17章 帝都への長い道 26
その後マリアネとドロツィッテ女史が合流し、結局10人全員が侯爵邸に宿泊することになった。
「侯爵ともなると数十人の客人を迎えることもあゆるえ、10人程度はものの数ではござらんよ」
とザンザギル侯爵は言っていたが、『ソールの導き』は政治的に重要なメンバーが揃っている。
元公爵家息女で事実上の聖女候補フレイニル、獣人族長の子女ラーニとカルマ、ハイエルフの重鎮の娘スフェーニア、そしてオーズ国の巫女姫シズナに黄昏の眷族ゲシューラと冒険者ギルドのグランドマスター。しかも彼女たちのリーダーは王国伯爵な上に、『城落とし』の異名持ちの冒険者である。
正直自分がこんな集団を迎えるとなったら胃が痛くなりそうだ。俺は心の中で侯爵に頭を下げるのだった。
さて翌日、早速俺たちはドワーフの里へと向かうことになった。
侯爵が馬車を出してくれるとのことで、4台の馬車に分乗することになった。ちなみにゲシューラは普通の箱型馬車には乗れないので幌付きの荷馬車である。なお侯爵も同行するため、護衛の騎士が20人ほどつく。
俺は侯爵とドロツィッテ女史と同乗することになった。
領都ザンザギリアムとドワーフの里までは街道がよく整備されており、馬車の揺れも少なく快適であった。馬車自体もドワーフの技術でかなり音振性能が優れているようだ。
もっともその分重くなっているのか、馬車を曳く馬は見たことがないほど大型のものであった。話を聞くと、モンスターの血が混じっている特別な馬らしい。
「ところでソウシ殿、昨晩はゲシューラ殿とも話をしたが、まさか『黄昏の眷族』にあれほど理知的な者がいるとは思わなかった。ソウシ殿が交渉をしてパーティに入れたと聞いたが、どのようなやりとりがあったのでござろうか」
馬車の中で、ザンザギル侯爵が早速重要な話題をぶつけてくる。
「昨日お話したとおり、彼女は『黄昏の庭』から逃げて来た身なのです。彼女は隠棲するつもりだったらしいのですが、そうするにも食料の確保などで行き詰まるのが見えていました。なのでその解決策として冒険者になるという解決法を提示したところ、彼女が承諾したという形ですね」
「ふうむ。帝国の人間として、『黄昏の眷族』と交渉をするということ自体考えつかぬこと。そもそも彼らは単騎でも恐ろしく強力な存在。そのような者と対等の立場で交渉をなすソウシ殿はよほど肝が据わっていると見える」
「彼女は理性的な人物に見えましたし、それに私にとって『黄昏の眷族』は一人ならそれほどの脅威ではないというのももちろんあります」
「くふふっ、帝国でも『黄昏の眷族』はAランクパーティ複数で当たるのが必須の強敵。それを脅威でないとは、先日のドラゴン戦を見ていなければ信じられない言葉だね」
ドロツィッテ女史が目を細めて、俺の肩あたりをぺたぺたと触ってくる。ドラゴンを素手で倒して以来彼女はときどき俺の身体を触るようになったのだが、マリアネによると、彼女は対象に触れることで色々と分析をすることがあるらしい。……本当だろうか?
