役として非常に重要な意味をもってくるだろう。


 帝室としてもゲシューラを取り込もうとする動きは出てくるはずだが、そのあたりをどうするかは、ゲシューラともう一度きちんと話をしておいた方がいいかもしれない。

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