16章 王都騒乱  05

 王都に入った俺たちは冒険者たちに熱烈な歓迎を受けた。


 多少派手な戦いをした自覚はあったが、彼らにとっては断続的な戦闘の一回でしかないはずで、そう考えると反応が大きすぎる気もする。


 戸惑っていると美形騎士のハーシヴィル青年が近づいて来た。笑顔だが、微妙に苦笑が混じっている気もする。


「ソウシ殿の力は知っていましたが、まさかあの『悪魔』を正面から受け止められるとは思いませんでしたよ」 


「実はあの『悪魔』とはオーズで一回戦っていまして。ただあの戦い方は普通はしないでしょうね」


「ソウシ殿以外誰もできませんよ。そのあとのとどめも素晴らしかったですし、『ソールの導き』はパーティとしてもとても強力なんですね」


「ええ、私も頼りにしているメンバーたちです。ところでこちらの皆さんの態度が少し大げさなような気がするんですが……」


 周囲の冒険者たちを見回しながらそう言うと、ハーシヴィル青年は一瞬ポカンとしたあと、今度ははっきりとした苦笑いを浮かべた。


「その言い方がソウシ殿らしいですね。さきほどの襲撃は今までで一番大きなものだったのでこちらもかなり緊張していましたから。特にあの大型『悪魔』は厄介でしたからね。王都の城壁がここまでダメージを受けたのも初めてのことですし」


「ああなるほど……」


 王都の人間にとっては未曽有の危機、というのは言いすぎかもしれないが、確かに驚くべき事態ではあったのだろう。


「ところでソウシ殿、そちらの方が例の……?」


 ハーシヴィル青年の視線の先にはゲシューラがいる。当然ロートレック伯爵から通信の魔道具によって連絡がいっているのだろう。青年とメルドーザ女史がここに残っているのは俺たちを迎えにきたというより、『黄昏の眷族』であるゲシューラへの対応という側面もあるのかもしれない。


「表向きは珍しい種族の女性ということで通しております。非常に理性的な人物ですので問題はないと考えておりますが、王家としてはどのような対応をおとりになるのでしょうか」


「それは私の方からは申し上げられません。というよりさきほどの『ソールの導き』の活躍によって対応も変わってくると思います」


「それは……なるほど」


「到着次第王城に参られたしとのことですので、可能ならばこのまま王城へ案内申し上げたいのですが。もちろん宿などはこちらで手配をしますので」


「分かりました。ギルドで護衛任務の終了手続きをしたらそのまま向かいます」


 その後トロント氏と分かれた俺たちは、まっすぐ王城へと向かった。


 王都について戦闘、そのまま登城というのはかなりキツい日程だが、宿も用意されるのであれば行くしかない。ゲシューラの持つ情報は一刻も早く伝えた方がいいものでもあるし。




 王城では以前と同じく筆頭執事である白髭の老年紳士レイロット氏が応対をしてくれた。


 まずは控えの間に案内され、そこで俺たちは一度休息の時間を与えられた。


 すぐに金髪緑眼の美少女、マルガロット姫が入ってきてフレイニルやシズナ、スフェーニアやラーニたちと話を始める。姫はシズナが『ソールの導き』の一員になったことに驚いていたようで、「羨ましい気もしますわ」などと話している。


 しかし『黄昏の眷族』であるゲシューラがいるにも関わらず姫君が来るのは怖いもの知らずな気もするが、それだけ『ソールの導き』に信用があるということだろうか。


 しばらくしてレイロット氏が俺とゲシューラを呼びに来た。


 会談の間に入ると、そこには茶色の髪を撫でつけた40代の男性、ヴァーミリアン国王陛下と、壮年の美形宰相ジュリオス氏、そして護衛のハーシヴィル青年とメルドーザ女史が揃っていた。さらには青い肌に曲者感のある顔、王都のギルドマスター・ドワイト氏の姿もある。


 ジュリオス氏に促され着席をすると、国王陛下が口を開いた。


「まずはさきほどの戦いについて礼を言おう。強力な『悪魔』を複数体、瞬時に倒したと聞いている。さすが『鬼神』『城落とし』『金色の城壁』など、多くの異名を持つ冒険者であるな」


「は、ありがとうございます。被害が抑えられたようで私も安心をしている次第です。『鬼神』以外の異名については初耳でございますが……」


「ふふ、貴殿の活躍は多く情報が入ってきている。オーズでは『精霊の使徒』、メカリナンでは『救国の英雄』とも言われているそうだな」


「自分としては行く先々で巻き込まれた面倒事に対応をしていただけなのですが、どうやら私の力はかなり特異なものがあるようで、どうしても目だってしまうようです」


「貴殿の力は特異などという言葉では収まらぬと思うがな。まあ貴殿の活躍については一旦おこう。今回はそちらのご婦人についてのお話だ」


 国王陛下はゲシューラの方に身体を向けて一礼をした。


「お初にお目にかかる。私はこのヴァーミリアン国を治める王、ゼイクリッド・ヴァーミリアンと申す」


「うむ、我は『黄昏の庭』に住まう『黄昏の眷族』が一人ゲシューラ。故あってこの地に渡ってきた。できればこの地に身を置くことを許してもらいたい」


 ゲシューラの態度は王を相手にするものとしては無礼な気もするが、彼女は臣下でも国民でもないのだから仕方ないのかもしれない。そもそも『黄昏の眷族』は上下関係のようなものが希薄であるらしい。


