16章 王都騒乱  07

「ふ~ん、じゃあ大聖堂には行くってこと? 断れないの?」


 部屋に戻って皆に先程の話をすると、ラーニがさも嫌そうな顔で聞いてきた。


「枢機卿に呼ばれたらさすがにな。しかも向こうはお礼をしたいと言ってきているからな。それを断るのは社会通念上無理だ」


「なんかよく分からないけどめんどくさそうね。お礼っていっても教会ってなんかケチくさそうな気がするし」


 ラーニの毒にスフェーニアとマリアネがクスッと笑う。フレイニルは渋い顔だが。


 虎獣人のカルマが訝しげな顔でテーブルの上に広げた書状をのぞきこんでくる。


「でもソウシさん、その『お礼』っていうこと自体信じていいのかい? 王都では今の大聖堂はすごく評判が悪くてね。特にこのホロウッド枢機卿って奴は守銭奴って話で有名なんだよ。本人は知らないみたいなんだけどねえ」


「俺は前に一度城の中ですれ違ってるんだ。確かに裏がありそうな人間だった」


「『エリクサー』で取引をしようとしていた人ですね。そして多分、私を聖女候補から外した人だと思います」


 フレイニルに全員の目が集まる。彼女が『聖女候補』について口にすることはほとんどなかったからだ。


 辛い記憶を思い出しているであろうフレイニルの頭を、俺はそっと撫でてやる。


「辛いことを聞くようだが、フレイニルは今教会ではどんな扱いになってるんだ? さっき来た神官はフレイニルは連れてくるなと言っていたんだが」


「私が言われたのは、『お前に聖女の資格がないと分かった』『本来なら厳罰に処すところだが破門で許す』ということだけでした。家の方でもかばい切れないと言われて、ソウシさまにお会いした町まで連れてこられたのです」


「そうか……。『資格がない』というのはなにか理由があったのか?」


「はい。『覚醒』した時にスキルを調べたのですが、その結果資格がないと分かったそうです」


「なるほど……」


『聖女』の資格となるスキルがなんなのかは分からないが、フレイニルが持つ『神属性魔法』のスキルがそれだとしたら、そのスキルを先天的に得ている人間がいるということだろうか。いや、いままでの経験からいうとその可能性は低いな。やはり適当な理由をくっつけてフレイニルを体よく追放したと考えるべきか。


 俺が少しの間黙っていると、マリアネが代わりに口を開いた。


「しかしもしそのような理由で破門されていたとしても、礼をするのに連れてきてはいけないというのは常識を外れた話です。やはりこの書状の内容は額面通りに受け取れない気がします」


「確かにな。しかしだとしたら、教会は俺たちを呼んでなにをするつもりなんだろうか」


「どうせあのガルなんとかってバカが適当な理由作って私たちのせいでライラノーラに負けたとか言ったんじゃないの? ソウシがサクラヒメに『エリクサー』使ったのも知ってるだろうし、それでうやむやにしようとかするつもりなんじゃないのかな」


 ラーニの言うことはかなり邪推が入っているが、それでもあり得そうな気がしてしまうのは俺が教会についてなにも知らないからだろうか。


 フレイニルもうなずきながら、俺を不安そうな目で見上げてくる。


「そういえばソウシさま、あの時はボスの部屋に7人で入りましたし、私もサクラヒメさんの前で『神属性』魔法を使ってしまいました。それが知られたということはないでしょうか?」


「ああ確かにな。しかし神属性は秘匿されているようだから、彼女がそれと気づいた可能性は低いとは思うけどな」


 なんにせよ、とりあえず会ってみるしかないだろう。


 さすがにいきなり何かを仕掛けてくることはないだろうし、あるとすれば搦め手か。ガルソニア少年が適当な理由をでっちあげてこちらを糾弾するくらいならまだいいんだが。さて、どんな話が出てくることやら。




 翌日は休暇とし、その翌日の午前、俺たちは大聖堂を訪れた。


 同行者はラーニ、スフェーニアとマリアネの3人だ。


 フレイニルとゲシューラは宿で待ってもらうことにした。オーズの巫女であるシズナも大聖堂に行くと面倒があるかもしれないので待機、カルマも一応ゲシューラの護衛みたいな感じで待機してもらった。


