16章 王都騒乱  01

俺たちが奥里アードルフを出たのは、結局それから2週間後だった。


 ダークフレアドラゴンの防具が完成するのを待っていたのと、サランドル氏が『悪魔』『彷徨する迷宮』について調べ終わるのを待っていたのと、二つの件があったからだ。


 防具については非常に立派なものが出来上がってきた。俺とカルマのものはいわゆるスケイルアーマーに近いもので、胸部や肩部には大きな鱗があしらわれていて非常に見た目がスマートなものであった。


 ラーニとマリアネのものは鱗を使ったプロテクターに近くこちらも見映えがいい。


 部分部分ミスリルが光る漆黒の防具は、4人で着て歩いていると非常に目立つ。アードルフでも俺たちが歩いていると住民のエルフが振り向くことが多かった。


 まあ滞在の最後の方では、肉を大量に納品してくれる冒険者ということで有名になっていたようではあるが。


 一方『悪魔』と『彷徨する迷宮』については、サランドル氏からいくつかの話を聞くことができた。とはいえ情報としては十分なものではなかったので、王都にてヴァーミリアン国王陛下に報告をしつつ、情報のすり合わせをする必要があるだろうとのことだった。


 新たに黄昏の眷族を討伐したこと、そしてゲシューラのこともあって一度国王陛下には会わざるをえない。自然と『ソールの導き』の次の目的地は王都と決まった。


 なおサランドル氏には『冥府の燭台』についても聞いてみたが、こちらは完全に不明とのことだった。


 出発の日、奥里アードルフの門で、スフェーニアの両親であるサランドル氏とアーランダ女史が見送りをしてくれた。


 スフェーニアが2人の前で一礼をする。


「お父様、お母様、それではふたたび行ってまいります。次にこちらに来るときにはAランクになっていると思います」


「はは、スフェーニアが活躍しているという話が聞こえてくるのを期待しているよ。それと僕たちが見られないものを色々と見てきて、その話を是非聞かせてほしい」


「くれぐれも身体には気を付けてね。冒険者だから危ないことはするなとは言えないけど、慎重に事にはあたるのよ」


「はい、心にとめて行動します」


 サランドル氏とアーランダ女史は一通りスフェーニアと言葉を交わすと、2人して俺の方に向き直った。


「ソウシ殿、どうかスフェーニアをよろしく頼むよ。今回『トワイライトスレイヤー』の称号をもらってしまったようだけど、ソウシ殿から見ればまだまだ未熟だろうしね」


「ソウシさん、娘をよろしくお願いいたします。この子はソウシさんのことをとても信頼しているようですから、側に置いて使ってやってくださいね」


「今後も彼女の力を頼りにすることは多いと思いますが、ご両親の大切な娘さんをお預かりする身として、またパーティを率いる者として彼女を守れるよう全力を尽くします。では、失礼いたします」


 俺は一礼して、皆を促してアードルフの門を離れた。


 スフェーニアが最後に両親と抱き合っている。


 その時アーランダ女史が小声で「私もサランドルもソウシさんなら文句はないから」と言っているのが聞こえたが……まさかなにか試されていたりしたのだろうか。


 まあお眼鏡にかなったという話なら気にすることでもないだろう。




 俺たちはそのまま、まずはゲシューラの住む森へと向かった。結局彼女にも2週間待ってもらう形になっていた。


「結局奥里ではそこまで大きな事件はなくてよかったな」


 歩きながらそんなことを言ったのは、オーズ、メカリナンと派手な戦いに巻き込まれたからである。それに比べれば今回は依頼を二つこなしただけで普通の冒険者として活動できた気がする。


 それに対してまっさきに「え~」と異議を唱えたのは狼獣人の美少女ラーニであった。


「ソウシにとってはもう『彷徨する迷宮』の攻略も『黄昏の眷族』を討伐するのも普通かもしれないけど、私たちはまだそこまで感覚おかしくなってないからね」


「そうじゃのう。わらわも行動している時は感じる間もなかったが、振り返ってみるとどちらも驚くしかない依頼であったのう」


 巫女姿の鬼人族シズナが黒髪をゆらしてうなずくと、ハイエルフのスフェーニアも同調する。


「ソウシさんが率いる『ソールの導き』でなければ、どちらも絶対に達成できなかった依頼だったと思います。特に『黄昏の眷族』であるゲシューラを説得するのは、一人で眷族を倒せるソウシさんでなければ不可能だったでしょう」


「知勇兼備のソウシさまだからこその偉業……しかし常人には偉業であっても、ソウシさまにとってはもう取るに足りない行いなのですね。常にはるか高みを目指すその志、さすがソウシさまです」


 金髪碧眼の元聖女候補フレイニルがまた俺に属性付与をしようとするので俺は慌てて弁解をした。


「いやまあ言われてみれば確かにどちらも難度の高い依頼だったな。皆の力があってこその依頼達成だから、リーダーとして今のは失言だった」


「どの国でもソウシは勲章をもらってるから、それに比べれば大したことないってのは分かるけどね」


「アタシなんてこのパーティに入ってから信じられないことばっかりで目が回りそうだよ。でもあのライラノーラとかいう女吸血鬼とか、黄昏の眷族とかと剣を交えられたのはホントにいい経験になったねえ。まさか『トワイライトスレイヤー』なんて称号までもらっちまうとは思わなかったけどね」


