17章 帝都への長い道 17
翌日早朝、俺たちは北門からひっそりと王都を出発した。
それでも街中を歩いているとそれだけで声をかけられてしまい、結構な人たちに見送られてしまった。しかもその中には教皇猊下や現聖女様までが隠れていらっしゃったようだ。
王国内ではもう特別扱いされるのは避けられない状態だが、これが北の帝国ではどうなるのかは少し気になるところである。もっとも俺が伯爵位を
王都から北へ続く街道は南側の街道に比べると道がやや狭かった。これはその先が帝国であるからで、もし攻められた際、帝国の大軍が進行するのに不便にしてあるのだろう。
帝国は今のところ膨張政策をやめ内政に注力しているとのことで、ヴァーミリアン王国との関係も決して悪くはない。むしろ一部地方での反乱が長引いている上に『黄昏の眷族』の被害が増えたため、帝国の方から期間限定の不戦条約を申し出てきたくらいであるらしい。
第一の目的地である城塞都市カッシーナには5日でたどりついた。もちろんこれは俺たちが高ランク冒険者だけのパーティであるからで、普通は3倍近くかかるというのはマリアネの言った通りである。なお途中ではいくつかの集落、そして1つの中規模の都市を経由している。
さて国境の都市カッシーナだが、規模こそ王都には及ばないものの、その城壁は王都と同等かそれ以上に堅固そうなもので、まさに最前線の城塞といった趣があった。有事の際には軍事拠点にもなるわけで、それも当然ではあるのだろう。
城門前には入場待ちの旅人や冒険者、隊商などが列を作っていた。伯爵となった俺は貴族用の入口を使用し、待つことなくカッシーナへと入ることができた。
「国境の都市だけあって独特の活気があるねえ」
中央通りを歩いていると、カルマが周りを見渡しながら感想を漏らす。
彼女の言う通り、通りには多くの市民や商人、旅人などが行き交い、そこだけ見れば王都にも匹敵する盛況ぶりである。
出店なども軒を連ねているが、時折見たこともない食べ物なども売っていて、いかにも国境線沿いの町という趣だ。
ちなみに食べ物で気になったものはラーニとシズナが遠慮なく買い込み、俺の『アイテムボックス』に詰め込んでいる。旅の途中で食べるつもりらしい。
「こちらでは声をかけられることがありませんね、ソウシ様」
「まだ俺たちのことはそこまで知られてはいないんだろう。助かったな」
フレイニルにそう答えるが、それでも俺たちは目立つ一団なので、ある程度じろじろ見られるのは避けられない。もちろん半人半蛇のゲシューラを見て目を丸くしている人間も少なくない。時々警戒をしている人間がいるのだが、もしかしたら帝国の人間なのだろうか。帝国は『黄昏の眷族』が多く来る土地らしいので、ゲシューラがそうかもしれないと気になったのだろう。それでも騒ぐまでに至らないのは、俺たちが平然と彼女を連れているからだろう。
冒険者ギルドに寄るが特に変わったこともない。マリアネが奥に入って王都と帝都のギルドに連絡を入れたくらいだ。
「グランドマスターが、待ちかねたと叫んでおりました」
奥の部屋から戻ってきたマリアネがそんなことを言った。
「随分と待たせてしまって申し訳ないな。と言っても帝都で会うまでにはまだまだかかりそうだが」
「そう……ですね。そうだといいのですが」
「ん? どういうことだ」
「グランドマスターの性格を考えると……。いえ、やめておきましょう。さすがに今はグランドマスターもそこまで暇ではないはずですので」
「『悪魔』の対応とか、例の『黄昏の眷族』の件もあるからな。俺たちに構ってる暇もなさそうな気もするが」
「それだけは絶対にありません。『ソールの導き』が最優先だとおっしゃっていましたので」
ともかくもギルドではそれ以上のことはなく、俺たちはさらに中央通りを北に向かって歩いていった。目的の場所はカルマン伯爵の館である。俺が伯爵であり、『ソールの導き』が王国で英雄と目されている以上、この地の領主であるカルマン伯爵に挨拶をしないわけにはいかない。