 王都にあるアーシュラム教の大聖堂は、白を基調とした荘厳な建物だった。


 聖堂というよりも神殿に近い雰囲気の建物で、一抱えはありそうな白い円柱が並ぶ様は、元日本人の俺でも圧倒される神々しさがある。


 午前の早い時間であったにも関わらず多くの信者や参拝者がつめかけている。こういった宗教的な建築物が観光名所となるのは世界が変わっても同じのようだ。


 大きく開いた入り口をくぐり近くの神官に取次を頼むと、例の書状を渡しに来たカナリー神官がやってきて俺たちを奥へと案内した。


 大聖堂の奥に続く廊下は礼拝堂などの造りに比べると比較的簡素なもので、宗教施設としてはな感じを受ける。


 すれ違う神官たちも理知的な雰囲気で礼儀正しく、冒険者である俺たちを見ても妙な視線を向けてくることもない。


 案内の神官がとある扉の前で立ち止まり、ノックをしてから扉を開け、俺たちの入室を促した。


 そこは執務室というにはかなり広い部屋だった。見るからに高価そうな飾りの入った大きな執務机が奥に構え、左に10人くらいが掛けられる応接セットが、右には美術品と思われる食器や花瓶や壺などがこれみよがしに並べられている。壁には明らかに宗教画ではない絵画が並んでおり、貴族の執務室と言ったほうがしっくりくる雰囲気である。もっともバリウス子爵とロートレック伯爵の執務室はどちらもここまで華美ではなかったが。


「おお、ようこそ『ソールの導き』の皆さん。拙僧はホロウッドと申します。急なお呼びだてをして申し訳ございませぬ」


 執務机からゆったりとした足取りで近づいてきたのは、やはり王城ですれ違ったことのある、ドジョウ髭の太った中年男だった。愛想笑いが張り付いた狡猾そうな顔と、白と青の上等な法衣があまりに不釣り合いである。


「初めまして、私は冒険者のソウシ・オクノと申します。名高きホロウッド枢機卿にお目通りかないまして光栄に存じます」


「拙僧ごときに名高きなどとは畏れ多いことです。ささ、まずはこちらにどうぞ」


 ホロウッド枢機卿が俺たちをソファへと促す言動は丁寧ではあるが、どうにも芝居臭さがにじみ出ていて仕方がない。


 俺たちが席に着くと、枢機卿は扉の前にいる神官に指示をしてからソファに腰を下ろした。


「まずは拙僧の呼び出しに応じていただきまことにありがとうございます。『ソールの導き』のご活躍については、先日の城門前での戦い以外にもいろいろと聞き及んでおりまして……」


 枢機卿は10分ほどを使ってこちらの実績を一通り褒めたたえた上で、本題に入った。


「ところで先日、エルフの里近くのダンジョンにおいて『至尊の光輝』の一員であるサクラヒメを救っていただいたと聞いております。サクラヒメの話によると『エリクサー』を使っていただいたとか」


「はい。ぎりぎりのところでしたが、薬が間に合ってお助けすることができました。彼女はこちらにお戻りになったのですね」


「ええ、『至尊の光輝』は我々アーシュラム教会が全面的に後援をしている冒険者たちでして、なにか重大なことがあった後は大聖堂まで戻ることになっておりますので。ところでそのダンジョンでは、『ソールの導き』と『至尊の光輝』の間ではどのようなやりとりがあったのかお聞かせ願えませんでしょうか」


「やりとり、ですか? 承知しました」


 急に事情聴取めいた感じになってきたが、俺は『彷徨する迷宮』であったことを一通り話した。俺たちが4階を先行したこと。『至尊の光輝』はその後をついてきて、ザコ戦を経験せずにボスに挑んでしまったこと。ボス部屋でサクラヒメを助けたこと、などである。もちろんボス部屋に7人で入ったこと、フレイニルの『神属性魔法』の話などは一切しない。


「……なるほど、そのような事情でしたか。いや実は『至尊の光輝』からも話は聞いたのですが、リーダーであるガルソニアと、ソウシ殿に助けられたサクラヒメで話が食い違っていましてな。こちらとしてもどう対応したものかと悩んでいたのですよ」


「話が食い違うというのはどのようなことでしょう?」


「ガルソニアは、『至尊の光輝』が先にボスの部屋に入るようわざと誘導された、と言っておりましてな。自分たちはボスを弱らせる役をやるよう騙されたのだ、と」


 枢機卿の顔から愛想笑いが消えたのは、ここからが本題ということか。

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