17章 帝都への長い道  20

「ひと目で私をグランドマスターだと判断できるとは、やはり『天運』を飼いならす冒険者ともなると洞察力も違うようだね。ここまで出向いたかいがあったよ」


「恐縮です」


 ギルドの応接室に案内された俺たちは、そこで冒険者ギルドのグランドマスター、ドロツィッテ女史と対談をすることになった。


「ちなみになぜわかったのか聞かせてもらってもいいだろうか」


「一つはマリアネの表情がその……普通ではなかったので。それと私が気配を感じることができなかったところから並の方ではないと思いました」


「ふふ、それは盲点だったね。マリアネが表情に出すことは珍しいと思うのだけれど、彼女もそれだけソウシさんに心を傾けているということかな。さすがの私もそこまでは考えが及ばなかったよ」


 口の端をかすかに笑いの形にしながら、ドロツィッテ女史は紫紺の瞳をマリアネの方に向けた。マリアネは答えずに、無表情のまま顔を横に向けた。


「しかしそうは思っても、すぐに私のような若輩者がグランドマスターだとは判断しないもの。そういった先入観を排することができる能力も冒険者には間違いなく必要なものだろうね」


「冒険者になってから自分の常識が崩れることが多くありましたから、それに慣れたというところでしょうか。そういえばグランドマスターにお会いしたら、まずお礼を言いたいと思っていたのです」


「ふぅん、それは?」


「ギルドにある冒険者用のガイドブックには大変助けられています。それと新人への資金の貸付制度にも助けられました。それらがなければ、私はもしかしたら早くに命を失っていたかもしれません。ありがとうございます」


 俺が頭をさげると、ドロツィッテ女史は目を細め、それから手を口にあてて「くふふふふっ」とさも嬉しそうに笑った。


「聞いたかいマリアネ。私がグランドマスターになってから、こんなお礼を面と向かって言われたのは初めてだよ。君が言うようにソウシさんは優れた紳士で、その上ギルドというものがよくわかっているようだね」


「はい、見識のある方だと思います」


 そんなことで評価されても困るが、俺としてもこれだけは言おうと思っていたのですっきりした。


「どういたしまして、と言えばいいのかな。私も役に立てて大変嬉しく思う。一応は新人冒険者の生存率が上がっているというのは聞いているのだけれどね、やはり直接お礼を言ってもらえるのは格別に嬉しく感じるよ」


「本当にありがたいと感じただけですので。しかしまさか、グランドマスター自らこの街までいらっしゃるとは思いませんでした」


「ふふっ、とにかく早くソウシさんと、『ソールの導き』の面々に会いたかったものでね。そしてこちらもまずは『ソールの導き』にはお礼を言わなければならない。ソウシさんが『悪魔』や『黄昏の眷族』、そして『冥府の燭台』と『彷徨する迷宮』、これらの情報をしっかりとギルドにあげてくれたおかげで色々と助かっているんだ。しかもエルフの奥里まで行ってわざわざ情報収集をしてもらえるなんてね」


「あまり有用な情報は集まりませんでしたが……それでもお役に立てたなら幸いです」


「それはもちろんだよ。情報がない、というのも大切な情報だからね。それとそちらの『黄昏の眷族』、ゲシューラさんを保護……いや、パーティに入れたというのも驚かされたね。彼女の前で言うことではないかもしれないが、我々にとって『黄昏の眷族』と対話するなんて考えつかないことだからね」


「それは今までの歴史や経験などが関わることですから仕方ないでしょう。私はたまたま『黄昏の眷族』にそこまでの意識がなかったというだけです」


 俺がそう言うと、ドロツィッテ女史の瞳の光がわずかに強まった。


「それはそれで私たちにとっては不思議なことなのだけどね。この大陸に住まう者なら、『黄昏の眷族』は恐ろしいものだと誰もが聞かされているはずだからね」


 ドロツィッテ女史の眼光の理由は彼女の言葉からも察せられた。大陸に住む者なら『黄昏の眷族』と対話しようなどとは考えない。ならばあえて対話しようとした俺はこの大陸の人間ではないのでないか、と考えているのだろう。それに関しては慧眼と言うしかない。


