16章 王都騒乱  02

 さて、8人となった『ソールの導き』は、ひとまずエルフの里マルロを目指した。


 ゲシューラが蛇の尻尾でずりずりと滑るように歩く(?)のは俺たちとしてはすぐに慣れてしまったが、当然ながらすれ違うエルフたちは目を丸くして凝視していた。


 マルロの里にはすでにサランドル氏から前触れがいっていたようで、特に問題なく入ることができた。


 里のエルフたちも冒険者たちもゲシューラを見て一様に驚いた顔をするが、マルロの里で俺たちは『英雄』に近い扱いなので表立ってなにかを言ってくる者はいない。このあたり肩書の大切さが身にしみる。


 ちなみに冒険者の一部は、『ダークフレアドラゴン』の防具にも目を向けていた。


 里長のゴースリット氏に挨拶をして、ゲシューラも問題なく泊めてもらえる宿を紹介してもらって一泊。翌日エウロンに向けて出発した。


 エウロンまでは3日、やはりすれ違う旅人にじろじろ見られつつも何事もなくたどりつく。当然のことながら真っ先にバリウス子爵に話を通しにいかなければならない。


 もはや慣れてしまった子爵邸の応接室で、俺たちは子爵以下、青年家宰のローダン氏と元Aランク冒険者のエルフ『紅のアナトリア』と対面する。

 

「ソウシは毎回面白い話を持ち込んでくれるが、今回のはその中でも飛び切りの話だな。いや、メカリナンの件もあれはあれですさまじいんだがな」


 バリウス子爵は、俺に対しては完全に砕けた対応をするようになってしまった。もはや腹芸うんぬんというより完全に元冒険者という立場で接する感じである。


「しかし保護するために『黄昏の眷族』をパーティメンバーにするとはな。しかもゲシューラ殿が持ち込んでくれた話は真実ならば国を揺るがす話だ。ったく、こんなの伯爵にどう伝えろってんだ、ええ?」


 そう言いながらもバリウス子爵の目は笑っている。


「そのままお伝えいただくしかないかと思いますが……」


「くくっ、ソウシは真面目だな。ま、実際一緒に歩いている以上は誤魔化しようもないけどな。だが下手にコソコソするよりはいいのかもしれねえ。特に噂の『ソールの導き』が連れてるとなれば、公爵クラスでも手は出せねえだろ」


「そう願いたいところです」


「あとは国王陛下がどう対応するかという話だが、『黄昏の眷族』が攻めてくるって話になると北のアルデバロン帝国も口を出してくるだろうから、そこはまったく先が読めねえな」


「個人的にはゲシューラが政治的な道具にされるのは避けたいのですが、それは難しいでしょうね」


「そりゃ無理だな。ともかく面倒を避けたけりゃ『ソールの導き』の名をもっと高めるのが一番だと思うぜ。現時点でも十分以上に高いがな」


 子爵はニヤッと笑うのだが……この人はもしかして単に楽しんでるだけじゃないだろうか。


「ああそれと別件になるが、どうもフレイニル様のことをアルマンド公爵家が探り始めたみたいだぜ。例の魔法はくれぐれも見せないようにしておけよ」


「例の魔法」とは『神属性魔法』のことだ。しかもフレイニルはすでにその上位の『神霊魔法』まで身につけている。どちらも知られると面倒なことになるのは間違いない。


 俺が「注意します」と答えていると、当のフレイニルが俺を見つめて言った。


「ソウシさまが伝説の冒険者になればすべて解決すると思います。私はそのために自分の力を使いますので、どうぞ私のことはお気になさらないでください」


「いや、それは狙ってなれるものじゃないから……」


「くくくっ、伝説の冒険者か。確かにそうなればフレイニル様の件もゲシューラ殿の件もすべて解決するかもな。『黄昏の眷族』といい『悪魔』といい、それから『冥府の燭台』だったか? 色々とキナ臭い感じになってるからな。俺としても伝説の冒険者の出現に期待してるぜ」


 これ以上ないくらいに楽しそうな顔をするバリウス子爵に対して、俺は必死に『伝説の冒険者』になるつもりはないと強調するのだった。




 エウロンの冒険者ギルドでは、俺とフレイニル、ラーニ、スフェーニア、マリアネ、カルマは遂にAランクへと昇格した。シズナは条件付きBランクになった。


 もちろんゲシューラも冒険者登録をしたのだが、グランドマスターが相当強引な指示をしたらしくなんと条件付きBランク扱いという話になった。


 確かに『黄昏の眷族』自体の戦闘力はAランクを超えると言われてはいるが、いくらなんでも無茶な話である。


 恐らくは俺たち『ソールの導き』がAクラスダンジョンに入れるようにという配慮だろうが……当然裏にはなんらかの意図があるはずだ。


 エウロンではその後『エリクサーダンジョン』の可能性があるDクラスダンジョンに潜ってみた。ちなみに『将の器』スキルがいつの間にかレベルアップしていたので、結局ゲシューラも連れていくことになった。


