17章 帝都への長い道  12

 さて最終日、地下26階からだ。


 このダンジョンは未踏破という扱いだが、未踏破階層は地下28階からということになっている。つまりこの先はザコ戦ですらAランクパーティに諦めさせる戦いになるということである。


 その26階だが、階段を下りて目の前に広がるのは驚いたことに無辺の荒野だった。


 頭上を見上げると重い雲が垂れこめた空で、一瞬地上に戻ったかと錯覚する。


 しかし後ろ振り返ると穴の開いた大岩があり、その中に登りの階段がある。そして500メートルほど向こうには同じく穴が開いた大岩が鎮座していて、そこに下りの階段があるようだ。つまりここはまるで野外に見えるが、結局は不思議なダンジョン空間ということになる。


「ここがダンジョンとは思えませんねソウシさま」


「まったくだ。どのダンジョンも不思議なことに変わりはないが、ここはさらに不思議だな」


 フレイニルに答えつつ、俺が先頭になって荒野に足を踏み入れる。


 10歩ほど進むと、200メートル向こうに黒いもやが立ち込めて、大型のモンスターが姿を現す。


『グレードラゴン』という、灰色の鱗を持った全長20メートルのドラゴンである。背の羽は小さく飛行能力はないということだが、立派なツノが生えた彫りの深い爬虫類顔は、神々しさを感じさせるドラゴンそのものだ。


 通常なら3体出現するとのこだが、『ソールの導き』相手ということで8体になる。


「ブレスは全部俺が受け止めるから、俺から遠い奴を倒していってくれ」


 そう指示をして単騎でドラゴンの群へと向かっていく。『誘引』スキルを発動すると、8つの頭が一斉にこちらを向く。


 前に並んだ3体が口を開く。吐いてきたブレスは多量の石つぶてである。大型ショットガンみたいな攻撃だが、残念ながら『不動不倒の城壁』の前では豆鉄砲に等しい。


 俺が石のブレスを受けてとめていると、まずはフレイニルの『神の後光』によってドラゴンたちの動きが鈍る。


 そこに100を超える炎の槍が放物線を描いて奥の方のドラゴンに着弾、一瞬で3体をハチの巣にしたうえ火だるまにした。


 さらに左右からラーニとマリアネ、カルマとサクラヒメが走って攻撃に向かう。俺はその間も『誘引』を発動しつつ、正面のドラゴンに『衝撃波』を叩きつける。そいつは全身をひしゃげさせ、後ろのドラゴンを巻き込んで吹き飛んでいった。


 さらにフレイニルの『聖光』が上空から伸びて一体の首を切断する。フレイニルの魔法は恐ろしいまでの威力だ。 

 ラーニ、マリアネ組が一体に接敵。目で追えないほどの動きで全身を切り裂いていき、首が下りてきたところをラーニが処刑人よろしく斬り落とした。


 カルマ、サクラヒメ組も接敵すると、こちらは正面から強烈な斬撃を食らわせて一瞬で1体を屠る。特に大剣『獣王の大牙』を得たカルマの攻撃が凄まじい。下手をするとドラゴンの胴を一撃で輪切りにする勢いである。


 その後も魔法の2回目の斉射が炸裂し、俺の『衝撃波』がさらに1体をひき肉に変え、前衛組が同じように2対1でグレードラゴンたちを屠っていくと、ほどなくして26階の戦闘は終了した。


「ドラゴンはこれほど簡単に駆逐できる敵ではないはず。それがしの常識は『ソールの導き』に入ってから崩れる一方でござる」


「でもサクラヒメももう全然怖がってないじゃない」


「背を預けられる仲間がいるというのが大きいのでな」


 サクラヒメとラーニの会話を聞きながら一休みをして、俺たちは地下27階に向かった。


 27階も26階とほぼ同じロケーションだ。出てくるモンスターも同じ『グレードラゴン』だが、数は大盤振る舞いの12体。ドラゴン1ダースというのは大安売りが過ぎるという気もするが、もちろん正面から戦うしかない。


 とはいえ先ほどと同じ戦術で問題なく殲滅できてしまう。俺が多少の被弾覚悟で攻撃にシフトしたくらいだろうか。


 そして問題の28階だが、やはりロケーションは同じ。しかし出てくるモンスターが『レッドドラゴン』という、真紅の鱗をもつまさに絵にかいたようなドラゴンになる。


 見た目通りの強力な火属性のドラゴンで、通常でも3体出現、しかも飛行しながら強烈な火炎ブレスを浴びせてくるという、普通ならその時点で逃げるしかない相手である。


 そして当然のごとく、300メートルほど向こうには8体のレッドドラゴンが今にも飛び上がらんとする雰囲気で待ち構えている。


「基本的には同じ戦術で行く。俺が前に出てブレスを引き付ける。フレイニル、スフェーニア、シズナ、ゲシューラは魔法で攻撃。倒すことより飛行能力を奪うことに注力してくれ。ラーニとカルマも『飛刃』で羽を狙え。ドラゴンが落ちてきたらマリアネ、サクラヒメとともにとどめに回ってほしい。落ちてきてもブレスは吐いてくるだろうから注意してくれ」


