17章 帝都への長い道  24

 翌々日の朝、俺たちはガッシェラを北に向かって出発した。


 領主代行は領主が戻るまではと俺たちをとどめようとしてきたのだが、「帝都へ急ぐ用もありますので」ということで納得してもらった。


 たしかに街を守る形にはなったが、公式な形としては単に冒険者としての義務をこなしただけであり、あまり大ごとにされるのも落ち着かない。それがかなわぬ願いだというのも理解してはいるが……。


 さて次の目的地のザンザギル領だが、冒険者の足で1週間の距離にあるとのこと。しかも途中まではドロツィッテ女史も随行するということで、なかなかに楽しい道のりとなりそうだ。


 ドラゴン騒ぎがあったものの、すでに討伐されたという情報はギルド経由、領主経由で回っているらしく、街道には少なくない人の姿があった。旅人や商人、冒険者などが行き交う風景は王国のそれとほぼ変わらない。


 いくつかの農村を経由しつつ、出発してから7日目。


 すでにザンザギル領に入っている俺たちだが、今日の昼過ぎにはザンザギル侯爵の治める領都ザンザギリアムに到着するというところまで来た。


 人通りが増えてきた街道を歩きながら、俺はサクラヒメに声をかけた。


「なあサクラヒメ、ザンザギル家はドワーフの里とはどういう形で付き合いをしているんだ?」


「基本的にドワーフの里はザンザギル領内の自治領という扱いでござるな。ドワーフ族は職工として非常に名高いので、領内外から色々と依頼が持ち込まれるのでござるが、そのぶん商人やら貴族の関係者などが多く集まるゆえ、ザンザギル領も彼らを相手に商売ができるのでござる」


「なるほど。自治を認めるかわりに周辺の利益をもらうというわけか」


「彼らは職人としての気質が強く、彼らの仕事にかかわらない部分には無頓着むとんじゃく。逆にザンザギル家もドワーフに対して強い干渉をせぬようにしてきたため、長い間良い関係を保っているのでござる」


「職人であれば囲って自分のために働かせようなんて人間も出てきそうだが、そうはしなかったということか」


「実際、過去に別のドワーフの里を領主が囲い込もうとしたことがあったとか。それを嫌ったドワーフたちがザンザギル領の里にやってきたという話もあり申す」


「独立の気風が強い種族なんだな。といってもそれはどこも同じか」


 エルフも獣人も自分たちの里があり、話によるとそれぞれ自治が認められているようだ。すでに見てきたように、エルフについては人間の勝るとも劣らない都市を作っているくらいである。


「それがしの父と今のドワーフの里長は特に仲がよいので、ソウシ殿のメイスの製作についても話はすぐにまとまると思うでござる。もっともソウシ殿の力を見せれば、ドワーフなら自分から作らせてくれと言ってくるであろうが」


「それならありがたいんだがな」


「ねえそれって私の剣も作ってもらえるよね?」


 横からひょこっと顔を出すラーニ。オリハルコンの剣を作ってもらいたいとずっと言っているので気になるところだろう。


「ラーニの腕があれば問題なかろう。できればそれがしの薙刀も頼みたいのだが、今の腕では足りぬかもしれぬ」


 そんな話をしながら歩いていると、街道の向こうに城塞都市が見えてきた。


 遠くからでもわかるほど堅牢そうな城壁が、ザンザギル侯爵領の歴史をもの語っているように見える。かつてザンザギル領はさらに東にあった小国との国境線を守っていたのだという。その小国が帝国に併呑されてからは、領都は東との交易路の要衝ともなっているようだ。さらにドワーフの里まで抱えているとなれば、ザンザギル領が帝国内でもかなり力を持っている領地だというのは容易に推測できる。


 サクラヒメに確認をすると、「ザンザギル家がもとは武門であったこと、そしてドワーフの里があり、鉱山をかかえ、鍛冶が盛んであることから、帝国の軍事力に大きな影響を与える領と目されているでござる」とのことだった。


 領都ザンザギリアムの中へは、『ソールの導き』の名を出すまでもなくサクラヒメの顔でなんの問題もなく入れた。


 番兵は半人半蛇のゲシューラを見て少し驚いていたようだが、俺たちが『ソールの導き』だと聞くとすぐに態度を改めた。


 領都ザンザギリアムの街並みは、一言でいうと質実剛健といった雰囲気であった。石造りの建物は飾りは少なく整然と並び、通りの出店までもなにかキチッとしたたたずまいを見せている。


