17章 帝都への長い道  28

 宴は日が落ちても終わらなかった。


 里のほとんどのドワーフが出てきたらしく、大きな焚火の周りでは数百人のドワーフが騒いでいる。


 酒樽はダース単位で空になり、凄まじい量の食べ物が消えていく。


 もちろんドラゴンも見世物としては人気で、日が出ているうちは黒山の人だかりができていた。


 ただ暗くなった今は、ただひたすらに呑んで食って歌って騒いでになっている。要するに、彼らとしては騒ぐきっかけが欲しかったということなのだろう。


 あまりに大変な騒ぎなので、ちょっと離れたところにゲシューラのログハウスを設置して、『ソールの導き』の一部メンバーはそちらで休ませている。ラーニやカルマ、シズナといった騒ぎ好きはまだドワーフたちと一緒に騒いでいるのだが。


 気づいたら俺は完全に主賓扱いとなっていて、会場の一角に設けられた席に座っていた。


 もちろんその席にはザンザギル侯爵と里長のライアノス氏がいて、ともに酒を飲んでいる。


 ドワーフの飲む酒はこの世界のものとしてはアルコール度数の高いもので、前世の俺であったらすぐに酔いつぶれていただろう。今は『毒耐性』スキルのおかげもあってほぼ酔うこともない。


「なるほどのう! 聞けば聞くほど英雄と呼ばれるにふさわしい男じゃのう、ソウシ殿は!」


 ライアノス氏がグローブのような手で俺の背中をバンバンと叩く。


 宴の間じゅうずっと、冒険者生活の話を侯爵と里長の前でさせられてしまった。その場にはサクラヒメとドロツィッテ女史もいて、俺の話に聞き入って目を輝かせていた。


「『天運』というスキルがありまして、どうもそのスキルのおかげで色々な場面にでくわすようなのです。ですから嫌でも有名になってしまうようで」


「いやソウシ殿、話を聞くかぎり並の冒険者では何度命を落としているかわからぬほどの冒険ではないか。それらをすべて乗り越えた貴殿は、たしかに英雄で間違いなかろうよ」


 侯爵がそう言うと、サクラヒメがうんうんとうなずいている。


「しかもあのバカデカいドラゴンを素手で倒すなぞ、完全に英雄の所業じゃぞ。いやもはや神の御業に近いかもしれんのう。がっはっは!」


 また背中を遠慮なくバンバンとやるライアノス氏。


 まあ俺の力を認めてもらえたのはありがたいのだが……里長を含めてドワーフたちは明日仕事になるのだろうか。


「そうそう、ところでソウシ殿はなにをワシらに依頼したいんじゃ?」


「まずは私の武器、メイスですね。今まで使っていたものが壊れてしまいまして」


「モノはあるかの?」


「こちらです」


『アイテムボックス』から、ゆがんでしまった異形のメイスを取り出す。久しぶりに見るそれは、やはり常識からはかけ離れた形をしていた。


「なんじゃこれは! こんなメイスはワシも見たことがないわい。しかも片手で軽々と扱うなぞ、まったく信じられんものを次々と見せてくれるわい」


「中にダークメタルが仕込まれていまして、見た目よりはるかに重いのですが……」


「ダークメタルじゃと。耳を疑うような話じゃな。しかしこれを作った者もなかなかの腕じゃの」


「ええ、やはりドワーフの職人でした。今思うと腕のよい方だったのだと思います」


「ふむ、まあ里をでて腕を磨きたいという変わり者もおるからの。ドワーフが作ったというなら納得じゃ。して、材料はなにを使う?」


「オリハルコンが大量にありまして、そちらでお願いいたします。仲間の剣や薙刀などもお願いできればと思います」


 俺の言葉にサクラヒメが反応した。


「ソウシ殿、それがしはまだこの里で作られる武具を扱うほどの腕があるとは思えぬでござる。ありがたい申し出ではあるが……」


「サクラヒメならすぐに相応しい冒険者になれるさ。そもそもサクラヒメは未踏破のAランクダンジョンを踏破したメンバーの一人なんだ。自信をもってほしい」


「……うむぅ……。ソウシ殿がそうおっしゃるなら……」


 サクラヒメは恥ずかしそうにしつつも、多少の嬉しさをにじませてうなずいた。父親である侯爵が俺に向かって礼をする。


「かたじけないソウシ殿。我が娘にそこまで目をかけてもらえるなら、父としても嬉しく存ずる」


「パーティのメンバーに相応しい武具を用意するのはリーダーの務めです。サクラヒメさんは『至尊の光輝』にいた時から人格的にも優れた方だと感じておりましたし、『ソールの導き』に入ってくれて感謝しています」


 ちょっと褒め殺しかな、とも思ったが、まあ嘘ではないからいいだろう。酔いもあってか侯爵も嬉しそうに目を細めているしな。


 侯爵がサクラヒメに「武器に見合うように精進せよ」などと言っていると、俺の背中がまたバンバンと叩かれた。


「ところでソウシ殿、素材はどの程度持っているんじゃ? その量によってもできるできないがあるからの。それとできれば今使っている他の武具も見せてくれ。それより弱いものを作るのはプライドが許さぬし、なにより装備はバランスが大切じゃからのう」


