16章 王都騒乱  03

「いやあ、ソウシ殿率いる『ソールの導き』に護衛をしていただけるならこれほど力強いことはありませんな」


 トロント氏は王都で3本の指に入る大商会のトップだ。小柄だがガッチリした体格と口髭が特徴の、一目でやり手商人と察せられる中年男性である。


 彼は今、荷馬車の御者台の上で手綱を握っている。後ろにはあと2台の荷馬車が続いていて、すべての荷台は荷物が満載されている。


 俺たちはその馬車の周囲を囲むようにして歩いているのだが、もちろんそれは護衛のためだ。


 結局トロント氏の護衛依頼を受けた俺たちは、ロートレック伯爵に挨拶と報告をして、その翌日にバルバドザを出発した。


「しかし『ソールの導き』は随分と規模の大きいパーティになりましたな。しかもAランクとは、近い内に確実になるとは思っていましたが、それでも異例の早さですな」


「本当に色々とありまして。特に大きな依頼を複数こなしたのが大きかったようです」


「なるほど、ですか。オーズやメカリナンの件については王都の商人たちの間でも相当な噂になっておりますぞ」


「ああ、それはそうでしょうね。オーズの件はともかく、メカリナンの件は自分としてもどう扱われているのか気になるところなのですが……」


 それとなく探ってみると、トロント氏は訳知り顔でうなずいてから、ニヤリと楽しそうに笑った。


「あの話は、聞く人間によってまったく意味合いが変わるでしょうな。我々商人にとってみればメカリナンの体制が変わるのは商機ということになります。そういう意味では新体制側に恩を売ったであろうソウシ殿とはコネを持ちたいと思う者もいるでしょう。一方で領主様たちにとってみれば、王都を一人で陥落させたと噂されるソウシ殿は警戒すべき人間となってしまうでしょうな」


「王家はどう考えるのでしょうか」


「ヴァーミリアン王家はすでにソウシ殿とつながりがありますから、警戒するというより安堵しているのではないでしょうかね。私もソウシ殿とつながりを持っていたことに対しては嬉しく思っておりますぞ。自分の目の確かさにも自信がもてましたしな」


 はっはっ、と声を上げて笑うトロント氏。その程度の扱いならまだありがたい。


「おお、そうそう。例のトランプですが、予想通り貴族様の間ですでに流行が始まっております。すでに多くの貴族家に納品をしておりまして、一般向けも販売を始めたところです」


「それは安心しました。トロントさんの商売の一助になれば幸いですよ」


「前にも申し上げましたが、王家とのつながりができただけでも大きな話です。それに加えて複数の貴族家にも関われましたからな。それだけでも我々にとっては大きな価値があります」


 そう言いながら俺に向けられた目には、なにかを期待するような雰囲気がある。もしかして別の商売のアイデアがないか探っているのだろうか。


「そう言えばトロントさん、ちょっと思ったのですが、『アイテムボックス』スキルを再現した魔道具というものはないのでしょうか?」


「ああ、そういった鞄のような魔道具が王家の宝物庫にあるという話は聞きますな。『王家の礎』で手に入れたとか」


「数は出回ってないのですね?」


「ええ。もしそのようなものがあれば我々商人だけでなく、王家や貴族家などの間で取り合いになるでしょう。収納量にもよるでしょうが数億ロムの値はすぐにつくでしょうな」


 やはりそんなものが作れるという話は厳禁だな。とんでもないトラブルが集まってきそうだ。


 改めてゲシューラに口止めをしておこうと思っていると、トロント氏がそのゲシューラの方をちらちらと見て小声で聞いてきた。


「ところでソウシ殿、あの変わった姿のメンバーはどのような方なのですかな。私もあちこちを旅しておりますが、彼女のような種族は見たことがないのですが」


「たまたまエルフの里の方で知り合いまして、どうやらかなりの少数種族のようです」


「今まで表に出てきたことのない種族ということですか。エルフの里の方はまだ未開の森なども多くありますからな」


 そう言いつつもトロント氏は十分に納得しているという顔でもない。が、そこは商会の会頭、事情を察してそれ以上のことは追及してこなかった。


 その後、王都近郊までは特になにもなく旅を続けることができた。


『ソールの導き』式野営を体験したトロント氏は、「風呂など王都でも毎日入れるものではありませんぞ」と感心し、ダンジョン産の食材をふんだんに使った料理に「これほど贅沢な料理は貴族でもそうそう口にできませんな」と感動し、フレイニルの『結界』やシズナの『精霊』による警備、そして充実の寝具セットを見て最後には「こんなにも快適な旅がこの世に存在するとは……」と絶句していた。


 ちなみに『不動不倒の城壁』を見せたところ、顎が外れるほど口を開いて驚いていた。「商人としてこれ以上の品物を見ることは絶対にないでしょう」と口にした時のトロント氏の、なにか憑き物が落ちたような顔が印象深かった。

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