 道行く人にはそこまで他の街と変わりはないが、半分くらいの人間はどことなく和風な感じの服を着ている。恐らくこの地方の文化なのだろうが、同じく和風文化だったオーズ国との関係が少し気になるところである。


「私とマリアネはギルドに寄ってからザンザギル侯爵邸に参上するよ。悪いがサクラヒメさん、話を通しておいてもらえるかな」


「お任せ下され」


「では」


 ということでギルドのグランドマスター、ドロツィッテ女史とマリアネはパーティから離れていった。


 俺たちはサクラヒメの案内で侯爵邸に直行である。


 8人で通りを中央区の方に向かって歩いていると、やはり多くの人間がこちらをチラチラと見てくる。特に現地住人と思われる人間が驚いた顔をしているのだが、これは侯爵家令嬢のサクラヒメがいるからだろう。


 第二城門をくぐり中央区に入って、さらにその先へと進むと、やはり質実剛健な城といった雰囲気のザンザギル侯爵邸へと至る。もちろんサクラヒメの顔パスで門をくぐり、邸宅の玄関口へ。


 そこには20人程の人々が出迎えのために立っていた。


 中央には羽織袴に似た服をまとった中年男性、隣にはその御夫人らしき和服を思わせる服を着た女性。そして執事と思われる老年の男性と、あとは召使いと思われる男女だ。


「サクラヒメよ、よく戻ったな。手紙では『救世の冒険者』として色々と苦労があったようだが、お前が無事でなによりだ」


 まず口を開いたのは羽織袴の男性だ。濃い灰色の髪を頭頂部付近でまとめ、口髭を綺麗に切りそろえた、一見して『侍』のような雰囲気を持つ人物である。もちろん彼がサクラヒメのご尊父、ザンザギル侯爵であることは間違いないだろう。


「サクラヒメに再び会うことができてうれしく思いますよ。この家を出た時よりも、ずっと強くたくましくなったように見えますね」


 こちらは和服の女性だ。結い上げた灰色の髪と、優しげだが芯の強そうな美人顔が、明かにサクラヒメとの強い血縁を感じさせる。間違いなく御母堂だろう。


「父上、母上、ご心配をおかけ申し上げました。それがしはいまだ修行中、この地に戻ることは許されぬ身なれど、故あって一度こちらへと戻った次第にござりまする」


「うむ。お前の手紙にあったことがまことであれば、まずは礼をするのがなによりも優先される。此度こたび戻ったことは誰も責めぬ。しかしてそちらの方々がそうなのであるな?」


「その通りでござりまする。こちらがそれがしの命をお救いくださったソウシ殿、そしてそのパーティである『ソールの導き』でござりまする」


 紹介を受けて、俺は一歩前に進みでて礼をした。


「帝国の東の雄たるザンザギル侯爵閣下にお目通りかないまして光栄に存じます。冒険者のソウシ・オクノと申します。王国にて伯爵位を授けられておりますが、今回の訪問は一介の冒険者として参上したものと扱っていただきたく存じます」


「初にお目にかかり申すオクノ伯爵。それがしはカツラマル・ザンザギルと申す者。貴公におかれては我が娘の命を救っていただいたことに家内、そして家臣ともども感謝申し上げる所存。この度は『ソールの導き』のご一行ともども、我が屋敷にて長旅の疲れをまずは癒していただくようお願い申し上げる」


「ありがたくご厚意に甘えさせていただきます」


「わたくしはカエデノハ、カツラマルの家内でございます。オクノ伯爵には娘のサクラヒメが大変お世話になったとうかがっております。皆様の御高名もこちらまで響いておりますので、そのお話もお聞かせいただけると嬉しく思います」


「お耳汚しとは思いますが、ご希望とあらばお話をいたしましょう」


「まずは屋敷へどうぞ。お部屋を用意してございますのでお荷物はそちらへ」


 俺は見とがめられないように小さく息を吐き出して、侯爵の屋敷へと足を踏みいれた。


 すでに王城へも何度も足を運ぶ身となっては、貴族様のお屋敷に入る程度で緊張することもない。


 ただ今回は相手が帝国の侯爵だ。その上俺自身は王国伯爵で、しかも相手の令嬢の命を救った恩人という立場である。今までにない特殊な状況に、多少は腹の具合も悪くなるというものだ。


 下腹をさする俺をフレイニルが心配そうに見上げてくるのも仕方ないことであった。

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