17章 帝都への長い道  19

 カッシーナの関所を出てから3日、いよいよ肌寒さが増してきた。寒いというのは聞いていたので夜用の防寒着などは揃えているものの、予想以上の冷えであるのもたしかだ。俺たちは『冷気耐性』があるので問題はあまりないが、時折すれ違う旅人たちは上着を羽織っているものが多くいた。


 その日の昼過ぎ、ようやく帝国側の関所が見えて来た。


 関所そのものは木製の高い柵が左右に伸び、正面に簡易的な門があって、脇に兵士用の宿舎があるだけのものだった。ただしその奥にある山のふもとには塁壁るいへきに守られた砦がそびえており、ここが守りの要衝であることも物語っている。


 門には兵士が10数名立っていて、関を通る者をチェックしたり通行料を取ったりしている。俺たちが歩いていくと、それに気づいた兵士たちが怪訝けげんそうな顔をした。


 人数が多い上に全員歩き、しかも俺以外は美しい女性ばかりな上に、一人が半人半蛇となれば驚かない方が不思議というものだろう。しかも身なりが冒険者となればなおさらである。


「お前達は冒険者か?」


 門に近づくと兵士の方から声をかけてきた。


「ええそうです。パーティ名は『ソールの導き』、私がリーダーのソウシです」


「『ソールの導き』? 聞いたような気がするな」


 兵士がそう言うと、もう一人の兵士が慌てたようにやってきた。


「ロン、例の指示があったパーティだ。リーダーが王国の伯爵だって話のやつ」


「あっ、あれか……!」


 2人の兵士は姿勢を正すと、ビシッと敬礼をした。


「申し訳ありません! 『ソールの導き』のご一行はそのまま通せと言われておりますが、隊長の確認が必要です。少々お待ちください!」


 その声を聞いたのか宿舎の方から年かさの兵士が出てきて、こちらに来る。


「ロン、どうした?」


「隊長、こちら例の……ではなく、『ソールの導き』のご一行です」


「なに……む、男1人に女8人……申し訳ない、オクノ伯爵様でいらっしゃいますか?」


「ええ、名誉伯爵のオクノで間違いありません」


 一応『アイテムボックス』から王家よりいただいた委任状を出して見せる。これが本物かどうかなど見分けることはできないとは思うのだが……


「失礼いたしました! オクノ伯爵様と『ソールの導き』ご一行様はそのまま通せと命じられております。どうぞお通りください!」


 隊長も直立不動の姿勢になって敬礼をしてきた。他の兵士もそれにならって同様に敬礼をする。


「ありがとうございます。では遠慮なく通らせていただきます。お勤めご苦労様です」


 まさか帝国側の関所でこんな対応をされるとは思っていなかったのだが、よく考えたら俺のような存在はあまりに異質なのだと気付く。普通は貴族が他国に行くとなれば色々と手続きや先触れが必要なはずだが、俺は冒険者という立場でそれらをすっとばしているのだ。


 むしろここで驚くべきは、俺に関する情報がすでに国境のいち兵士にまで周知されているという、帝国側の情報網の充実ぶりだろう。しかも末端の兵までがそれなりに対応できるということは、彼らの練度が高いことをも示している。


「どうやら帝国というのは俺が思ったよりも数段優れた国のようだ」


 関所から離れたあとに、ついそんな言葉が漏れてしまった。これはもう少しサクラヒメには詳しい話を聞いておいた方がよさそうだ。




 関所から歩くことさらに3日、ようやく俺たちは帝国に入って最初の都市であるガッシェラに到着した。


 国境線沿いの都市ということで当然のように城壁で囲まれた街であり、そこを治めるのは王国側と同じで伯爵であるらしい。


 国境側の城門はそこまで大きくはないが、当然警備は厳しく、多数の兵が配置されている。俺たちが行くと警戒の色を強めたが、『ソールの導き』だと分かると敬礼をしてきて、なんの手続きもなく城門を通された。


 王国との交易の中継地ともなる都市ガッシェラは、建物の造りや街の雰囲気などは王国内の都市とほぼ変わりはなかった。道行く人々も特に目立った変化はなく、一区画を歩けば冒険者パーティも2,3組は見かけることができる。


