17章 帝都への長い道 22
やりすぎた、と我に返ったのは、『ソールの導き』のメンバーの表情を見てからだった。
『カオスフレアドラゴン』の視線についカッとなって素手で倒してしまったが、いい歳をして恥ずかしい姿を見せてしまったかもしれない。
呆けたような、恍惚としているような、あきれたような顔をしているようなメンバーたちのところに戻って、
「すこし大人げなかったな。皆の出番を奪ってすまない」
と反省の言葉を述べておく。
「あれほどの戦いぶりにも満足されないとは、さすがソウシさまです」
「メイスと盾を捨てるからなにするのかと思ったら素手でドラゴン倒すって……たぶん誰も考えつかないわよね」
フレイニルはいつもの通りで、ラーニは呆れ顔だ。
「歴史に残るすばらしい戦いを間近で見られたことに感謝します」
「いつもながらソウシさんは私たちの想像を超えてきますね」
スフェーニアはこれ以上ないくらい恍惚とした表情で、マリアネも頬が少し上気している気がする。
「神話に出てくるような戦いじゃったのう。これでソウシ殿の名が一気に高まりそうじゃ」
「こんな戦い見せられたらアタシはもうダメだね。一生ソウシさんについていくしかないよ」
シズナの言葉はともかくカルマの言葉はちょっと不穏だ。
「ソウシは本当にニンゲンなのか? もはや神といった方が納得できるのだがな」
「まっことその通りでござる。武の神の化身と言われても誰も疑うまいな」
ゲシューラとサクラヒメが俺に新しい属性をつけようとしているが、さすがに神を名乗るほど
しかしメンバーの顔を見ていくうちにだんだんと冷静になってきたが、向こうが隙を見せてきたとはいえ、最上位ドラゴンを素手で絞め殺すのは明かにおかしいだろう。
それを今頃気づく俺も俺だが、引かないで受けとめてくれる『ソールの導き』の皆も完全に感覚が麻痺している気がするな。
城門のほうを見やると、集まった冒険者や兵士たちがこちらを凝視したまま固まっている。あれが普通の反応だろう。
しかしこれはちょっと戻るのが恥ずかしいな。化物扱いされる可能性もあるし、いっそのことこのまま次の目的地に行ってしまったほうがいいかもしれない。
なんてことを考えていると、城門のほうからすごい勢いで男装の麗人が走ってきた。
もちろんグランドマスターのドロツィッテ女史だ。さすがもとAランクだけあって身体能力も高いらしく、俺の目の前まで全力で走ってきても息一つ乱さない。
彼女は無言のまま俺の全身を見回したあと、腕や胸や腹などをぺたぺた触って確認を始めた。いや、なんの確認をしているかはわからないが。
「あの、グランドマスター、なにをなさっているのでしょうか?」
聞いてもしばらく俺の身体を調べていたドロツィッテ女史だが、急に「くふふふふ」と含み笑いをはじめた。その顔はとても楽しそうで、いまにも踊り出しそうな雰囲気まである。
「ええと……」
「なるほど! これこそが! 『天運』スキルを完璧に使いこなした冒険者の姿というものか! まさに天に選ばれた戦士、命を
俺の両手をとってぶんぶんと上下に振るドロツィッテ女史。
彼女のその感情表現は、マリアネが後ろに立って咳払いするまで続いたのであった。
ドロツィッテ女史に手をひかれてガッシェラの街に戻ると、城門のところで大勢の冒険者に出迎えられた。グランドマスターがニコニコしていたからか幸いにして(?)俺を見て恐れるものはおらず、逆にドロツィッテ女史が「今日は私のおごりでドラゴン討伐の祝いだ!」と叫んだので、お祭り騒ぎが始まってしまった。
なにしろ街のすぐ近くに巨大なドラゴンの死骸があって、それを見ることができるのだ。
これ以上ないくらいの見世物が酒の肴にあって盛り上がらないはずがない。その日は一晩中、街はお祭り騒ぎに包まれていた。
言うまでもなくその中心には俺がいて、もう訳が分からないくらいにもみくちゃにされた。途中からは自分がなにをやっていたのかも思い出せないくらいだ。
記憶にあるのは、
「アンタ絶対武闘大会出てくれよ! 俺アンタに全財産賭けるからさあ!」
「そうそう! 今年は『玲瓏たるマリシエール』も出場するからな! ソウシさんが出れば伝説の大会になるって!」
「もしかしたらその場でマリシエール殿下との縁談が決まったりしてね! 絶対出た方がいいよソウシさん!」
と、やたらと武闘大会出場を勧められたことだった。
もちろんその言葉の陰に『悪運』の後姿を見たのは言うまでもない。
ともかくもメンバーとともに翌日ギルドに顔を出すと、すぐにドロツィッテ女史のところに案内された。しかし今日はちょっと浮かない顔だ。
「昨日の今日で申し訳ないね。酒は抜けたかい?」
「ええ、毒耐性スキルのレベルが高いものでして。それよりグランドマスターの取り計らいで私が化物扱いされなくて助かりました。ありがとうございます」