「グランドマスター、そのドラゴン戦というのは例の南の国境線付近で目撃されたというものであるか? 討伐されたとは聞いたのでござるが」
「そうだね。大勢の市民や冒険者の前でソウシさんが討伐したんだ。それも一人で、しかも素手で、ね」
「それはどういうことでござろうか」
「言葉通りの意味だよ。ドラゴンの突進を体一つで受け止め、そのまま首を抱えて潰したのさ。まるで神話に出てくる英雄そのものの戦いぶりだったね」
「いやその……にわかには信じられぬ話でござるが……。そういえばサクラヒメもそのようなことを言っていたような。冗談だと思って聞き流していたかもしれぬ」
「100人以上の人間が見ているし、それにソウシさんの『アイテムボックス』にはそのドラゴンがまるまる入っているからね。ソウシさん、あのドラゴンはドワーフにも見せてやると喜ぶと思うよ。彼らはそういうのが大好きだからね」
「それはそれがしもぜひ拝見をしたい次第。里に着いたらお見せくだされ」
「あまり見せびらかすようなものでもないと思いますが、ご希望があるなら……」
「ただドワーフたちは素材好きだから、牙とか爪とか鱗とかを欲しがるかもしれないなあ。さすがに皇帝陛下に献上するまでは触れさせられないけどね」
娯楽の少ない世界だけに、そういう楽しみを提供するのも大切だろうか。特にドワーフが喜ぶならそれだけこちらの依頼にも気合を入れてくれるだろうし、こちらにメリットがあると言えるかもしれない。
さて、そんな感じで馬車に乗ること1日と半、森や平原、田畑といった緑あふれる景色が、いつのまにか赤茶けた荒野のように変化しているのに気づく。
遠くには家ほどもある大岩がいくつも横たわっていて、不毛の大地とでもいいたくなるようなロケーションだ。しかしもちろん街道は通っているので道を外れているわけでもない。
「随分と景色が変わってきましたが、ドワーフの里はこのような土地にあるのですか?」
「うむ、彼らはこのような大地がむき出しの場所を好むのだ。こういった場所の方が火のノリがいい、などと言っておるな」
「火のノリ、ですか。ドワーフにしかわからない感覚なんでしょうね」
侯爵と話をしていると、馬車の速度が落ちていく。外を見ると、天然の岩を寄せ集めて削り出したような城壁が見えた。目測で横に300メートルくらいはあるだろうか。
城壁の向こうからは幾筋も煙が上がっていて、鍛冶が盛んなのだということが見て取れる。
どうやらドワーフの里に到着したということらしい。
馬車はそのまま止まることなく城門を抜け、停車場に止まった。
「里の中は馬車で行くには都合が悪いのでここからは歩きとなるでござる」
侯爵の言葉に従って馬車を下りる。
するとまずは強烈な火のにおいが鼻をつき、ここが鍛冶の里だと強烈に主張してくる。
見回すと、まず目に入ってくるのは石畳の通りの左右に並ぶ頑丈そうな石造りの建物だ。その多くが大きな煙突を持ち、工房であることを示している。
道行く人は三分の二くらいがドワーフであった。
前世のファンタジー作品のイメージに近い、ずんぐりとした筋肉質の身体を持つ、多くは豊かな髭をたくわえた者たちである。髭のない者は女性だけだが、髭を生やしている女性もいるようだ。このあたりは種族の違い、文化の違いを強く感じるところである。
三分の一はほとんどが人族で、それらはほとんどが商人か冒険者のようだ。この里に武器などの買い付けにきている人間だろう。よく見ると高級そうな服を着た、貴族の子弟のような人間もいる。貴族家が直接ドワーフに依頼をすることもあるのかもしれない。
「では、まずは里長のところへ向かうゆえ、ついてこられよ」
ザンザギル侯爵が護衛の騎士たちを伴って通りを歩いていく。
俺たちはその後をついていくが、全員がおのぼりさんよろしく周囲をキョロキョロと見回してしまうのは仕方ないだろう。ドワーフ族そのものは普通の街ではエルフ族よりも見かけないので、彼らが多く歩いているだけでも異国情緒が強い。
「とても独特な雰囲気のある里ですねソウシさま。ほとんどの家が鍛冶屋のように見えます」
いつも静かなフレイニルも、今日は心なしか楽しそうに見える。
「想像以上にドワーフ族は鍛冶に傾倒しているみたいだな。こういう雰囲気は俺も好きだな」
「ソウシさまのメイスも、きっとすばらしいものを作ってもらえるのでしょうね」
「それも楽しみだ。といってもまずは依頼を受けてもらえるかどうかなんだけどな。職人は
「ソウシさんのメイス製作を断るドワーフはいないと思います。むしろ一世一代の仕事になるくらいでしょう」
スフェーニアがそう言って俺の腕を取って微笑んでくる。
彼女の態度はいつもどおりで、特にこの街の雰囲気を嫌がっている風もない。以前この世界ではエルフとドワーフが仲が悪いということはないと言っていたが、たしかにその通りのようだ。
「私の剣もどうなるか楽しみっ。カルマのよりいいものを作ってもらわないと」
「これ以上の物はそうそうできないと思うけどねえ」
「そこはほらドワーフの秘技とかあるでしょきっと。素材だって山ほどあるし」
ラーニとカルマがそんな話をしていると、侯爵が「こちらが里長の館でござる」と声をかけてきた。
館といっても、それは通り沿いにある工房の一つであった。大きさこそ周りのものと比べてやや大きいが、特に飾り気のない、石造りの、四角い大きな箱のような建物である。
もちろん館の上に突き出た煙突は絶え間なく煙を吐き出していて、ドワーフの里長がどのような人物なのかを雄弁に語っているような気がした。
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