17章 帝都への長い道  13

そこは広大な神殿の跡地のような空間だった。


 地面は白い石畳が敷き詰められており、周囲をやはり白い石の円柱が囲んでいる。どうやら円形の広場のようだが、その広さは半径で200メートルはありそうだ。


 空は晴天……なのだが、不思議なことにどこにも太陽はない。まあ今はそんなことを気にしている状況ではないが。


 ボスはいまだ姿を見せないが、俺が数歩進むと、広場の中央付近に黒いもやが湧きおこる。その量は今まで見たことがないほど多い。


 その靄が晴れると、現れたのは想定通りの巨大なドラゴンだった。頭部から尻尾までは想定50メートル超。広げた翼の広さも同じくらいありそうだ。問題はその頭部で、なんと4本の首が太い胴体から伸びていて、その先にそれぞれドラゴンの頭がついている。


 鱗の色は黒に近いが、光を反射すると虹色に輝く。ドラゴンのなかでも一際幻想的で、それでいて圧倒的な恐怖を感じさせるモンスターである。


 静かにそびえる巨大ドラゴンを前に、フレイニルが俺の袖を引っ張った。不安そうな顔をしているかと思ったが、存外平静な様子に少し驚く。


「ボスは一体だけなんですね。もしかしたらレアボスなんでしょうか?」


「その可能性もあるが、なにしろ普通のボスがわからないからな」


「そうですね。首が4本ありますが、全部がブレスを吐いてくるのでしょうか?」


「そう考えておこう。どちらにしろ俺が引き付けるだけだ。フレイはまず結界をいくつか張って隠れられる場所を用意しておいてくれ。それから『後光』、あとは援護を頼む」


「わかりました。援護に入ったら翼を切り落とすのに専念します」


 俺は遠距離攻撃可能な魔法組には翼への集中攻撃を指示した。接近戦組はドラゴンが地上に下りてからが本番だ。


「よし、戦闘開始だ。危なくなったら例の魔道具を使うから、指示を聞き逃さないようにしてくれ」


「了解! でも私たちなら大丈夫よ!」


 ラーニに背中を叩かれて、俺はうなずいてからドラゴンの方へ向き直った。翼を立てて、いつでも飛び上がれる態勢になっている。


 フレイニルが『結界』を張り始めたのを確認して、俺は一人前に出る。


 超巨大ドラゴン――『プリズムドラゴン』と名付けておこう――は、俺が50メートルほどまで接近すると、空を覆うほどの翼をはためかせ、大地を蹴って宙に飛び上がった。


 それだけですさまじい風圧が巻き起こる。とはいえ俺にとってはそよ風みたいなものだ。


「よし、俺を狙ってみろ」


『誘引』スキルを全開にして空の王者と睨みつけてやると、4つのドラゴンの頭は一斉にいなないた。


 それぞれが口に魔力をためて、ブレスを吐く予備動作に入る。


「ソウシさん、すべて違う属性のブレスです!」


 後方でスフェーニアが叫ぶ。なるほど頭部ひとつひとつすべてが違う属性持ちなのか。しかしまあ、属性がなんであろうがブレスになればそれは単に物理現象である。


 シギャアアァァッ!!!


 咆哮の四重奏、同時に放たれるブレスは火と氷と真空の刃と岩弾の奔流。


「つあああッ!!」


 いつもの通りの『衝撃波』による防壁。レベルが極まった物理攻撃特化のスキル群が、異形のメイスを超高速で振り抜くことを可能にする。間断なく放たれる圧倒的な物理力が、直上からの4重ブレスをすべて押し返し、き消していく。


 おそらくメンバーたちから見ると、俺の周囲に半球状の見えない壁があるように見えるだろう。


 もちろんこちらのメンバーも黙ってはいない。俺がひとり耐えている裏で、各自が魔法を放って空中のプリズムドラゴンへと攻撃を仕掛けている。


 中でも強力なのは、ゲシューラの放つ巨大な真空の刃と、スフェーニアが初めて見せた上空からの落石の魔法だ。特に後者は、昔ゲームで見た『メテオ』という隕石を落とす魔法をほうふつとさせる。


 オギャアアァアッ!!