さすがに宴会の中で一晩もみくちゃにされれば、ドロツィッテ女史の心配りを理解することもできた。グランドマスターのお墨付き、それを宴会という形で示すのはこの世界ならではという感じだが。
「ふふっ、それはなによりだ。私はともかく、普通の人間にあの戦いは刺激が強すぎたからね」
「そうですね。私ももう少し落ち着かないとなりません」
「あれは例の『興奮』とかいうスキルのせいなんだろう? だったら多少は仕方ないと思うけどね」
「制御できないのが困るところです。もっともあのスキルのおかげで今の自分がいることも確かなのですが」
「ならばつきあっていくしかないだろうね。少なくともスキル自体はその持ち主に利をもたらすものだと言われている。ただしそのスキルを持つ人間が、社会の中でどういう扱いになるのかは当人と周囲の人間次第だ」
「なるほど、おっしゃる通りかもしれません。自分も重々気をつけたいと思います。ところでグランドマスター、なにか問題でもあったのですか? さきほど浮かない顔をされていましたが」
話題を変えると、ドロツィッテ女史は思い出したように苦笑いをした。
「ああそうなんだ、つまらないことなんだけどね。実はあの『カオスフレアドラゴン』をどうするか悩んでいるところでね。なにしろ解体するにも人が足りない上に並の道具では鱗を剥ぐこともできないのさ。帝都から道具と人間を呼び寄せるにはここは遠すぎるしね」
「そこまでのものなんですか?」
「もちろんさ。さらに言えば、あれはまるごと皇帝陛下に献上するようなものだからね。解体しても帝都までは運ばなくてはならないのさ。それも頭が痛くてね」
「ああ、それは難儀ですね」
もちろんあの『カオスフレアドラゴン』の所有権は『ソールの導き』にあるのだが、ものがものだけに、一度は帝室に献上するという形をとることになる。それはいいのだが、解体できない、運べないというのは大きな問題だ。
「それならいっそのこと、こちらの『大切断』持ちのメンバーでやってしまいましょうか?」
俺がそんな提案をすると、ラーニが、
「ソウシのアイテムボックスにいれちゃえばいいじゃない。そのまま帝都までもっていけば問題ないでしょ」
とあっさりと解決案を提示した。
あまりにあっさり言うので一瞬固まっていたドロツィッテ女史だが、すぐに好奇心の塊のような目を向けてきた。
「あの巨体がアイテムボックスに入るのかい!?」
「どうでしょうか。たぶん入るような気はします」
「それじゃ早速行って試してみよう! さあ早く!」
いきなり立ち上がって俺の腕を引っ張るドロツィッテ女史の姿は、新しいおもちゃを見つけた娘さんのようだ。彼女の実年齢を考えると、それはきっと失礼な感想なのだろうが。
ともあれそのまま北の城門まで連れていかれる。
横たわるドラゴンの巨体の周りには見物客が大勢集まっていた。これを撤去すると文句を言われそうだが、放っておいても腐るだけなので仕方がない。
見張りの兵士に声をかけて、死骸の側までいく。見上げるほどの大きさだが、たぶん『アイテムボックス』には入るだろう。
ずっと使っていて分かったのだが、『アイテムボックス』スキル自体には容量の制限や、入口の大きさの限界はないようだ。ただ自分の力を超えて入れようとすると入らないという仕様らしい。
「いきます」
『アイテムボックス』を発動、試しにドラゴンの死骸の真下に穴を開けてみる。ある程度の大きさまで開いたところで死骸がすべり落ちるように穴の中に吸い込まれていった。さすがに全身にかなりの圧がかかってくる。前世で30キロの米袋を担いだ時くらいの感覚だろうか。もっともそれは俺の肉体が様々な理由で強化されているからそれで済んでいるだけであって、並の冒険者ならドラゴンを入れることすらできないだろう。
「全部入ってしまったけど、本当に大丈夫なのかい?」
おそるおそる聞いてくるドロツィッテ女史。
「少し負担がきますが問題ないようです」
「私も『アイテムボックス』スキルは持っているけど、あんなものをいれたらどれほど身体に負担がかかるのか想像もできないね。しかしこの『アイテムボックス』の能力だけでもソウシさんの価値は測り知れないよ。君が英雄でなかったら、帝都の商人たちも黙ってなかっただろうね」
「これだけ物を運べる人間はそうはいないでしょうからね」
などと話をしていると周囲の観衆が一斉に騒ぎ始めた。やはりこれはこれでいい見世物になってしまったらしい。
ともあれこれで次の目的地に……と言いたいところだが、まずはこの町のダンジョンも攻略はしておかないといけない。
ドラゴンスレイヤーであってもドラゴンポーターであっても、冒険者としての基本は忘れてはならないのだ。
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