16章 王都騒乱  08

 話の雲行きが怪しくなってきたのを感じたのか、ラーニがなにか言おうとして身を乗り出そうとする。


 俺はそれを手で制してから答えた。


「それは真実ではありませんが、『至尊の光輝』側から見ればそう取れないこともないでしょう。単に同一の事実を、異なる視点、異なる立場から述べただけだと思われます」


「なるほど、それは非常に賢明なご意見です。サクラヒメはいまソウシ殿がおっしゃられたことと同じような証言をしておりましたしな」


「枢機卿猊下としてはどのようにお考えなのでしょうか」


「拙僧としては、立場上ガルソニアの意見を尊重せざるを得ないのですよ。サクラヒメはソウシ殿に大恩を受けた以上、ソウシ殿側に有利な発言をする……ともガルソニアは言っておりまして、それもまた一理と考えざるを得ないのです」


「我々がサクラヒメさんに恩を売って口裏を合わせるよう強要しているということでしょうか」


「そこまでは申し上げておりません。ただサクラヒメは非常に義理堅い性格でして、恩人が不利になるようなことは言わないのではないかと疑われているのですよ。そのおかげで『至尊の光輝』内でも不和が起きておりまして、結局サクラヒメは『至尊の光輝』を抜けることになったのです」


「それは……そうですか」


 助けた結果がパーティ追放というのもモヤモヤする話だが……ラーニが耳をピクピクさせているのでまた例のスカウト癖が出てるようだ。


 一方で枢機卿はさらに言葉を続ける。


「ですのでサクラヒメが受けた恩に関しては、彼女の実家がなんらかの謝礼をするという形になるようでしてな。本来なら我々教会がするべきところだったのですが……申し訳ございません」


「いえ、もともと教会の側になにかを求めて助けたわけではないのでそれは問題ありません。ただ先程の話ですと、枢機卿猊下としては依然として私たちを疑っているということになるのでしょうか」


「いえいえ、疑っているということではございませぬ。ただ拙僧としては、ガルソニアの言葉を無視することはできないという話に過ぎません」


 ふむ、なんとももって回ったような言い方だが、要するに「教会としては『ソールの導き』を疑うことはできるが、それを自分の胸先三寸に収めるつもりはある」ということか。こちらとしては身に覚えのない貸しを作られた形だが、巨大組織にそれをやられると面倒なことに違いない。


 ちらと見るとラーニは依然として不満そうな顔をしているのみだが、スフェーニアとマリアネは枢機卿の言わんとすることを理解してか、微妙に眉を寄せている。


 さてどうするか。元日本人としてはこういう時はどうしても下手に出たくなってしまうが、しかしここは日本ではないし、こちらは国王の後ろ盾もあるAランク冒険者だ。メンバーの手前、舐められないようにすることも必要か。


「……疑われるのは仕方ないとは思いますが、こちらも潔白である以上、その先についてはなにも言うことはありません。もともと礼をしたいという旨で呼び出されたと思うのですが、その上でこのような話をされるのは枢機卿猊下の襟度きんどが問われるのではございませんか?」


「うむ……!?」


 うん? どうも少し『威圧』が乗ってしまったようだ。そんなつもりは全くないんだが、枢機卿が明らかに怯んだような態度になった。


 ちょっとマズかったか……と思った時、部屋の扉がノックもなくいきなり開かれた。


 そちらに目をやると、入り口に立っていたのは、純白の絹布に精緻な金の刺繡の入った法衣に身を包んだ、明らかに枢機卿より位が上と思われる老年の男性神官だった。


「これは猊下、いかがなされましたか」


 枢機卿が飛び上がるようにしてソファから立ち上がり、その男性神官のもとに向かう。


 その身なりと枢機卿が「猊下」と呼んだことから、急な登場をしたその男性神官がアーシュラム教会のトップ、教皇その人であることは確定だろう。確か名前はモードアール2世……だっただろうか。


「猊下はいまだお身体の優れぬ身、かようなところにいらっしゃってはなりませぬ。どうかお部屋へお戻りを。おい、猊下をご寝所へお連れ参らせよ」


 焦ったような口調で衛兵を呼ぶ枢機卿。一方で教皇モードアールは入り口の前に立ったまま、微動だにしないどころか一言の言葉も発しない。


 顔を見ると、落ちくぼんだ目は白く濁り、瞳も虚ろで、その視線はなにもとらえていないように見える。雰囲気としては、意識のはっきりしない病人が病室を抜け出して、ふらふらとここまでやってきて動きが止まってしまったという感じだ。


 教皇は代替わりしたばかりと言う話だったが、早くも体調を崩しているということなのだろうか。


 少しすると衛兵と神官が大勢やってきて教皇を連れて去っていった。その後姿を見てラーニが鼻をヒクヒクさせて眉間にしわを寄せている。


 枢機卿は扉を閉めてソファに再度腰を下ろす。そこで何ごともなかったかのように愛想笑いを再度浮かべるのはある意味でさすがと言うべきか。どうやらホロウッド枢機卿はかなりのタヌキのようだ。


「お騒がせをいたしました。さてさて、先ほどのお話の続きですが、確かにソウシ殿のおっしゃりようは真にその通りで、それについては拙僧の言い回しに手落ちがございました。実はこの度お呼びしたのは本当に礼をしたいと思っていたからで、先程の話をしたかったからではございませぬ」


「それはようございました」


「ただし先ほども申しましたように、すでにサクラヒメは教会とはかかわりがなくなってしまいましたので、サクラヒメに関して直接的に教会から礼をするというのも内部からは反発が出るところ。そこで教会から『ソールの導き』に依頼をするという形で礼に代えさせていただきたいのです。礼として依頼をするというのは妙に感じられるかもしれませんが、無論その依頼料は相場よりも高くいたしますし、なにより教会からの重要な依頼を達成したということ自体が『ソールの導き』の名声に色を加えることになるかと思います」


「なるほど。内容をうかがっても?」


 俺の言葉に、枢機卿は細めた目を光らせながら愛想笑いを強くした。


「依頼は二つございます。一つは護衛依頼になります。王都の西にある遺跡から遺物を王都に運んでくるのですが、その輸送隊の護衛をお願いしたいのです。そしてもう一つは警備依頼になります。実は1週間後に、教会の聖女の交代の儀式、および新聖女のお披露目を王都で行うのですが、その警備をお願いしたいのです。どちらも是非ともお受けいただきたいと思うのですが、いかがでしょうかな」

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