 複数の魔法が命中し、空中の巨体が大きく傾く。


 さらにフレイの『聖光』、そしてラーニとカルマの『飛刃』が翼に次々と命中してダメージを与えていく。


 しかしさすがにAランクボス、再度体勢を立て直すと、メンバーたちの方に頭を向ける。


「お前の相手は俺だ」


 こちらも再び『誘引』スキルを発動。スキルに刺激された己の本能に従い、プリズムドラゴンは怒りに燃える瞳を俺へと向ける。


 繰り返されるブレスと『衝撃波』の撃ち合い。そしてメンバーたちによる魔法による援護射撃。そして遂にドラゴンの翼が、根元から折れてその力を失った。


 ギュオオオォォッ!?


 ゆっくりと降下してくる巨体、轟音とともに二本の脚で着地すると、プリズムドラゴンは大きく胸を反らして怒りをあらわにする。


「よっしゃあ、行くよっ!!」


 カルマの声で、カルマ以下ラーニ、マリアネ、サクラヒメが左右から回り込むように巨体に向かって走っていく。


 俺は彼女たちにブレスが向かないように、正面から『誘引』を発動させて突っ込んでいく。


 プリズムドラゴンも巨体を揺らしながらこちらへ歩いてくる。4つの頭が俺を囲むようにして睨んでくる。四方からのブレスを撃つつもりだろうか。


 しかしそこにさらに魔法攻撃が加えられる。無数の岩の槍が、ドラゴンの頭部めがけて降り注ぐ。気勢を削がれたドラゴンは、一瞬その歩みを止めて立ち止まる。


 その隙を逃さず、ラーニとカルマが、大木を20本も合わせたくらいの太い足に斬りかかる。『大切断』と『伸刃』もちの二人だけに、硬い鱗をものともせず、ドラゴンの足をザックリと深く切り裂いた。


 マリアネは少し距離を取り、鏢を連続で投擲していく。さすがに短剣では有効なダメージは与えられないとみて、『状態異常付与』を狙っているようだ。


 時間差でサクラヒメが追いつき、彼女もドラゴンの足への攻撃を開始する。レベル的にはまだ厳しい彼女だが、刃を3重にする『幻刃』スキルの効果もあって、鱗をこそげとるようにしてダメージを与えている。


 ギャオオウッ!!


 足への攻撃がこたえたのか、プリズムドラゴンは巨体をひねり、尻尾を振り回しての攻撃に出た。しかしそれをいち早く察した俺は、横殴りに迫る壁のような尻尾に向かって走っていき、『不動不倒の城壁』を構える。


 ドォンッ!!


 凄まじい衝撃。あの暴走悪魔3~4体分くらいの破壊力はあるだろうか。さすがの俺も5~6メートルは後ろに下げられた。逆に言うとそれだけだ。


 俺は動きの止まった尻尾に、渾身のメイスを振り下ろす。物理スキルが集約されたメイスの先端は、ドラゴンの鱗すらもまるで液体のように跳ね飛ばし、電車の車両ほどもある尻尾を、えぐり取るように爆散させた。


 ンギャアアアァァッ!?


 絶叫を上げ悶絶するドラゴン。


 その時、ラーニが『跳躍』『空間蹴り』スキルを使って一本の首に肉薄、その首にミスリルの刃を潜らせた。


「一撃じゃダメかっ!」


 さすがに首は落とせなかったものの、多量の血液が迸っているところからあの首はもうブレスは吐けないだろう。


 地上に下りたラーニは再度跳躍をしようとするが、そこに別の首が大口を開けて迫る。


「その首もらうよっ!」


 脇から虎獣人の鋭い反応速度でカルマが現れ、大剣『獣王の大牙』を振り下ろす。


 その一撃で、ラーニを狙った首は切断されて遠くに飛んでいく。


「やっぱり剣の違いが大きすぎるわね!」


「悪いね! これも運だからさ!」


 すでに満身創痍に近いプリズムドラゴンは、一歩下がって二本の首がブレスの予備動作に入る。しかしその腹にマリアネの鏢が突き刺さると、ビクンと巨体を震わせて動きを止めた。『行動停止』……いや、『麻痺』の効果が入ったようだ。


 残念ながらここで勝負ありだ。


 俺は動きを止めたドラゴンの足にメイスを叩きつける。すでにダメージを負っていた足は爆散して消し飛び、巨体が地面に地響きとともに倒れ込んだ。


 そこでピンと来た俺は『強奪』スキルを使用。瀕死のプリズムドラゴンからお宝を奪い取り、残り二本の頭部をメイスで叩き潰した。

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