17章 帝都への長い道 21
ドラゴン出現が『悪運』のおかげかどうかはともかく、とりあえず全員で北の門へと全速で走った。
大声で「Aランク冒険者だ! 通してくれ!」と叫ぶと、こちらへ逃げてくる人々も道をあけてくれる。
ドラゴンの姿は確かに北の空に認めることができた。その姿は黒い影にしか見えないので距離はまだかなりありそうだ。街の外で迎撃をしたいので助かった。
城壁の北門前には冒険者がすでに集まってきていたが、彼らの顔色は一様に悪い。
目撃されたドラゴンは以前ダンジョンで戦ったことのある『ダークフレアドラゴン』に似ているらしいのだが、どうもそれより巨大だという情報もあるという。
となると少し前に話が出た『カオスフレアドラゴン』の可能性もあり、そうなるとBランクの冒険者では数がいても歯が立たず、それどころか全滅の可能性もある。Aランクパーティでも複数であたらねばならない、災厄と言ってもいいモンスターである
「俺たちはAランクパーティの『ソールの導き』だ! 俺たちが街の外でドラゴンを迎え撃つので、なにかあったら後詰めを頼む!」
冒険者たちに声をかけると、彼らは一斉にこちらを振り返った。俺の見た目が普通だったからだろうか、それともメンバーが女性ばかりだからだろうか、少なくない冒険者が怪訝そうな顔をした。
「『ソールの導き』って聞いたことあるか?」
「いや、帝都のほうじゃないな」
「王国のほうで英雄だって言われてるパーティがたしかそんな名前だったような」
「英雄? そうは見えないけどな。それに王国の冒険者じゃな」
「としてもAランクってのは嘘ではないだろ。隣にいるのたぶんギルドのグランドマスターだしな」
「マジか? あんなお嬢さんが?」
「アホ、帝都じゃメチャクチャ有名だぞ。それにああ見えて元Aランクだからなあの人」
などという声が聞こえてくるが、それが聞こえた風もなくドロツィッテ女史が俺に声をかけてくる。
「ソウシさんと『ソールの導き』の力はここからしっかりと見せてもらうよ。この場は私が預かるから、ドラゴン退治に全力を注いでほしい」
「わかりました。よろしくお願いします」
俺はメンバーに合図を出して、城門をくぐって外にでる。メイスが本来の物でないのは多少心細いが、ドラゴン戦は基本的に俺は盾、というか囮役だからな。そこまで問題にはならないだろう。
門のさきには広い街道が一直線に北へ伸びていた。何人かの旅人や馬車をひいた商人たちがこちらに向かって逃げてきて北門へと入っていくと、街道には誰もいなくなる。
空を見上げれば、ようやく細部が見えるまでになった巨大なドラゴンの姿があった。なるほど地上で見るとその迫力は5割増しくらいに感じられる。俺たちはすでに見慣れてしまったが、一般人からしたら破壊の権化、恐怖の化身にすら思えるだろう。
「ソウシさん、あれは恐らく『カオスフレアドラゴン』です」
マリアネの言葉は予想通りのものだった。とは言っても、いまさらなにが変わるわけでもない。
「この間Aクラスダンジョンで戦った4つ首よりは弱そうだ。俺たちなら問題なくやれるだろう」
「私もそう思います。ただくれぐれもお気をつけて」
「ありがとう。まあいつも通りやるさ」
「ソウシさま、私たちはまず翼を奪えばよろしいのですね?」
「それで頼む。ドラゴンが動きを止めてブレスを吐いたら集中攻撃で地上に叩き落としてくれ。落ちた後は前衛組で叩く」
フレイニルに答え、皆の返事を聞いてから、俺は一人前に歩いていった。
すっかりこれが対ドラゴンの基本的な戦法になってしまったが、普通のパーティでは絶対に取れないやり方だなと自然と苦笑が漏れる。
神々しいまでに均整のとれた体つきのモンスターの王が、上空で俺を
