17章 帝都への長い道 32
とりあえず鉱山街の広場で宴会が始まり、俺はその中心でひたすら酒を飲まされることになった。
ドワーフの里の里長ライアノス氏とザンザギル侯爵が救援隊とともに到着したのは、宴が始まってから1時間ほど経ってからだった。
浴びるように酒を飲んでいる鉱山街の人々に目を丸くしていたが、弟のゴステラ氏に事情を聞いたライアノス氏は「そりゃ飲まなきゃいかんな!」と言って宴に入っていった。もちろん救援隊のドワーフたちも同じである。
ただザンザギル侯爵は、ドロツィッテ女史やマリアネと鉱山街の冒険者ギルドへと向かったようだ。恐らく『ローヴェ』なる『黄昏の眷族』についての情報を各地に伝えにいったのだろう。
それを見たら俺もさすがに飲んでいるわけにもいかず、主賓席からこっそりと離れてギルドへと向かった。
鉱山街のギルドにはフレイニルやサクラヒメ、ゲシューラといった宴が苦手なメンバーが休んでいた。
「ソウシさま、お疲れさまです」
「ああフレイニル、済まないないつもこんなことになって」
「そんなことはありません。皆さんソウシさまのすばらしさを讃えているのです。私もとても嬉しく思います」
「いや、まあ、そうなのかもしれないし、ただ騒ぎたいだけなのかもしれないし、そこはよく分からないけどな。それより食事とかは取れているのか?」
「はい、それはラーニやシズナさんが持ってきてくれています」
「ならいいが」
そのあたり気の利くメンバーがいるのはありがたい。
「ところでグランドマスターたちは奥か?」
「はい、マリアネさんと侯爵様と一緒に奥の部屋で話し合っていらっしゃるようです」
「わかった」
受付嬢はいないので、俺はそのまま奥の部屋に向かった。
人の気配は支部長室に集まっていた。ノックをして入ると、そこにはドロツィッテ女史、マリアネ、そしてザンザギル侯爵が揃っていた。
「おおソウシ殿、此度も活躍をされたようだな。まさか我らが到着する前に落石を撤去し、しかも下手人の『黄昏の眷族』まで討伐するとは思いもよらぬことでござる。娘から聞き申したが、無手にて退治されたとか」
「武器を持たないところで襲われたので仕方なく、ですが。ところで『黄昏の眷族』の動きについてはなにか情報はあったのでしょうか?」
その質問にはドロツィッテ女史が答えた。
「帝都や近くの各都市の支部の話だと今のところ動きはないようだね。注意喚起はもちろんしたけれど、ローヴェなる『黄昏の眷族』がなにかをするはず、というだけでは対応のしようが限られるからね。少し困っているところさ」
「お伝えしましたが、ミランという眷族は武器の供給を妨害するために鉱山を狙ったようです。同様に軍備などの妨害工作を行うとなると、どこが対象になりそうでしょうか」
「それも考えたのだけど、やはり鉱山か、もしくは武器を作る場所を直接攻撃するか、だろうか。広く軍備の妨害となれば兵糧などを狙うことも考えられるし、対象はあまりに多くなってしまうね」
「確かにそうですね……」
ローヴェという『黄昏の眷族』の存在が知れているのはいいが、その行方が知れないのは心配の種にしかならない。どうにか足取りがつかめればいいのだが。
「しかし今回は驚いたね。まさか『黄昏の眷族』が冒険者の格好をしているとは思いもしなかった。人間の中に潜んで活動をするなんて、『黄昏の眷族』についての認識を改めなくてはならない話だよ」
「ええ、ゲシューラのような例もありますし、それに彼女に話を聞くと、『黄昏の眷族』にも色々なものがいるみたいですから――」
その時、俺の頭の中でピンときた。
考え方の転換だ。ローヴェの行方を追いかけるのではなく、向こうからこっちに来るように仕向ければいいのだ。
ローヴェがどこを狙うのか分からないなら、狙う場所を用意してやればいい。
「グランドマスター、こういうのはどうでしょうか」
俺はその場でとある作戦を提案した。
もしローヴェという黄昏の眷族がミランの言った通り頭のいい人物であるなら、恐らくひっかかってくれるはずだ。
しかしまさか黄昏の眷族相手に策を弄することになるとは思わなかったな。
「なるほど。この策がうまくいったら、ソウシさんの名声がさらに高まるかもしれないね」
ドロツィッテ女史はそんなことをノリノリで言っていたが……彼女が自ら進んで噂を広めるような気がするのは、どうか勘違いであってほしいものだ。
翌日俺たちはドワーフの里に戻ることになった。
もちろん里長ライアノス氏やザンザギル侯爵も一緒である。救援隊については一部が鉱山街に残って鉱山ダンジョン入り口前の整備をするとのことだったが、ほとんどは里に戻った。
なおザンザギル侯爵は『黄昏の眷族』が現れたということもあり、そのまま領都ザンザギリアムへと帰っていった。
里に戻ると、里長達はすぐに武具の製作を始めた。完成までは2週間かかるという話はすでにされているところだが、これでも頼んだものの質と量を考えればかなり無理をする日程である。里長を含めて『名付き』を作った経験がある腕利きを集めて最優先でやってくれるらしい。