「たしかにおっしゃる通りですね。では失礼して……」


 俺は席を立ち、その場で『アイテムボックス』を発動して素材を取り出した。


 レンガ大の『オリハルコンインゴット』、これはたぶん500くらいある。同じく『ミスリルインゴット』はその倍はあるだろうか。


 いきなり出現した希少金属の山に、ライアノス氏は目を丸くして立ち上がった。侯爵とドロツィッテ女史も腰を浮かせて身を乗り出している。


「こりゃたまげたわい! これほど大量のオリハルコンとミスリルは見たことがないのう! 特にこのオリハルコンはどうやって集めたんじゃ?」


「ボスの宝箱と、Aランクダンジョンで出現する『オリハルコンゴーレム』から得たものがほとんどですね」


「オリハルコンゴーレムなぞ、一体倒すだけでも大変なモンスターじゃろう。いったい何体倒せばこれほどの量が得られるのか、考えただけで気が遠くなりそうじゃ」


「自分たちはそのあたりは色々と恵まれていまして。量としては十分だと思うのですがどうでしょうか?」


「もちろん十分すぎるほどじゃ。オリハルコンのメイスと剣と薙刀なら問題なく作れるじゃろう。ミスリルもこれだけあるなら鎧なども作れるのじゃが、ドラゴンスケイルアーマーを超えるものは難しいかもしれんのう」


「篭手は必要かもしれません。そのあたりはメンバーとも相談をしてみます」


「うむ、材料があるのだから使わねばならんのう。できれば余った分は買い取らせてもらうとありがたいのじゃがの」


「私は構わないのですが……。グランドマスター、素材をギルドを通さず直接売るのは規則に触れるのですよね?」


 楽しそうにオリハルコンのインゴットをなでまわしているドロツィッテ女史に聞いてみると、彼女は振り返ってうなずいた。


「基本的にはそうだね。だけどドワーフの里に金属を売ることに関しては、例外的に直接売ってもいいことになっているんだ。そうでないと北の鉱山でとれたものもすべてギルドを通さないといけなくなってしまうからね」


「鉱山でとれたものを……ギルドを通す? すみません、ちょっと意味が分からないのですが、冒険者ギルドは鉱山での採掘についても権利を持っているのですか?」


「そうだよ。鉱山と言ってもダンジョンだからね」


 ちょっと俺の常識と違う話がでてきたな。もしかしてこの世界では、鉱山で鉱石を取って精錬して金属を作るのではなく、ダンジョンでモンスターの素材としてインゴットを取るのが普通なのだろうか?


「ええと、その、鉱山ダンジョンと普通のダンジョンはなにが違うんですか?」


「鉱山ダンジョンは、金属の素材を出すモンスターばかりのダンジョンだよ。そのような特殊なダンジョンを鉱山と呼んでいるといった方がいいかもしれないけどね」


「なるほど。ではその、鉱山で金属の元になる鉱石を採掘して金属を作るということはやっていないのでしょうか」


「鉱山ダンジョンがない地域ではもちろんやっているよ。冒険者に依存しない方式も必要ということで、王国も帝国も国策で行っている。大きな声では言えないけど、罪人の贖罪の場所という意味合いもあるんだ」


「はあ、それは知りませんでした」


「もしかしてソウシさんは鉱山ダンジョンのない地域の生まれかな。だとすると不思議に思うかもしれないね」


 ドロツィッテ女史が探るような目を向けてくるが、俺はあいまいにうなずくしかない。


 するとまた背中がバンバンと叩かれた。


「もしよければ、ワシらが武器を作ってる間、ソウシ殿たちは鉱山で素材を取ってきてくれんかのう。奥までいけばミスリルやオリハルコンも大量にとれるはずなんじゃが、そこまで行ける冒険者はそう多くはないでのう」


「そうですね。メンバーと相談してみます」


「ソウシさん、強い武器が多く必要になるから、できればギルドとしても協力願いたいね」


 ドロツィッテ女史が意味深な言い方をするのは、この大陸に色々と災厄が起こりそうだからだろう。言われてみれば素材集めも災厄への備えになるわけだ。


「前向きに検討します。時間はありますから。ああそれと自分の武具をお見せしないとなりませんね」


 俺は『不動不倒の城壁』を取り出して地面に置いた。


 オリハルコンインゴットと並べると分かるが、本当にただのオリハルコンの塊である。


 ドワーフ的にはあまり面白いものでもないだろうと思っていたのだが……


「ぬおおぉぉ!? なんじゃこれは! こんな盾があってよいのか!? いやそれ以前にこんなもの誰も持てんじゃろう! いや今ソウシ殿はこれを片手で持っておったな!?」


 眉で隠れた目を限界まで見開いたライアノス氏は凄まじい勢いで近づいてくると、『不動不倒の城壁』に張りついてあちこちをなでたり叩いたりし始めた。


 騒ぎに気付いたほかのドワーフたちも寄ってくるが、直立するオリハルコンの巨大な盾を見て全員口をあんぐりとあけて固まっている。


「中は別の素材でも入っておるのかと思ったら、完全にオリハルコンのみで造られた盾じゃな! しかも単純に成型されているだけに見えて、極めて高い技術が用いられておる! 付与効果の多さも信じられん! 神じゃ! まさに神が作りたもうた武具じゃ! このようなもの、人間が作ろうなどとは絶対に考えんわい!」


 興奮するライアノス氏に引き寄せられて、ほかのドワーフたちも一斉に『不動不倒の城壁』に張り付きはじめた。倒れると危険なので気を付けて欲しいんだが……どうもそう言える雰囲気ではない。


 結局『不動不倒の城壁』を肴にして、さらに酒盛りが激しくなるドワーフたちであった。

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