17章 帝都への長い道 29
翌日は里長ライアノス氏のところに行って、正式に俺のメイス、ラーニの長剣、サクラヒメの薙刀の注文を行った。ついでにミスリル製の篭手を必要分依頼した。
なおラーニの長剣を頼む時に、参考としてカルマの『獣王の大牙』を見せたところ、ふたたびライアノス氏が大騒ぎをすることになってしまった。『獣王の大牙』もやはりドワーフから見ても相当な業物だそうだ。
ちなみに付与効果についてもある程度は注文ができるとのことだった。ただどの程度の効果がつくのかはその武器の完成度によって変わるらしい。しかも特に優れたものができた時に『名付き』になることがあり、それは一際高い効果をもつようになるという。ドワーフの間では『名付き』の武具を作ったことがあるかどうかがステータスになるという話も興味を引くものだった。
「『名付き』というのは不思議な感じがしますね。神様が付けてくれるということでしょうか」
俺の質問に、ライアノス氏は髭をしごきながら答えてくれた。
「うむ、鍛冶の神が名付けてくれるということになっておる。ワシらの目標の一つは『名付き』を作ること。この里でも、『名付き』を作ったことがあるものは10人はおらぬ。無論ワシはその中の一人じゃから安心せい」
「ええもちろん、里長自ら腕をふるっていただけるのは感謝しかありません。どうかよろしくお願いいたします」
「おう。あのドラゴンを倒せる勇士の武器を依頼されることは、ワシにとってもありがたいことじゃ。一世一代の武器をつくってやるわい」
ライアノス氏は力こぶを作ってニカッと笑う。
これであとは完成まで待つだけだ。2週間ほどかかるとの事だが、これでも大急ぎの仕事だろう。
それでは一度宿に戻って今後の予定をメンバーに相談するかと思って里長の館を離れようとした時、ライアノス氏のところに息を切らせて走ってくるドワーフがいた。
明かに非常事態が起きたといった雰囲気である。
「里長! 鉱山で事故がおきやした! でけえ岩が山から落ちてきて、坑道の入口を塞いじまったみたいでさ!」
「なんじゃと? 怪我人は?」
「岩が落ちてきたときにはたまたま入口付近には誰もいなかったみたいでさ。ただ坑道には100人くらいの冒険者が入ってたって話で」
「それはまずいのう。里の者を集めてすぐに助けに向かわねばならん。おぬしはすぐに鐘を鳴らせ。北門集合の合図じゃ」
「わかりやした!」
どうも依頼までスムーズに行きすぎると思ったら、やはりここでいつものやつが来たようだ。ドロツィッテ女史が意味ありげな視線を俺に送ってくるのも、これが例のスキルによる巡り合わせだと信じているからだろう。
俺が振り返ると、メンバーたちはすでに分かっているという表情でうなずいたりサムズアップしたり微笑んだりしている。微妙に分かっていないのはゲシューラとサクラヒメか。もっともサクラヒメは今の話を聞いてソワソワしているので、助けに行くのに否やはないだろう。
「里長、私たちも対応に行きましょう。鉱山へは行くつもりでしたから」
「ぬ? それは助かるの。ソウシ殿がいれば大岩なぞすぐに退けてくれそうじゃ」
岩の大きさにもよるが、『アイテムボックス』を使えば撤去するのにそれほどの手間はかからないはずだ。
ただはたして山の崩落だけの話で終わるのか……俺としてはそちらのほうが気になってしまうのも確かであった。
北の鉱山……という名のダンジョンまでは冒険者の足で半日の距離にあった。
俺たちは里長達に先行して向かったが、着いたのは夕方前くらいだった。
今目の前にあるのは、岩を積み重ねて作られた壁に囲まれた、人口500人くらいの街である。
事前に話は聞いていたが、ダンジョンのある岩山の周りに宿屋や飯屋、鍛冶屋や道具屋などが揃っている鉱山街になっていた。
もちろん鉱夫の役割を果たす冒険者用の施設であろうが、ここに定住する冒険者も少なくないらしく、普通の民家も50棟くらいは建っていて、なるほど冒険者にはそういう生き方もあるのかと知ることができる。
城門にはドワーフの番兵が立っていたが、冒険者と伝えると問題なく通してはくれた。
ただし、
「今ダンジョンの入口は岩で塞がっちまって入れねえぞ。里から救援が来て撤去されるまでは待つことになるからそのつもりでな」
とは言われてしまったが。
