17章 帝都への長い道  33

 俺は外に出ると、テントにいるマリアネとドロツィッテ女史に声をかけた。


「ターゲットが近づいているようです。2人は準備をしてそのままテントの中で待機していてください」


「承った。ソウシさんの狙い通りになったね。さすがだよ」


「まだ確定ではありませんけどね。フレイの感覚は正確なので間違いはないでしょう」


 フレイニルもログハウスに待機するように言っておく。


 代わりにゲシューラがログハウスから出てきて、俺のところへやってくる。


 今俺たちがいるのは、ドワーフの里に続く街道から500メートルほど外れた荒れ地である。


 街道には馬車や人が行き交っているが、その中の一人の人間が、街道から外れてこちらに歩いてくるのが見えた。


 遠目には冒険者に見えるが、その歩き方には微妙な違和感がある。どうやら当たりのようだ。


 俺もゲシューラも武装はしていない。万が一ターゲットが慎重派だった場合、こちらが待ち構えているのが分かると逃げられる恐れがあったからだ。


 俺とゲシューラが立ち話をしているフリをしていると、街道から歩いて来た人物は10メートルほどまで近づいて来た。鎧兜に身を包んだ、前衛職の冒険者に見える人間だ。


 しかしその兜の下から響いてくるのは、カチカチカチという、硬いものを何度も嚙合わせるような音。


「まさか本当にゲシューラがここニいるトは思ってなかったゾ。これはレンドゥルム様もお喜びにニなるんだゾ」


 およそ人間がしゃべっているとは思えないような奇妙なイントネーション。まあ人間ではないのだから当然ではある。


「誰だお前は?」


 誰かはもう分かっていはいるが、一応聞いてみた。


「死ぬ奴に答えてモ無駄なんだゾ。な?」


 ふざけた言葉を言い放つと同時に、そいつは一息で間合を詰めてきた。気づいたら俺の目の前にいた、という感覚だ。


 そいつの右手、篭手が裂けて、中から黒い爪が伸びてくる。先端にはやはり怪しげな液が滴っている。毒の爪だ。狙いは俺の首。すべてが一瞬。


 だが来るのが分かっていれば、俺の動体視力はすべてをとらえる。


 そして俺の手が、そいつの腕を下からつかむ。つかまれた腕が微動だにしないと知るや、そいつは逆の爪を閃かせてきた。さらに背中から追加で2本の腕。


 俺はつかんでいた腕を握りつぶすと同時に、逆の手を同じようにつかまえる。そして背中の腕がこちらの脇腹に届くより先に、そいつを力ずくで投げ飛ばして地面に叩きつける。


「グェッ!?……オマエは何者なんだ、ゾ!?」


「死ぬ奴に答えても無駄なんだろう?」


 俺はそいつの頭、兜が吹き飛んでむき出しになったカマキリみたいな頭に拳を叩きこんだ。




「いやいや、一瞬で、しかもまた素手で倒してしまうとはね。本当にもうなんと言っていいかわからないよ」


 テントから出てきたドロツィッテ女史が、呆れたような顔をして『黄昏の眷族』の死体を見下ろしている。


「こいつ自身かなり油断をしていたみたいですからね。ところでゲシューラ、こいつがローヴェで良かったのか? 結局名前を聞く前に倒してしまったが」


「間違いない。しかしこいつは慎重な男のはずなのだがな」


「人間が罠を張ると思っていなかったのかもしれないね。もしくは罠を張っていても、それを破る自信があったのかも。彼らは人間を下に見る気質が強いようだから」


 ドロツィッテ女史が答えると、ゲシューラも「そうかも知れぬ。レンドゥルムもその点は同じだからな」とうなずいた。


「どちらにしてもこれでソウシさんの手柄がまた一つ増えたね。ドラゴン1体、『黄昏の眷族』2体、しかもすべて素手での単独討伐。くふふっ、誰が信じるんだろう、そんな話」


「それは結果そうなっただけですから。グランドマスターが罠を張ってくれたおかげもありますし」


「それも君の指示だけどね」


 今回、ローヴェが俺たちの前に姿を現したのは、奴がとある情報をギルドで聞いたからにほかならない。


 それは「ミランという『黄昏の眷族』が倒された。鉱山を塞いでいた岩はゲシューラという女冒険者が強力な魔法で吹き飛ばした」という情報だ。


 もちろんそれは俺がグランドマスターに帝国の各ギルドに広めてくれと頼んだ、一部ウソの情報だ。


 ミランと同じようにローヴェが冒険者に擬態をしているなら、ギルドでその情報を耳にするはずだ。そしてその情報を聞けば、かならずドワーフの里付近に来るだろうと考えたのだ。


 こちらから探すのが困難なら、向こうから来てもらう。そういう罠を張ったというわけだ。


 俺がローヴェから抜き取った魔石を『アイテムボックス』にしまっていると、マリアネが俺の手についた血を布で拭ってくれた。


「ああ、済まない。しかし素手で戦っていると服も血だらけになるな」


「いっそのこと上半身裸で戦われてはいかがですか?」


「いやそれは……いつぞやのオーガみたいにならないか?」


「オーガより強いのですからいいのではないでしょうか」


「そういう問題じゃないと思うんだが」


「へえ、マリアネがそんな冗談を言うなんて本当に驚きだね。『天運』スキルは人をたぶらかす力もあるのかな? それともソウシさんの元からの性質かい?」


 ドロツィッテ女史がからかうと、マリアネはすっと離れてテントに入ってしまった。


 確かにマリアネがあんなことを言うのは初めて聞いた気もするな。それだけ心を許してくれているということだろうが……タイミングがちょっとおかしい気もするのは、彼女もそれに慣れてないからだろうか。


「ソウシさま、この後は武具ができるまでどうされるのですか?」


「ラーニ達の手伝いに行こうかと思う。鉱山ダンジョンも一度見てみたいしな」


 フレイニルに答えつつ、俺はローヴェの死体を少し離れたところに移動させる。


 それをドロツィッテ女史が火魔法で灰にして、今回の一件はすべて完了となった。


 しかしもはや『黄昏の眷族』も一人二人ではまったく相手にならない。普通は複数のAランクパーティで当たる敵ということだから、俺はすでにAランク冒険者20人分くらいの戦力をもっているということになる。


 いや、素手でそうなのだから、今作ってもらっているメイスが完成したらいったいどれだけの力を持つことになるのか、別の意味で自分の力を自覚できなくなりそうな気がするな。

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