 虎獣人のカルマは両手を後頭部で組みながら楽しそうに言う。


 その言葉を聞いて、ギルド専属職員のマリアネがすっと俺に近づいてきた。


「ソウシさん、エウロンではまず冒険者ギルドに寄ってください。そこで全員昇格の話がでると思います」


「シズナ以外は全員Aランクになるということか?」


「はい。黄昏の眷族3人討伐と『彷徨する迷宮』踏破、それにオーズ国での活躍を考えれば当然かと。シズナも条件付きでBランクになるでしょう」


「そうするといよいよAクラスダンジョンにも行けるようになるということか。そういえば今回眷族を討伐したことで、また王家から褒賞をもらうことになるんだろうか」


「そうですね。エルフの里は自治が認められてるとはいえヴァーミリアン国の一部という扱いですので、ヴァーミリアン王家からの褒賞は当然出ると思います」


「そうか……。また面倒にならなければいいがな」


「ゲシューラを連れていく以上面倒は避けられないでしょうね。ギルドはグランドマスターが認めたので問題はありません。恐らく王家としてもゲシューラは重要な情報を伝えに来た要人という扱いにするでしょう。ただ問題は一般の人が受け入れられるかどうかです。そこはソウシさんが英雄的な働きをしたAランク冒険者という肩書で黙らせるしかありません」


「結局はそうなるか。あとはアーシュラム教会がどう動くかだな。『至尊の光輝』が攻略に失敗した『彷徨する迷宮』を俺たちが踏破して消滅させたとなると目の敵にされそうな気がするが」


「こちらからの接触は避けたいところですが、さすがに枢機卿以上に呼び出されたら無視はできないでしょう」


 正直なところ、アーシュラム教会関係の話は、王家や貴族以上に厄介な気がする。なにしろ彼らは世俗の理論だけでは動いていない集団だ。もっともこちらがAランク冒険者になれば、そこまで強引なことはしてこないとは思うのだが……


 森に入り、ゲシューラのログハウスに行く。


 すでに荷造りは終わっていたらしく、ゲシューラは例の『アイテムボックス』機能を付与した鞄だけを持ってすぐに外に出てきた。


「この家もせっかく作ったのだがな。すぐに出ていくことになるとは残念だ」


「これだけのものを一人で作れるというのもすごい話だな」


 ゲシューラもパーティメンバーになるとのことで、俺も口調は変えた。ちなみに彼女をダンジョンに入れるかどうかはちょっと悩み中である。『黄昏の眷族』は非常に強力な力を持つが、『覚醒』をしているわけではないのでダンジョンに入る意味はあまりないらしい。


「ねえソウシ、この家『アイテムボックス』に入るんじゃないの? 木をまるごと入れてたし行けそうだと思うけど」


「そうだな、試す価値はあるか」


 ラーニの無茶ぶりに俺が答えると、それを聞いてカルマが苦笑いをする。


「ソウシさん、そりゃ無茶ってもんじゃないのかい?」


「普通はそうだろうが、俺の『アイテムボックス』はレベル上限になってるようだからな……ものは試しだ」


 俺は『アイテムボックス』を発動する。普通なら直径50センチくらいの穴が空間に現れるのだが、今回は可能な限り大きな穴をログハウスの近くに開くように念じる。


 するとログハウスをまるまる飲み込めるほどの黒い穴が開いた。パッと見『異界の門』に見えなくもない。


「なんだこれは……。ニンゲンはこのようなスキルを使えるのか」


 ゲシューラが目を見開くが、さすがにこれは俺も少し驚いた。


 もちろん他のメンバーも驚いて……というかどちらかというと呆れ顔をしているようだ。


 俺は構わずログハウス少し持ち上げて、『アイテムボックス』の穴の方へ押し込んだ。怪力に加えて『不動』『安定』といったスキルが効果を発揮し、ログハウスは土台の地面ごとずりずりと滑っていき、穴の中に入っていく。


 結局ログハウスはまるまる『アイテムボックス』の中に納まってしまった。


「むう、なんという異能。ソウシは我が考えるよりはるかに面白いニンゲンのようだ。こちらの大陸でソウシに出会えたことは幸運であったのかもしれぬ」


「それはお互いさまだ。さてゲシューラ、悪いがその服装は少しマズい。上にこれを着てくれ」


 上半身は女性、下半身は蛇のゲシューラだが、ネックレスや腕輪など装飾品を多くつけている割に着衣は豊かな胸を覆うだけの布一枚である。


 ただでさえ目立つのでさすがに露出だけは減らしたいと思い、薄手のベストを買っておいたのだ。


「うむ……衣服はあまり必要はないのだが、ソウシが言うのなら着けよう」


「そうしてくれ。それと犬はどうしたんだ? 一匹もいないようだが」


 いつもなら家の周りにたむろしていた『黄昏の猟犬』が今日は一匹も見えなかった。


「猟犬は送還した」


「送還……?」


 俺が聞き返すと、それにスフェーニアが言葉を付け足した。


「送還ということは、もしかして『黄昏の猟犬』というのは召喚獣なのですか?」


「うむ。黄昏の眷族のみが呼び出せる召喚獣だ」


「召喚獣というのはなんだ?」


 この世界に来て初めて聞く言葉だ。まあ前世のゲーム内でよく聞いた気もするが。


「異なる世界にいるモンスターを呼び出す術ですね。一般人でもごく稀に使える人はいますし、冒険者でも『召喚』のスキルを持っていれば呼び出せます。もちろん冒険者の『召喚』の方が強力ですが、『召喚』スキル自体も非常に希少です」


「そんな技術もあるのか。いや、シズナの『精霊』のことを考えればあってもおかしくはないのか。そういえばアンデッドを召喚する道具もあったしな」


「ええ。しかし『黄昏の猟犬』が召喚獣というのは貴重な情報です。言われてみれば当然のような気もしますが」 


『黄昏の眷族』については多くのことが知られていないとは聞いていたが、俺が思うよりも謎が多いようだ。そういう意味でもゲシューラという存在は想像以上に重要なものになるのかもしれない。

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