17章 帝都への長い道  25

「なるほど、娘がソウシ殿に救われたのはそのようないきさつがあったのですな。『至尊の光輝』の顛末については先ほど娘から聞きましたが、ソウシ殿には感謝の言葉もありませぬ」


 俺は今、応接の間にてザンザギル侯爵と対談をしている。


 この場にいるのは侯爵とその御夫人、サクラヒメと俺、そしてなぜか指名されたシズナの5人と侯爵家使用人2名である。


 他の者たちはそれぞれ部屋で一休みしている。なおマリアネとドロツィッテ女史はまだこちらには来ていない。


「サクラヒメ様をお助けできたのは偶然によるものも大きいのです。あの場では我々が『至尊の光輝』の正常な判断力を奪ってしまったようなところもありますので、その負い目もあっての行為とお考え下さい」


「冒険者の行動はすべてが自己の責任と判断によるものゆえ、『至尊の光輝』の行動については娘も含めてその責任は己に帰るもの。ソウシ殿の言わんとすることもわかりますが、受けた恩から差し引くものではありませぬ」


 ザンザギル侯爵の言葉にサクラヒメもうなずいている。


 実は侯爵自身も冒険者であるとはすでにサクラヒメから聞いている。というより、ザンザギル侯爵家は代々覚醒して冒険者となって名を上げたものが優先して家を継ぐことになっているらしい。名実ともに武門の家ということだ。


「たしかに侯爵のおっしゃる通りかもしれません。であるならばその恩をお返しいただくにあたって、一つお願いがございます」


「ん? もしやサクラヒメをご所望か?」


「え……? あ、いや、滅相もございません。そのようなことは間違っても……」


 侯爵が眉一つ動かさずに言うので、一瞬なにを言われたのか理解が追いつかなかった。


 俺は慌てて首を横に振るが、その時に頬を赤く染めて下を向くサクラヒメと、「それはとてもよいお話ですこと」と微笑むカエデノハ夫人が目に入った。


「ソウシ殿はすでに複数の国で二つ名を持つほどの古今無双の勇士とか。そのような剛の者と縁を結べるのであれば、我が娘としてもこの上ない幸いであると存ずるのだが?」


 侯爵は相変わらず表情を動かさないので冗談かどうかすら判然としない。


 夫人の反応から彼なりの冗談なのだろう……と判断をするしかない。


「……その点についてはご本人のお気持ちもあるところでしょうし、そもそも歳も離れておりますので……」


 と濁すと、侯爵はフッと笑い、夫人は「あらあら」と含み笑いをした。


 これはやはり冗談だった、ということでいいのだろうか。確認のしようもないが……。


「お話を戻しますと、お願いというのは、ドワーフの里に口利きをお願いしたいということなのです。我々はいくつか武器を新調したいと考えているのですが、オリハルコンを多く得ておりまして、そちらを扱えるドワーフにぜひ頼みたいと考えているのです」


「なるほど、そのようなことでよければそれがしが直接里長に頼もう。オリハルコンを持ち込んでの依頼となれば彼らも最優先で取りかかってくれるであろう」


「ありがとうございます」


「もっともソウシ殿ほどの人物なら、それがしの口添えなどなくてもドワーフたちは争って自分が依頼を受けたいと言ってくるであろうがな。ただ里長は長として多少は体面を気にする男ゆえ、それがしの言葉も意味があるか。それではソウシ殿、その注文にかかる代金もこちらで持つ、ということでどうだろうか? オリハルコンを扱うとなるとかなりの金額が必要になると思うのだが」


「はい、こちらとしてもそのような形で結構でございます」


 俺の返事によってエリクサーの件は一段落ということになった。


 すると侯爵はやや表情を柔らかくした。侯爵としても重い話ではあったのだろう。


 しばしの沈黙の後、侯爵はつぎにシズナの方に目を向けた。


「ところで話は変わるが、そちらのシズナ殿はオーズ国の出身と言うことでよろしいか?」


「いかにもわらわはオーズ国の出身でございまする」


「現大巫女様の御息女で、巫女でいらっしゃるともお聞きしているのでござるが……」


「たしかにわらわは大巫女ミオナの長女で、仮とはいえ巫女の座にありまする。しかし今は『ソールの導き』の一員に過ぎぬゆえ――」


「おお、やはりそうでござったか。オーズの巫女様が我が領地へといらっしゃるとは。これはザンザギル家としても大変なことでござる」


 シズナが言い終わらぬうちに、侯爵は興奮したように身を乗り出してきた。


 その勢いにサクラヒメだけでなく夫人まで驚いた表情をしている。


 全員に注目されて、侯爵はハッとしたように身体を戻し、咳ばらいをしてから静かに語り始めた。


「いや失礼いたした。シズナ殿もこちらの領にいらっしゃってお気づきになったと存ずるが、我々は歴史的にオーズ国と関係が深いのでござる。なにしろこの地はもともとオーズ国から来た人間が拓いた土地なのでござる」


 ということで、侯爵からこのザンザギル領とオーズ国との関係について聞くことができた。


 侯爵が言ったようにこの地は500年ほど前にオーズ国の一部の人間が来て開拓した土地らしい。土地が広がり民が増える中でその中でも力のあるものが長となり、それが今のザンザギル家へとつながっていったようだ。ただ数百年の時間の中で鬼人族の血は薄れ、ここ100年ザンザギル領の中で角が生えた者は生まれてこなくなったとのことである。


「わずかに残る記録では、当時こちらに来た人間は、自分たちが正統な巫女の血統だと口にしていたようでござる。恐らく政争に破れたなどの理由でこの地に逃れてきたのであろうな」


 というのが侯爵の見解で、その可能性は高そうだ。


「もっともだからと言って我々はもはや今のオーズ国に対してどうこうという意識はまったくござらん。ただ自分たちの源流としてかすかに憧憬しょうけいのようなものがあるのみでござる。しかしそのような感覚もそれがしが最後でござろうな。事実サクラヒメや、長男のクヌギマルには伝えてはおらぬでござる」


 静かに語る侯爵だが、余人には分からない心の琴線があるのはたしかだろう。オーズ国が長らく国を閉ざしている以上、今回のようにオーズ国の姫が来るなどということは奇跡に近い。それが自分の代でなされたというのは思うところも大きそうだ。


 普段は爛漫らんまんなシズナも、さすがに今回は静かに侯爵の言葉に聞き入っている。


「そのようなわけで少し取り乱してしまい申したが、ともかく当家としては、シズナ殿はオーズ国の姫として扱わせていただきたく存じます」


「わらわとしては驚くような話じゃが、サクラヒメ様ともお話をする中で、こちらの領には特別な気持ちもございますゆえ、お受けいたしましょうぞ」


「ありがとう存じます」


 そんなやり取りがあってその場は収まった。


 しかし不思議な縁というか、歴史の妙というか、興味深い話を聞かせてもらうことができた。こういった経験ができるのも冒険者が国境に縛られない存在だからだろう。


 俺もいずれはこの自由を失う時が来るのだろうが、それまでにせいぜい見聞を広めておきたいものだ。

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