17章 帝都への長い道  08

 翌日は地下16階からだ。


 階段を下りると、目の前には広大な空間が広がっている。左右の石積みの壁まではそれぞれ100メートルはあるだろうか。奥ゆきは見えないくらいに深い。


 ここからはダンジョンの様子が大きく変わり、広大な単一の空間が広がるだけになる。


 少し進むと奥から多数のモンスターの気配。多数というよりもはや軍勢と言った方がしっくりくる。


 現れたのは直立2足歩行するトカゲ『リザードマン』の軍団だ。『リザードマンキング』1体を頂点に『リザードマンジェネラル』10体『リザードマンマジシャン』『リザードマンソルジャー』合計300体、そんなところだろうか。ラーニの『疫病神』とカルマの『相乗』スキルが相当に頑張ってしまったようだ。


 普通なら複数パーティで当たるような大集団であるが、『ソールの導き』はシズナの『精霊』を入れれば11人編成なので数的には問題ない。


「まずは魔法で先制します」


 新たな杖を得てパワーアップしたスフェーニアが、『先制』『二重魔法』『混合魔法』『充填』スキルを複合して『ラーヴァサイクロン』を放つ。


 2本の溶岩の竜巻が暴れまわると、それだけでリザードマンの集団は半壊した。メンバー全員があっけにとられるほどの制圧力である。


 あとはバラバラに突っ込んでくるリザードマンたちを前衛が次々と切り伏せていくだけである。


 ラーニやカルマの剣がひらめき、サクラヒメの薙刀が一閃するたびにトカゲの首が飛んでいく。すでに身長2メートルを超える『精霊』の鉄人形は、その太い腕でリザードマンを殴り潰している。


 もちろん俺のメイスも多くのリザードマンを爆散させている。すでに半壊した群が相手だと『衝撃波』の出番はない。


 フレイニルたち後衛も、魔法や矢で次々と遠くのマジシャンなどを狙い撃ちしている。最後に『隠密』でひそかに背後に回ったマリアネがリザードマンキングの首を刎ねると、この階での戦闘は終了した。


「スフェーニアの魔法が一気に強くなったね!」


 ラーニが言うとスフェーニアは嬉しそうに目を細めて「この杖のおかげですね」と杖を大切そうにホルダーに収めた。


「マリアネの動きもよかったな。大将首を背後から取るというのは、こういう集団戦では有効な作戦になるかもしれない」


「そうですね。ただ配下が多く残った状態で大将首を取ると乱戦になる可能性もありますから、タイミングは計らないといけません」


「たしかに下手をするとマリアネが孤立するからな。そこは気を付けよう」


 地下17階は同じ『リザードマン』の集団、18階19階は『オーク』の集団になったが、どちらもスフェーニアの先制攻撃が強烈で、同様に簡単に撃破することができた。


 そして地下に20階、ここは下りてそのままボス戦となる。ザコ戦同様の集団戦だ。


 しかし相手は、最下級でも身長2メートル半近い『オーガ』の軍団である。


「なんともむさ苦しい集団じゃのう」


 シズナの感想はなんとも緊張感がないが、確かに目の前の軍団はむさ苦しいと言えなくもない。


 上半身裸のマッチョな鬼が広い空間に所狭しと並んでいるのだ。奥は見えないが、どうやら100体はいそうな感じである。


「『オーガチャンプ』をボスとして、つかみ技を得意とする『オーガグラップラー』、打撃攻撃を得意とする『オーガストライカー』の集団ですね」


 マリアネが説明してくれたとおりで、なんとこの鬼たちは全員素手である。格闘家集団ということなのだろうが、並の冒険者なら物量に圧倒されて終わりだろう。


「武器で相手をするのが申し訳ないな」


「チャンプは素手で相手をされたらどうでしょう?」


 とんでもない提案をマリアネがしてくるが、面白いと思ってしまった自分がいたりする。


「そうするか。ボスのチャンプは俺にまかせてくれ」


 メンバーに伝えると、ボス戦前だというのに緩い空気が流れだしてしまう。


「よし、それ以外は今まで通りだ。まずは魔法で先制、後は正面から殴り合いだ」


 オオオオウッ!


 オーガの群の奥でボスのチャンプが吠えた。100体のオーガが一斉にこちらに走ってくる。


 もちろん同時にこちらの魔法も一斉に火を吹く。


 溶岩の竜巻に30体以上のオーガが炭にされ、10体前後が真空の刃に真っ二つにされ、3体が炎の槍に貫かれ、そしてそれ以外の多くのオーガが上方から降り注ぐ光の光線に打たれて大ダメージを受ける。


 前衛は接敵したオーガを次々と切り伏せる。ラーニやカルマはまったく危なげがなく、サクラヒメも薙刀のリーチを生かしてよく戦っている。『精霊』の鉄人形も身長差をものともせずに殴り合っているが、一体はグラップラーにつかまって投げられたりしている。


 俺はその中で、メイスを振り回して突っ込んでくる大鬼を次々と爆散させながら、ボスのチャンプに向かって歩いていった。


 20体は倒しただろうか、目の前にひときわ筋肉のついた、赤銅色の肌をした大鬼が現れた。腰にチャンピオンベルトにも似た帯を締めている。こいつが『オーガチャンプ』に間違いない。


 そいつは俺を見てニヤリと口をゆがめた。見下ろすような視線は、どうやらこちらが自分より小さいのでバカにしてるといった雰囲気だ。


 俺はメイスを『アイテムボックス』にしまい、素手になって構えを取った。左手の人差し指を立て、来いよ、のジェスチャーをしてやる。これくらいの挑発はシャレのうちだろう。


 ウガアァッ!


 オーガチャンプは文字通り鬼の形相になって殴りかかってきた。


 ケンカスタイルなのかと思ったが、意外にも空手に似た技を使う正統派の武術スタイルだった。


 洗練された突きや蹴りが、恐ろしい巨体から次々と繰り出されてくる。身長差が1.5倍はあるのでリーチも長く非常に厄介だ。


 俺はそれらの攻撃をあるいは受け、あるいは流し、あるいはかわしてさばいていく。たしかに一撃一撃はそれだけで丸太にでも殴られたような衝撃だが、スキルの高まった俺にはせいぜい木の枝で叩かれたくらいのダメージしかない。


 下段の蹴りを大きく弾いてやり、一気に踏み込んで腹に突きを叩きこんでやる。俺の拳が筋肉の鎧を貫いて腹にめり込むと、チャンプはゲエッと呻いて2、3歩下がった。


 俺はそのまま前に出る。態勢を立て直したチャンプが掴みかかってくる。俺はその両手を正面から握り返してやった。相撲でいう「手四つ」という状態になる。


 ここからは単純な力比べ。チャンプは勝ちを確信したのか再びニヤリと笑う。


 しかしすぐにその顔から表情が消える。ついで疑いの顔に、そして最後には焦燥を浮かべて俺を凝視する。


 自分より小さい人間が自分より力で圧倒的に上回っていれば、そんな顔にもなるだろう。


 俺がグッと力を込めてやると、大鬼は苦悶の表情を浮かべ片膝をついた。必死に押し返そうとするが、もはや趨勢すうせいは決している。恐らくチャンプから見た俺は、抗うことのできない力の権化であることだろう。


 俺はそのままチャンプの腕を砕き、そして目の前にある頭に渾身の正拳突きを叩きこむ。


 驚愕の表情を浮かべた鬼の頭が粉々に吹き飛び、20階のボス戦は終了した。




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