 ただそれでも側で聞いている俺としては不安になるところだが、国王陛下はまったく気にしていないようだ。


「貴殿がこの地を訪れてくれたことは奇縁としか言いようがないが、この地を訪れた理由をお聞かせ願いたい」


「一言でいえば、『黄昏の庭』が住み難くなったから逃れてきたということになる。今『黄昏の庭』では、レンドゥルムという力の強い者が多くの『眷族』を己が配下にしようと動いており、安穏として暮らせる状況ではないのだ」


「そのレンドゥルムという者がこちらの大陸への侵攻を考えているというのは真なのか」


「それは本当だ。レンドゥルムはすべてを己が配下とせねばすまぬ性格の持ち主。『黄昏の庭』を掌握した後にこの大陸を落とすと早くから公言しておる。そして少なくとも、奴が早晩『黄昏の庭』を掌握するのは間違いない」


「こちらに攻めてくる時期はお分かりか?」


「それはまったくわからぬ。ただレンドゥルムが『黄昏の庭』を掌握するのに1年はかかるまい。我がこちらに渡ってくる時には、すでに『眷族』の半数ほどが奴の元に下っていた」


「ふむぅ……」


 その後も国王陛下とゲシューラの間で情報のやり取りがしばらく行われた。『黄昏の眷族』の総数や使用する武器や魔法、魔道具などの話、そしてレンドゥルムが取る可能性のある侵攻計画など多くの話がなされた。ジュリオス宰相も記録をとりながら、追加の質問などをする。


 会見は1時間以上行われたが、ゲシューラもこの会見の重要性が分かっているので倦んだ様子は見せなかった。


 一通りの質問が終わると、国王陛下はちらと宰相に目配せをした。宰相が無言でうなずくのを見てから、再びゲシューラに向き直る。


「非常に有用な情報を多く伝えていただいて感謝する。我々としてはゲシューラ殿の恩に応えたいと思うが、貴殿はどのような対応を希望されるのだろうか」


 その質問に、ゲシューラは俺の顔を見てから答えた。


「我は可能ならば、こちらのソウシと行動を共にすることを望む」


「それは冒険者として活動をしたいということかな」


「ニンゲンの国を見て回りたいということもあるが、我はいまだにレンドゥルムに狙われる身、いつ追手がくるやもしれぬ。その追手に対応するのにソウシの手を借りたいのだ」


「その追手とやらは一度退けたと聞くが」


「うむ。かなりの手練れを返り討ちにしたゆえ、もしかしたら次はないやも知れぬ。だが備えはしておきたい」


「ふむ……。ソウシ殿はそれでよいのか?」


「はい。すでに一度メンバーに入れておりますし、彼女を保護するのにもそれが最適だと判断しております」


 俺の答えを聞いて、陛下は横に座るギルドマスター、ドワイト氏に顔を向けた。


「ドワイト殿、ギルドはゲシューラ殿を冒険者として認めているのだな?」


「ええ、認めております。帝都のグランドマスター肝入りの案件でもありますので、どうか彼女を冒険者として扱っていただきたく存じます」


 ドワイト氏はそう言いつつ、細い目の奥にある瞳を俺に向け、口元を笑みの形に曲げた。恐らく「必ずゲシューラをグランドマスターの元に連れていけ」ということなのだろう。


「そうであれば王家としてもゲシューラ殿の身柄をどうこうするわけにもいかぬな。ソウシ殿も、よくよく注意を払ってゲシューラ殿には対して欲しい。今後帝国の方にも行かねばならぬ時が来ると思うが、くれぐれも旅には注意をされたい」


「お気遣いありがとうございます。彼女が政治的にも重要な人物であることは肝に銘じて行動をいたします」


「うむ、そうしてほしい」


 国王陛下はそこで軽く溜息をついた。俺はその時になって、陛下の顔に幾分かの疲れが見えることに気づいた。


「……正直なところ、ゲシューラ殿をどうするかはこちらも意見が分かれ収拾がつかぬところであったのだ。余としては3国に渡り名の知れたそなたにすべてを任せる形になることには多少の負い目も感じぬではない。今回の『悪魔』の撃退と、それから新たに『黄昏の眷族』を3人倒したことについては褒賞を与えるつもりだが、なにか望みがあれば後ほどレイロットに伝えて欲しい。多少の無理は聞くつもりであるし、爵位や領地が欲しいというのであれば与えるつもりもある」


「ありがたく存じます。パーティメンバーと相談をして決めさせていただきたいと思います」


「うむ」


 俺としては国王陛下が裏の事情まで口にしたことに驚いたが、それだけ今回の件については判断に悩んだということだろうか。


 敵対する意志を見せないゲシューラを排除するというのは論外として、王家で保護するというのも簡単ではないだろう。『黄昏の眷族』など巨大な爆弾と同じである。


 かといって放置するのも論外となれば、実はゲシューラが冒険者になって『ソールの導き』が面倒をみるというのは王家にとっても渡りに船の話なのかもしれない。


 もっともそれは『ソールの導き』自体が特大の爆弾となることをも意味するはずだが……もう今さらの話か。


 陛下は最後ちらと叙爵の話を出したが、王家としては俺が家臣としてどこかの領地にでも納まって、そこでゲシューラまで預かるというのがベストだったのかもしれないな。申し訳ないが、それはかなえられない話でもあるが。

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