 全員が返事をしたのを聞き届けて、俺は単騎でレッドドラゴンの群に向かっていく。


 8体のレッドドラゴンが俺を睥睨へいげいしながら翼を広げる。空に飛び立つ前に一体くらいは吹き飛ばしておきたかったが、さすがにそうは行かないようだ。俺が接近しきる前に、8体のレッドドラゴンはすべて上空に飛び上がった。


『誘引』スキルを発動、一番近い一体を、『威圧』を意識して睨みつけてやると、そいつは挑発されたと感じたのか大口を開いて急降下してきた。


「ラッキーだな」


 俺はギリギリまで引き付けて至近距離から『衝撃波』をぶちあててやる。短気なレッドドラゴンの頭部が、長い首ごと爆散する。


 その一撃で俺の力を理解したのか、他のレッドドラゴンが俺を囲むように上空に円を描き、次々とブレスを吐き始める。


「ふッ!」


 もちろん『衝撃波』の壁を作って炎のブレスをすべて相殺する。相殺しきれない分も、ドラゴンの鎧と『魔法耐性』『属性耐性』のおかげで大したダメージには至らない。多少の火傷など、『再生』スキルが一瞬で修復する。


 もちろん孤軍奮闘の俺を黙って見ているメンバーではない。まずは無数の氷の槍が上空のドラゴンに突き刺さる。『聖光』と『飛刃』が翼を切り落とすと、赤い巨体が地上に派手な音を立てて落ちていく。そこにラーニ、マリアネ、カルマ、サクラヒメが跳びかかり、あっという間に首を落とす。


 見る間に上空のドラゴンは数が減っていき、俺の上に落ちてきた最後の一体を吹き飛ばして、未踏破の28階がついに攻略された。


「やはりスフェーニアたちの魔法が強力だな。フレイニルの『聖光』も翼を正確に斬り落とすし、『飛刃』もあるから遠距離戦でも安心できる」


 俺がそう言うと、カルマが「いやいやいや」と苦笑いをした。


「ソウシさんが全部攻撃を引き付けてくれるおかげでこっちは楽々狙いをつけられるからね。どんなパーティでもこんな戦い方はできないよ」


「その通りですね。これで28階層は初踏破ということになりますが、さすがにこの戦術はガイドに載せても誰も真似ができません」


 マリアネがそう続けると、他のメンバーもうなずくばかりだ。


 たしかに俺たちの攻略に関しては例外が多すぎて参考にはならないかもしれないが、ただ誰かが踏破したということは重要だからな。やはり一番怖いのは未知だ。そういう意味では、これからが本当の冒険者としての活動ということになるのかもしれない。




 とは言ったものの、地下29階は『レッドドラゴン』が12体になっただけでそれ以外は変化なかった。


 28階とまったく同じ戦術であっさりと突破した俺たちは、最後の休憩をその場でとった。


 恐らく今までの流れからいって、地下30階は下りてそのままボス戦になると思われた。


 ボスとして可能性があるのは、やはりこれも流れからいってドラゴン系が濃厚だ。


「なあマリアネ、今まで出現したドラゴンでもっとも強いと言われているのはなんだ?」


「そうですね……。恐らくははるか古に現れたという『邪龍』が歴史上は一番ということになるでしょう。ただ邪龍は半ば伝説の存在ですので、実在が確実なところだと『カオスフレアドラゴン』でしょうか。『ダークフレアドラゴン』の上位種ですね」


「『ダークフレアドラゴン』に上位種がいるのか……。どんな奴なんだ?」


「単純に巨大です。全長だけで『ダークフレアドラゴン』の1.5倍はあると言われています。ブレスも複数の属性を併せ持つ強力なもので、すべてを破壊する威力があると言われています」


「ダンジョンで確認されたのか?」


「いえ、地上に現れたことがあるのです。上位ランクの冒険者が多数集まって、それでも大きな犠牲を払って討伐をしたそうです。帝国にはその時のドラゴンの角や牙などが国宝として保管されていると言われています」


「それはまた驚くような話だな。しかしそうか、地上にそこまで強力なモンスターが発生することが過去にはあったんだな」


「歴史を紐解くと、50年から100年に一度強大なモンスターが出現しています。といっても『カオスフレアドラゴン』ほどのものは稀ですが」


「それはそうだろうな。そんなのがしょっちゅう現れていたらゆっくり眠ることもできない」


「そうですね。ソウシさんのような方が、そして我々のようなパーティが常にいればいいのですが、そういうわけにもいきませんので」


「だろうな。……さて、そろそろ覚悟を決めて下に向かうか。そこが最下層であることを祈ろう」


「ええ。雰囲気としては、間違いなく最下層であると思います。全力でいきましょう」


 俺は全員に声をかけ、顔を見回して士気が高いことを確認する。皆いい表情で俺を見返してくれているので、万全の状態で未知のボスに臨めそうだ。


「よし、行くぞ」


 俺は声をかけて、地下30階への階段へと足を踏み出した。

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