伯爵邸は完全に砦のたたずまいだった。周囲には兵舎や練兵場などもあり、完全に軍事施設という趣である。
厳めしく実用本位の扉の前で番兵に話をすると、すぐに中から家宰を名乗る男性が現れた。
今日は面会のアポイントメントを取るだけのつもりだったのだが、初老の家宰氏はその場ですぐに伯爵邸内に導き入れてくれた。
応接の間に案内されたが、やはり部屋の調度品は実用本位のものが多い。この都市の立ち位置と、伯爵の人となりがしのばれる。
しばらくすると、俺だけが伯爵の執務室に呼ばれた。
廊下を歩いていくと部屋の前に1人の男性が立っていた。岩のような体つきの、濃い茶色の髪を短く刈り揃えた、厳めしい顔をした男である。年のころは40前だろうか、軽鎧を身につけた、一見して歴戦の戦士とわかる人物だった。
「初にお目にかかるオクノ伯爵。私はフィンブル・カルマン。この辺境の地を預かる者だ」
「お目にかかれて光栄にございますカルマン伯爵。私はソウシ・オクノ。伯爵位をいただいてはおりますが、実際は一介の冒険者にございます」
俺が一礼すると、カルマン伯爵は破顔一笑、俺の肩を叩いて豪快に笑った。
「はっはは、なるほど、国王陛下のお言葉通りの御仁のようだ。いや済まぬな、本来なら応接の間にこちらが参らねばならぬのだが、どうやらオクノ伯爵の連れの数が多いと聞いてな。失礼を承知で伯爵にこちらに来ていただいたのだ。ご容赦願いたい」
「急に訪れた身でございますので、お会いいただくだけでも望外のことです」
「まあそう固くならずともよい。俺も伯爵などと言われてはいるが、もとは家を出て冒険者をやっていた身だ。幸い、と言っていいのかどうかはわからんが、伯爵位をつぐことが許されてこのような身になっているに過ぎん。本音を言うと、名誉伯爵という貴殿の立場が羨ましい」
そんなことを話しながらカルマン伯爵は俺を部屋に入れ、椅子に座るよう促した。
伯爵が対面に座ると、家宰の男性がお茶を用意してくれる。どうやら召使いも少ないような雰囲気である。
「国王陛下からの話では、オクノ伯爵は王都でも随分と活躍をされたようだな。アーシュラム教会の枢機卿が騒ぎを起こすというのも驚きだが、それを被害なく収めたというのはすばらしい。ときにどんな話だったのか、詳しく教えてもらえないだろうか?」
「わかりました。一部口止めされていること以外お話いたします」
『聖女交代の儀』の一件について詳細に話をすると、カルマン伯爵は「ふぅむ」と手を顎にあてながら小さく唸った。
「まさかそのようなことが王都で起こるとはな。
「むしろ戦が終わったから、ということもあるのかもしれません」
「ふむ、そういった見方もできるか。アーシュラム教会そのものは、戦争時には彼らが行った弱者救済などで助かった者も多い。この街にも教会はあるが、有事になれば協力を仰ぐこともある。そういった役割を持つ組織が腐敗したとなれば苦しむのはまず民だからな。そういう意味でもオクノ伯爵の功は大きい」
「それは……まあ、深く考えればそうかもしれませんが、私としてはかかる火の粉をはらったまでですので」
「それが国を救うことにつながるというのが英雄たる
という感じで、この後はなぜか冒険者談義に花が咲いてしまい、メンバーを長く待たせることになってしまった。
最後に「貴殿が考えている以上に貴殿たちは噂になっている。帝国も噂の英雄が来るとなれば相応の対応をすることになろう。ただ帝国は、周辺国を下に見る気質も強い。貴殿についても噂を聞いたうえでその力を怪しむ向きもあるかもしれん。十分注意されよ」と忠告をいただき、俺たちは伯爵邸を後にした。
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