17章 帝都への長い道  18

 城塞都市カッシーナではカルマン伯爵が用意してくれた宿に泊まることになった。周囲にD・C・Bクラスのダンジョンがあるということで、それらは5日かけて予定通りすべて踏破した。


 D・Cクラスでは全員耐性スキルを得たり、既得のスキルのレベルが上がったりしただけであった。


 Bクラスではラーニが『付与魔法・上級』を得た。現状ラーニは剣そのものの『切断力』が高まっていて付与魔法を使う機会があまりないのだが、これから先強敵が出てきたときには頼ることもあるだろう。


 シズナは攻撃に重さを加えるスキル『重爆』を得たが、これはもちろん『精霊』のパワーアップになる。すでに『精霊進化』によって岩人形はほぼ鉄人形となり、身長も2メートルを超えている。これにプラスして攻撃力が上昇すれば、攻守ともに頼れる守護者となるだろう。


 サクラヒメは『疾駆』を得て機動力が一気に上がった。これで『疾駆』を持たない前衛はまた俺だけになってしまった。なぜか高速移動ができるスキルが得られない俺だが、いつか得られる時が来るのだろうか。それはともかくこれでサクラヒメの戦闘力は大きく向上したのは間違いない。


 それ以外、俺とフレイニル、スフェーニア、マリアネ、カルマはBクラスダンジョンでも既得スキルのレベル上昇のみだった。もちろんそれはそれで非常に重要なことである。


 さて、やるべきことを終えた俺たちは、翌日関所ともなっている北門をくぐり、いよいよ帝国領との間の緩衝地帯に入った。


「う~ん、ちょっと前から感じてたけど、なんか肌寒い感じがするねえ」


 街道を歩いていると、常に薄着のカルマが肩を抱くようにしてぼやいた。季節としてはこれから夏に向かう時期のはずだが、たしかに王国内にいた時に比べて気温が3~4度は下がった気がする。


 俺が視線を向けると、情報通のマリアネが答えてくれる。


「帝国領自体が北にあることも大きいですが、土地全体の標高も王国に比べて高くなっていて、その上常に北の山脈から冷たい風が吹き下ろしているので夏でも涼しいと言われていますね。そのぶん作物が育ちづらく、地方によっては食料事情はあまりよくないようです」


「帝国が領土を広げようとしたのもそれが原因の一つか」


「恐らくは。ただ先帝がかなりの野心家だったのも確かなようです」


「それで今の皇帝陛下が内をまとめるのに苦心してるというわけか。今の皇帝は若いんだったな?」


「はい、まだ30前だったかと。グランドマスターの言葉では、皇帝としては相当に優れた人物のようです」


「その若さで皇帝なんて重責を担うのは想像を絶するな。俺は領地をもらわなくてよかったとしみじみ思う」


 と小市民的な感想を述べていると、サクラヒメが不思議そうな顔をした。


「ソウシ殿は伯爵位を得ながら領地はいらぬと申すのか? 帝国貴族の考え方からすると非常に不思議な感じがするのだが……」


「領主になるなんて考えたこともないからな。冒険者として気ままにやっていくほうが俺の性にはあっているんだ」


「ふむ……。言いたいことは無論わかるのだが、しかしソウシ殿ほどの人物がこの先領地も持たずにいるのは難しいと思うでござるぞ」


「それはなぜ?」


「ソウシ殿の力はすでに一国の兵力に匹敵するものでござろう。そのような人間が自由に歩き回れる状態は、多くの貴族にとって恐ろしいことなのでござる。今はまだ帝国には力が十分に知られていないゆえ見逃されるだろうが、周知された時にどうなるか……」


「つまり領主にして、その土地に縛り付ける、みたいな感じか」


「言葉は良くないが、おおむねそのような意味でござるな」


 サクラヒメがうなずいていると、スフェーニアも訳知り顔で同意をした。


「サクラヒメの言う通りでしょう。残念ながら、ソウシさんは名声を得れば得るほど難しい立場におかれると思います。もちろんソウシさんは今のところ優れたバランス感覚で各国の王家や教会とよい距離を保っていますが、それをこの先も続けていくのは困難だと思います」


「なるほど……言わんとすることはわかる。なんともままならないことだが、たしかにな……」


 自分でこういうのもなんだが、俺はすでに『英雄』などと言われる存在になってしまっている。もしさらに帝国で同等の功績をあげ、その名が知られるようになれば、俺自身の居場所がなくなるというのはなんとなく理解はできる。地球の歴史を紐解いても、『英雄』というものは自身が王になるか、それとも悲劇的な最期をとげるかの二択がほとんどだ。安穏な余生を送ったなどという話は聞いたことがない。


「まあその時は獣人族の里に来て族長でもやればいいんじゃない? ソウシなら全然オッケーだから」


「いいねえ。狼獣人と虎獣人をおさえとけば獣人族で逆らうものはいないよ。いっそのことすべての獣人の長になってもらってもいいかもしれないねえ」


 ラーニとカルマがそんな冗談を言うと、スフェーニアとシズナまでがそれに乗っかって、


「いえ、エルフの奥里に来ていただければ相応の地位を約束いたします。そちらでゆっくりと過ごされるのもよいかと思います」


「オーズの国は大巫女が頂点と決まってはおるが、過去にはその下に精霊将軍という地位があったそうじゃ。ソウシ殿ならその精霊将軍になってもらうことも可能じゃぞ」


 などと言ってくる。


 最後にはフレイニルが腕をつかんできて、


「ソウシさまは、やはりご自分の国を興されるべきだと思います。きっとすばらしい国になります。その時には私も全力でソウシさまをお助けいたします」


 と真剣な顔で見上げてくる始末である。


 皆の言いたいことはわかるし、そこまで言われると自分としても考えを変えなければとは思うものの、それでも腕力が強いだけのおっさんにそこまで期待されても困るというのが本音である。しかしそれとは別にして、己の行く先についてはゆくゆくは考えておかなければならないだろう。この身はもう一人というわけではないのだし。

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