話の感じからするとどうもバックオーダーを大量に抱えているところに割り込む形になったようだが、
「『ソールの導き』を最優先にするのはワシらにとっても国にとっても当然のことじゃ。礼も要らんしソウシ殿が後ろめたさを感じる必要はないぞ」
と背中をバンバンと叩かれた。
さて、そうすると俺たちはドワーフの里で待つことになる。
『黄昏の眷族』ローヴェに策を仕掛けている以上動くことができないのだが、さすがに10人でじっとしているのは無理がある。
そこでラーニ、スフェーニア、カルマ、シズナ、サクラヒメの5人は鉱山ダンジョンで素材の採取をしてくるということになった。日帰りは無理なので泊りがけということになる。
女子ばかりではあるが実質Aランクパーティなので問題はないだろう。リーダーは経験のあるカルマがやり、回復役としてシズナが、素材の運搬も『アイテムボックス』持ちのサクラヒメがいるので万全である。
鉱山ダンジョン自体は階層によってクラスが変わる変則的なもので、最深部だとAクラスに近いらしいが、ザコ戦しかないとのことなので問題はないだろう。
「ソウシさんがいない分、弱くなることを考えて無理はしないようにする。あと変な男が近づいてきたらぶった切るから安心していいよ」
と不安にさせることを言ってカルマたちは出かけていった。
一方で俺たちは里の外、街道の外れにゲシューラのログハウスとテントを出して、そちらで寝泊まりをすることにした。
里にももちろん宿はあるのだが、ローヴェが里の中に入ってくると犠牲者が出るので外で待ち構えているという体である。
さすがにグランドマスターのドロツィッテ女史には宿に泊まることを勧めたのだが、
「ふふふ、私がいないと風呂が用意できないだろう?」
と言われてしまった。
スフェーニアとシズナがいないのでパーティに水や火を出せるものがいなくなっていたのだ。逆に俺の方からお願いをしてドロツィッテ女史には野営に参加してもらうことになった。
さてそんなわけで、俺は久々にゆったりとした時間を過ごしていた。
もちろん毎日トレーニングはかかさず行うようにしたが、それ以外はフレイニルやマリアネと話をしたり、耐性スキルのレベル上げも兼ねてドロツィッテ女史に魔法の的にされたり、ゲシューラとものづくり研究会をやったりした。
特にゲシューラは久々に時間があるということで、何か魔道具を作り始めた。
見学をさせてもらったのだが、例の『アイテムボックス』スキル効果のついた袋から材料を取り出して、高度な魔法技術を使って材料を加工していく様はまさに熟練の職人といった雰囲気で、ずっと見入ってしまった。
「見ていて面白いものか?」
「熟達した技術を見るのは面白いさ。ところでそれはなにを作ってるんだ?」
「うむ。どうやらギルドとやらは遠方と会話をする魔道具を使っていると聞いて、同じものができないか試しているのだ」
「話を聞いただけでできるのか?」
「実は鉱山のギルドで現物を見せてもらったのだ。なので技術はわかっているから問題ない」
「見せてもらった? 相当重要な秘密だったと思うんだが……」
こういう言い方はなんだが、ギルドや貴族が保有している通話の魔導具は、俺ですら見せてもらったことはない。
いや、多分今なら見せてもらえる気はするが、それでも『黄昏の眷族』であるゲシューラに見せるのはいくらなんでもありえないだろう。俺はそうは思っていないが、ゲシューラが『黄昏の眷族』のスパイであると疑うことは十分に可能なのだ。
まあそのあたりドロツィッテ女史にはなにか考えがあるのかもしれないが。
「それで作れそうなのか?」
「原理はほぼ理解したので時間をかければ間違いなく作れる。というより我にとっては複製を作るのと同じ程度でしかないな。なのでできるだけ小型のものを作るよう工夫をしている」
「それは完成して大量生産ができるようになったら世界が変わるかもしれないな」
『通話の魔道具』は都市間でも通話ができるので、完全に前世の世界の電話に相当するものだ。それが一般にまで普及すれば、容易にパラダイムシフトを促すものとなるだろう。
改めてゲシューラという女性の重要性とあやうさを感じる話である。
まあだからこそレンドゥルムは彼女を無理にでも従わせようとしているわけだし、だからこそ餌にもなるわけだ。
ログハウスの入口に人の気配。振り返るとフレイニルが立っていた。
「ソウシさま、少し嫌な気配がいたします。先日『黄昏の眷族』が現れた時に感じたものと似ている気がします」
「ありがとうフレイ。どうやら魚が餌にかかったみたいだな。ゲシューラ、済まないが作業を中断して外に出てくれ」
俺は立ち上がり、フレイニルの頭をなでながら外に出た。
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