17章 帝都への長い道  16

 長旅になるということ、それから北に向かうということで、多くの食料や防寒着、新しい寝具などを2日間かけて揃えた。そのほとんどは俺の『アイテムボックス』に入れることになるが、一部はフレイニルとサクラヒメにも分担をしてもらった。


 2日目の午後、俺は一人で商人のトロント氏のところに帝国関連の噂話を仕入れに行った。


「おおソウシ殿! いえ、失礼いたしました。オクノ伯爵、ようこそいらっしゃいました!」


「申し訳ありませんが今まで通りの対応で願います。領地も家臣もない名ばかりの伯爵ですので。もっとも外ではそういうわけにもいかないでしょうが……」


「そうですな。公的な場で伯爵閣下をソウシ殿などとお呼びしたら私が礼儀知らずとののしられますからな。しかしソウシ殿がお望みであれば私的な場では今まで通りにさせていただきましょう」


「ええ、それで結構です。ところで明日から北に向けて旅に出るのですが、帝国関係でなにか気になる情報でもあればお聞かせ願いたいと思いまして参りました」


「ああなるほど、遂に王国の英雄『ソールの導き』が帝国に向かわれるのですな。むしろそれが最大の情報である気もいたしますな」


 と言いながら笑うトロント氏。言われてみればそうなのかもしれない。


「しかしそうですな、それ以外の情報となると……まずはやってくる『黄昏の眷族』の数が減ったこと、代わりに例の『悪魔』が現れるようになったことでしょうかな。その二つをつなげる向きもあるようですが、その辺りはソウシ殿のほうがお詳しいかもしれませんな」


「いえそんなことは……。まあ恐らく、その二つは無関係ではあると思いますが」


「でしょうなあ。ではただ『悪魔』が増えたのみでありますしな。それからこれは王国も同じですが、モンスターが地上に現れることも増えたようですな。空を舞う巨大なドラゴンを見たという噂もあります」


「怖いですね」


「はっはっ、ドラゴンなど『ソールの導き』にかかれば空飛ぶトカゲと変わりますまい。そうそう、帝都の名物に闘技大会というものがあるのですが、次の大会では皇妹殿下が出場されるとか」


「皇妹殿下ですか? 闘技大会に出場されるということは冒険者でいらっしゃるのですか?」


「おや、ソウシ殿はご存知ありませんでしたか。皇妹殿下は帝国では著名な冒険者でいらっしゃいます。『玲瓏れいろうたるマリシエール』という二つ名で知られたAランクの冒険者で、彼女の功績から冒険者ギルドでもAランクの上の階級を作る話が出ているそうで」


「それはまた……少し見るのが楽しみになりますね」


 俺がそう言うと、トロント氏は少しいじわるそうな顔をした。


「ふふっ、ソウシ殿ならそうおっしゃると思いましたぞ。皇妹殿下は年のころ19、そろそろ相手を見つけないといけない年齢ですが、なにしろ身分が高い上に高名な冒険者ですからな。ただ位の高い貴族ならばいいというわけにもまいりません。しかしそこに、王国伯爵にして不世出の英雄が来たとなれば、それこそ大きな噂が生まれてもおかしくはありません」


「いやそれは……。そんなつもりは毛頭ありませんのでご勘弁願います。そもそも皇妹殿下ともなれば伯爵位では足りないでしょうし」


「そうはいっても噂というのは勝手に立つもの、避けられるものではありませんぞ。私はソウシ殿がではないというのをよく存じておりますが、『ソールの導き』の面々を見れば……ということになりますしな」


 それを言われるとこちらとしても返す言葉はないのが悲しい。ある意味自業自得なのかもしれないが。


「自覚はしていますので、せいぜい気を付けるようにしましょう。そういえば例の軽量浴槽のほうはどうなっているのですか?」


「実は試作品はすでに完成していまして、すでにいくつか予約も入っております。王都は高ランクの冒険者が多いですからな」


「それは結構ですね。もちろん浴槽については一般にも広める感じですか?」


「そうですなあ。家で風呂に入るという習慣が生まれてくるといいのですが、現状浴槽を満たすほどの水を魔道具で用意するのも一般的な家では難儀ですからなあ。それを沸かすとなるとさらに難しくなります」


「たとえば魔導師系の冒険者を雇って、各家庭を回らせてお湯を入れてもらうというのはできないんでしょうか。浴槽とセットのサービスという形にすれば、浴槽も広まる気がしますが」


「ふむ……?」


 思い付きで適当なことを言ってしまったが、トロント氏の目つきが鋭くなった。


「なるほど……それは面白いアイデアですな。物とサービスと抱き合わせにして一つの商品にする。ふぅむ、これは新しい商機になるかもしれません」


 さすが一流商人、素人の出まかせから一瞬で本質を読み取ってしまったらしい。言われてみればそんな商品が前世にもあった気がするな。


「しかも引退した冒険者の働き口というのも結構重要な話ですぞ。水魔法と火魔法は使い手が比較的多いのですが、その分人材が余りがちになりますからな。そのあたりが解決できるとなると王家にもお褒めの言葉をいただくということになるかもしれません」


「なるほど、社会的な事業ということになるわけですね。風呂が習慣になれば衛生面でも大きな意味がありますし、社会的な意義も大きいかもしれませんね」


「まったくその通りですな。我々商人は金を儲けてばかりいるといらぬ恨みを買いますので、そういった事業も大切なのですよ。これは十分以上に検討に値する話です。早速息子たちに考えさせましょう。いやいや、さすがソウシ殿ですな! もしこの事業が軌道に乗るようなことがあれば、ソウシ殿のアイデアであると大いに喧伝いたしましょう」


「それは程ほどにお願いいたします。もし成功したとしてもそれは実行されたトロントさんの功績ですから。こういったものはアイデアをだすより実現する方が何十倍何百倍も難しいものですし」


 ただの情報収集のつもりが、とんでもないオマケがついてしまった。


 俺は挨拶もそこそこに、トロント商会を逃げるように去るのだった。




 

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