 中ボスの宝箱からはやはり『エリクサー』が出たのだが、フレイニルやラーニ、スフェーニア、シズナはもうなんの反応もしない。マリアネはギルドに報告が増えたと言い、カルマはまだ大きな溜息をもらしていた。


 もっとも一番気になったのはゲシューラの「これなら我も似たものを昔作ったかもしれぬ」という言葉だったのだが……全員に緘口令かんこうれいを敷いたのは言うまでもない。


 なおゲシューラは『覚醒者』ではないので、最下層のボスを討伐してもやはりスキルを得ることはなかった。


 彼女の話によると『黄昏の眷族』は『覚醒』をすることがないらしい。その分素の状態で冒険者を超える力を持っているので、そこでバランスを取っているのだろう。だれが取っているのかは知らないが。


 その後エウロンを出発した俺たちは北上し、バートランを経由してロートレック伯爵の治めるバルバドザに至った。


「以前来たときより騒がしい感じがするのう」


「そうですね。人々の雰囲気がどことなく慌ただしい気がします。なにかあったのでしょうか」


 シズナとスフェーニアが言う通り、バルバドザの大通りは人が5割増しくらいになっているように見えた。旅装の者も多く祭りなのかと思ったが、人々の顔には妙に余裕がない。なにしろゲシューラを気にする者すら少ないのだ。


 伯爵への挨拶に先んじて冒険者ギルドに向かう。冒険者の数が少ないはずの正午過ぎだったのだが、ギルドには100人近くの冒険者がいた。


 マリアネが情報収集に奥の部屋に行くと、代わりにスキンヘッドの大男が近づいて来た。以前ともに伯爵の護衛をしたBランクパーティ『黎明れいめいの雷』のリーダーのガーレンである。


「ようソウシじゃないか。お前らも王都の応援に行くのか?」


「王都の応援? 済みません、来たばかりで情報を得ていないのですが、なにかあったのですか?」


「おっとそうなのか。実はここ数日、王都周辺に例の『悪魔』が連続で出るらしくてな。王都のギルドで高ランクの冒険者を招集してんだよ。ただこのバルバドザにも『悪魔』が流れてくる可能性があるから、俺らみたいな地元組はちょっと動けなくてよ」


「そんなことが……。では街に人が多いのも?」


「王都に行く商人とかが足止めくってんだ。今バルバドザじゃ宿は取れねえぜ」


「それは困りましたね。いざとなれば野営で済ませますが」


「ソウシのところは野営も快適そうだったもんな。ところでパーティメンバーが増えたみたいだが、まさかカルマもか?」


 呼ばれて虎獣人のカルマがやってくる。


「ガーレン久しぶりだね。実は『酔虎』が解散しちまってね。ソウシに誘われて『ソールの導き』に入ることになったんだよ」


「『酔虎』が解散? なんかトラブルでもあったのか?」


「いや、その『悪魔』のせいで皆故郷が心配になっちまったみたいでね。アタシ以外は地元の貴族様に士官するって話になったのさ」


「なるほど、話としちゃ分かる気がするな。しかしソウシのパーティは随分と派手になってるな。……ん? そっちのメンバーは見たことない種族だが……」


 ガーレンがゲシューラに気付いて目をすがめた。見ると少なくない数の冒険者がゲシューラを見てヒソヒソ話をしている。


「彼女はゲシューラ、やはりパーティの一員だ。珍しい種族だが気にしないでくれ」


「ああ、まあ同じ冒険者ってのなら気にはしないが……」


 ゲシューラについては、今のところは聞かれたら『珍しい種族』ということで押し通している。見る者によっては『黄昏の眷族』だと分かってしまうだろうが、幸いこの王国はもともと『黄昏の眷族』がほとんど現れていないので、はっきりと指摘できる者はいない。


「ところでさきほどの話ですが、私たちは王都に用事があるのでこのまま王都に向かうつもりです」


「なら依頼を受けてくといいぞ。護衛を求めてる商人とかもいるからな」


「ああなるほど、そういう需要もあるわけですね」


 と答えるが、ゲシューラのこともあるので護衛依頼は受けるつもりはない。


 そのまましばらく待っているとマリアネが戻ってきた。


「ソウシさん、王都周辺に『悪魔』が現れているというお話は聞きましたか?」


「ああ、さっきガーレンから聞いたよ。それでも俺たちは予定通り王都へ向かおうと思うんだが、なにか気になる情報はあったか?」


「いえ特には。ただ王都までの護衛依頼がいくつか出ているのですが、その中に『ソールの導き』を指名しているものがありまして」


「指名? 依頼主は誰だ?」


「トロント商会の会頭のトロント氏ですね。どうやら我々が来るのを待っていたようです」

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