「……私が育ったところはなにもない辺境の地だったものですから。『覚醒』して追い出されなければ、そこで一生を終えていたでしょう」


 と適当に誤魔化すと、ドロツィッテ女史もそれ以上は追及してこなかった。


「ふふ、そういうことにしておこうか。ところで私がこの街に来た理由はもう一つあってね。それは先ほどソウシさんが見ていたドラゴン出現の件なんだ」


「グランドマスター自らが出てくる案件なのですか?」


「もちろんだよ。地上にドラゴンが出るなどめったにないし、しかも情報からすると上位のドラゴンで、すでに被害も複数出ているからね。こちらも複数の街に渡って依頼を出し目撃情報なども集めているところだけど、相手は空を飛ぶモンスターだからその住処を探すだけでも難しい」


「なるほど、討伐する前に捕捉することが難しい相手なのですね」


「そういうことだね。だけどソウシさんがこの地を訪れたのなら、それが解決できるのではないかと考えたのさ」


「しかし我々もドラゴンを探す技能は持っておりませんが……」


「くふふふっ」


 そこでドロツィッテ女史はいかにも楽しそうに微笑んだ。


 その笑みは、子どもが面白そうな玩具を見つけたときのような、およそグランドマスターという肩書にはにつかわしくない無邪気な笑みだった。


「ソウシさんなら、ドラゴンを探す必要はないんじゃないのかな」


「それはどういう……ああ、もしかして私のスキルのことをおっしゃっているのですか?」


「正解。ソウシさんが持っている『天運』スキル。それがドラゴンを呼び寄せるのではないかと思っているのさ。『天運』スキルがどれほどの力を持つものなのか、それをこの目でたしかめること、それが私がこの町まで来た3つ目の理由なのさ」




 その後ドロツィッテ女史が紹介してくれた宿に入った俺たちは、一泊した後にこのガッシェラの領主代行に挨拶をした。


 本来の領主である伯爵は現在帝都に行っているとのことで、ドラゴン出現の報を聞いて戻ってくる最中らしい。


 領主代行への挨拶は特になにもなく終わり、俺たちは再度ギルドへと向かった。


 例のドラゴン討伐の件に関しては少し悩んでいた。


 実は掲示板に張り出されていた依頼は討伐依頼ではなく、ドラゴンの件が解決されるまでこの街の防衛に当たってほしいという依頼だった。


 もちろん依頼を受けること自体は問題ないのだが、ドラゴンが現れるかどうか未知数な上に、解決されるまでにどのくらいの日数がかかるかも不明なのだ。


 俺の『悪運』スキルをあてにしてドラゴンがやってくると信じていいものかどうかわからない以上、受けてしまってしばらく足止めされるのも考えどころである。もっとも俺たちが出た後でこの街が襲われたというのも避けたいので、結局は受けるしかないのだろうが……。


 ギルドに入ると銀髪の男装の麗人、グランドマスターのドロツィッテ女史がすぐに顔を見せてきた。ちなみにマリアネの情報によると彼女はエルフや魔人族の血が入っていて、やはり見た目通りの年齢ではないらしい。では実際の年齢は……と聞こうとしたらハイエルフのスフェーニアが咳ばらいをしたのでやめておいた。長命種にもいろいろと年齢に対しては思うところがあるようだ。


 ともかくドロツィッテ女史はよほど俺たちのことが気になるらしい。


「ソウシさん、『ソールの導き』は依頼を受けてくれるのかな?」


「一応パーティの総意としては受けていいということにはなっています。ただ自分のスキルによって本当にドラゴンが現れるのか確信が持てませんし、我々もあまりゆっくりはできない身なものですから」


「ああ、それを気にしているのか。皇帝陛下もゲシューラさんとは早めに会っておきたいとはおっしゃっていたからね」


「ええ、それにドワーフの里に急ぎ行く用事もありまして」


「ふぅん? なにか武器でも調達にいくのかな。それならなおさらドラゴンには早く現れてもらわないと困るね」


 なんとも物騒なことを言うドロツィッテ女史。


 しかもその言葉に反応するように、街の北の方から激しい鐘の音が響いてきた。


 さらにプラスして、通りのほうからは「ドラゴンだ!」の声。


「くふふっ、悩む必要もなかったようだね」


 ドロツィッテ女史の屈託のない笑顔に、俺はどんな顔をしていいのかわからなかった。

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