街に入るとやはり物々しい雰囲気で……と思っていたのだが、逆に人がほとんど見えなかった。皆事故現場に集まっているのかもしれない。
皆を促して、目の前にそびえたつ岩山の方に向かう。案内の看板が立っていて、鉱山ダンジョン入口まではすんなりとたどりつけた。
そこは山の中腹にある広場だった。広さは野球場くらいあり、雰囲気としては石切場に似ている。
北側に岩を削ってできたような見上げるほどの崖があり、その崖の一部に真新しい崩落の跡がある。
そしてその真下には家ほどの大きさの巨岩が鎮座しており、周辺には大小の岩や石が無数に転がっている。その巨岩の向こうにダンジョンの入口があるのだろう。
当然その崩落現場には200人以上の人――その多くはドワーフだ――が集まって、岩の撤去作業を行っている。
しかし周囲に散らばる大小の岩はともかく、肝心の巨岩は人の力では……というか並の冒険者が集まっても動かすことは難しいだろう。あの大きさだと恐らく1000トン以上は軽くあるはずだ。
「これは思ったよりも大事じゃのう。あの岩をのかすには相当な手間がかかりそうじゃ」
状況を見てシズナが嘆息すると、ラーニが耳をピクピクさせる。
「あんなのソウシの『アイテムボックス』で一発でしょ。ドラゴンと家とその他大量の木材とかいれても平気なんだし」
「そうですね。今入っているものを全部出せば可能な気がしますが……ソウシさんはどう思いますか?」
スフェーニアの言葉に皆が期待の目を向けてくるのが少し面はゆい。
「重さとしては今入っているものと同じくらいだろうから、『アイテムボックス』を空にすればいけるだろう。ただそうすると、荷物を出しておく場所と、あの岩の移動先のスペースが必要だな」
「それならまずは責任者に話を通すことだね。場所をあけてもらおうか」
グランドマスター・ドロツィッテ女史の助言に従って現場で指示を出しているドワーフを探す。
といってもその人物はすぐに見つかった。ドワーフの中でも一回り身体の大きい男性だ。巨岩の前で腕を組みながら何人かのドワーフと話合いをしたり、周囲の人間に指示をしていたりしている。
「申し訳ありません、私はソウシ、里長のライアノス氏の依頼でこちらへ参りました」
「ん? 兄貴の依頼? 兄貴はこっちに向かってんのか?」
どうやら目の前のドワーフはライアノス氏の弟さんらしい。言われてみれば似ている……かどうかは太い眉と髭のせいでまったく分からないが。
「ええ、今こちらに向かっていらっしゃいます。ただ、あの岩はすぐに撤去した方がよいと思うのですが」
「中に100人くらい閉じ込められちまってるし、そりゃどかせるもんならどかしたいけどなあ。ああすまねえ、俺はゴステラってんだ。この街の代表兼鍛冶屋だな。で、ソウシさんだっけ、なにをしてくれるんだい?」
ゴステラ氏は髭をしごきながらうさん臭そうに俺を見上げてくる。
「あの大岩を撤去します。ゴステラさんにはその許可を願いたいんですが」
「撤去って、アンタと……そこの嬢ちゃんたちでやるってのか?」
「いえ、やるのは私一人ですね。『アイテムボックス』を使えば撤去できると思います」
「本気で言ってんのか? あれを『アイテムボックス』に入れるのは無理だろうよ。砕けばいけるかもしれねえ、っつうか今それを話し合ってたところなんだが」
「まあ一度やらせてください。ただし今アイテムボックスに入ってるものを出さないとならないので広い場所が必要なんです。なのでいったん作業を中断して、場所を開けてもらいたいんですよ」
「アンタ本気で……言ってるみたいだな」
ゴステラ氏が髭をしごきつつ眉を潜めてさらにうさん臭そうに俺を見上げてくる。
『アイテムボックス』の仕様を知っている人間なら不可能だと思ってしまうだろうが、ドラゴンとか出せば信じてくれるだろう。
「あ~……、まあ兄貴が依頼出したってんなら一回やってもらってもいいか。おいいったん作業中止だ! 全員こっちに集まれ!」
ゴステラ氏は大声を上げて、崖から反対の方に歩いていった。散乱した岩の撤去などをしていたドワーフたちは指示を受けて崖から離れ、広場の入り口の方に集まってくる。
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