首から尻尾の先まで目測で50メートル以上は楽にあるだろう。黄金の瞳と真紅の長くねじれた2本の角がいやがうえにもその王者たる威厳を高めている。『ダークフレアドラゴン』の上位種であることは間違いない。とすればこれが『カオスフレアドラゴン』ということだろう。
もっとも、だからといって俺のやることは変わらない。
「……さて、はじめようか」
俺は『誘引』スキルを最大で発動する。
ドラゴンは目を細め、グルルルッと喉を鳴らした。おおかた「卑小なニンゲンめ」などとでも思っているのだろう。そういえば前世にやったゲームなどでは人語を解するドラゴンもいた気がするな。
巨竜が大きく羽ばたいた。ブレスが来るかとメイスを構える。
と、ドラゴンはゴオッという音と共に高度を上げ、後ろに宙がえりをしたかと思うと――驚いたことに俺に向かって一気に巨体ごと降下してきた。
ガバッと開いた大きな口には鋭い牙が並ぶ。勘違いした愚かな冒険者をまずはひと呑み、そんなことを考えたのだろうか。黄金の瞳に嘲笑の気配を感じたのは決して気のせいではないだろう。
……しかしまあ、笑いたいのはむしろこちらなのだが。
「おああああッ!!!」
盾で受けるか、メイスで横面を殴ろうか、そんなことも思ったのだが、やめた。
あの瞳に宿る嘲笑が、俺の中にあるなにかを刺激し、背中の毛を逆立てさせたのだ。
瞬時に目の前が赤くなる。
コイツには教えてやらないといけない。どちらが強者なのか、を。
俺はメイスと『不動不倒の城壁』を手放すと、両腕を広げてドラゴンの顎を待ち構えた。
重機のような巨大な両の顎。それが俺の上半身をかみ砕こうとする。
しかしその牙は、俺の皮膚までは破けても、その下の筋肉までを貫くことはできなかった。
お返しに、俺はドラゴンの下顎を両腕で抱え込む。
『掌握』『剛掌握』スキルによって外れることのない両腕、もはや神の域に達した膂力。
グシャ……!
俺を嚙み砕こうとした王の顎は、逆に俺の両腕によって、一瞬で挟み砕かれた。
ギャオウッ!?
悲鳴を上げつつ、しかし愚かな王は退くことをしなかった。
『カオスフレアドラゴン』は、その圧倒的な質量をもって俺を地面に押し付けてきた。小さな人間をすり潰そうとでもいうのだろう。
しかしそれは間違いだ。せめてそのまま空に逃げていれば、まだ少しばかり生き永らえたものを。
10メートルほど押し込まれた俺だが、そこでドラゴンの突進は止まった。いつもながらこの身に宿る力は物理法則を完全に超越する。
俺はそのままドラゴンの首の下に潜り込む。狙いは喉、俺は巨木のような首を下から両腕で抱え込む。もちろん首回りの半分ほどしか手が届かないが、スキルがあればそれで十分だ。
「その身で知れッ! どちらが強いかをなあああぁぁッ!!」
すべての力を込めて両腕を圧縮する。もはや油圧プレス機と化した俺の両腕は、ドラゴンの喉にメリメリと食い込んでいく。剣も矢も魔法さえも弾く竜の鱗も、じわりと加えられる強大な圧縮の力には、その意味をなすことはない。
自らの危機をようやく理解したのか、狂ったように暴れようとするドラゴン。しかし俺につかまれた首だけは、地面に固定されたように動かない。
首から下の巨体だけが地上でのたうち、局地的な地震すら引き起こす。しかしついに俺の腕が外れることはなく、
ゴキリ
という鈍い振動とともに、俺の両腕は、鱗と肉と、そして骨とを砕いて閉じきった。
アギャ!?
短い断末魔。黄金の瞳がぐるりと裏返る。
喉を潰されたドラゴンは巨体をビクンと震わせて……そして永遠に動かなくなった。
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