 まずは冒険者ギルドへ……と思っていると、周囲をキョロキョロしていたラーニが、鼻をヒクヒクさせつつ俺の隣にくる。


「サクラヒメが言っていた通り、帝国でも南の方は王国とあまり変わらないわね。食べ物のニオイもおんなじ感じ」


「国境なんて所詮国の都合で線引きしてるだけだしな。地理的に近ければ文化もそう変わらないんだろう」


「ふぅん、そっか。あ、そういえば王都よりは視線を感じることは少ないからいいかも」


「ああたしかに……、俺たちは王都では有名になりすぎたからな」


 言われてみれば多少の視線は感じるものの、こちらが目立つ一団だから仕方ないという程度のものでしかない。有名になるというのは街中を歩くだけでストレスがあるのだと今さらながらに気付く。


 街の様子を見ながら中央通りに出る。ギルドの場所はマリアネが知っているとのことで、先導をしてもらって難なくたどりついた。


 ギルド内は50人ほどの冒険者がたむろしていた。


 気になったのは、彼らが妙に殺気立っている様子だったことだ。もちろん始めからその状態だったので俺たちが原因ではない。それどころか俺たちが入って行ってもほとんど注意を払う者もいない。それはそれでありがたいが、別の意味で気になる状況だ。


「なにかあったのかもしれませんね。聞いてきます」


 マリアネはそう言って、カウンターの受付嬢に声をかけるとさっさと奥に入ってしまった。


 ラーニとシズナのコミュニケーション上手組は早速受付嬢に話しかけて情報を聞きに……と思ったら、彼女らがはじめたのは美味しい店やいい宿はないかという話だった。まあそれはそれで重要な情報ではある。


 彼女たちを放っておいて、俺はフレイニルとともに掲示板の方に向かった。


 真っ先に目に入ったのは、掲示板の真ん中に大きく張り出された討伐依頼の票だった。


 そこに記された討伐対象はなんとドラゴンだ。対象冒険者ランクは当然のようにA。しかしトロント氏に聞いた噂話がここで早速出てくるとは。もしや冒険者が殺気立っているのはこれのせいだろうか。その依頼書には付近の街が襲われたという情報も記されていた。


「ソウシさま、その依頼が気になるのですか?」


「ん? そうだな。状況によっては受けてもいいかもしれない。この街の周りにはBクラスダンジョンまでしかないようだから冒険者もBランクまでしかいないだろう。もし被害が出ているなら無視はできないな」


「率先して人々を助けようというお考え、やはりソウシさまはすばらしい方だと思います」


「その場で対応できるものが対応するってのは冒険者の基本だからな。大した話ではないさ」


「ほう、ドラゴンを倒すのが大した話ではないなんて、さすが三国にまたがり英雄と呼ばれる冒険者は言うことが違うものだね」


 急に背後から声をかけられ、俺はついハッとなって勢いよく振り返ってしまった。


 もちろん声に驚いたわけではない。その気配に寸前まで気づかなかったことに衝撃を受けたのだ。


「おや、顔つきは意外と普通だね。しかしその身体に宿る力は恐ろしいほど。そのギャップが美しい娘たちをひきつけるということかな」


 落ち着いた口調で話すその人物は、一見して青年にも思える女性だった。ショートにした銀髪は紫の光沢を帯び、長めの前髪は左右に分けられ頬のあたりまで下りている。着ているのは男性用のスーツに似た服で、ダンジョン産の素材を使った高級なものであろう。整った顔立ちは男女どちらともとれるほど中性的だが、体つきは間違いなく女性のそれだ。年齢は20歳前後に見えるが、先の少し尖った耳と、なによりも意志が強そうな目の、その奥にある紫紺の瞳に宿る老練な光が、見た目通りの年齢ではないと雄弁に語っていた。


「……もしや冒険者ギルドのグランドマスターでいらっしゃいますか?」


 俺は女性の背後に立つマリアネの心底済まさそうな顔を見て、すぐにその正体を知るのであった。

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