15章 邂逅  22

「ソウシさま、あちらから強力ななにかが来ます。恐らく黄昏の眷族だと思います」


 表に出ると、フレイニルが空を指差しながら俺のところに来た。ほかのメンバーも集まってくる。


 遅れて家から出てきたゲシューラを見て、ラーニが俺に耳打ちしてくる。


「ソウシ、これってそこの黄昏の眷族の罠とかじゃないの?」


「いや、今来るのは彼女に対する追手らしい。すぐにここを立ち去れと言われたよ」


「それじゃすぐに逃げる? それともやっちゃう?」


 ちらとゲシューラの方を見ると、彼女は俺たちを無視して『黄昏の猟犬』を集め、追手を迎える準備をはじめていた。


「ゲシューラさん、追手には勝てそうですか?」


「わからぬ。相手の格にもよるが難しいかもしれぬ。もっとも負けたところで命までは取られぬはず」


「ゲシューラさんをさらいに来たということですか? 何のために?」


「レンドゥルムという者がいる。『黄昏の眷族』をまとめあげ、ニンゲンを平らげようと考える愚か者よ。そやつが我の力を欲しておるのだ」


「は……?」


 さらにとんでもない情報がゲシューラの口から飛び出してきた。


 俺ははっきりと襲いくるめまいに耐えながら、この場をどうすべきか考える。


 ゲシューラの今の言葉が真実ならば、彼女がさらわれるのは問題である。あの『アイテムボックス』技術が、人間を攻めようとしている勢力、それも『黄昏の眷族』に渡るのはあまりに危険だ。


 しかしなぜそんな重大な決断を急に迫られるのか。久々に悪運氏の意地の悪さを見た気がするな。


「ゲシューラを守る。全員準備をしてくれ」


「ええ~、ソウシって美人なら黄昏の眷族でも狙いにいくわけ?」


 剣を抜きながらラーニが冷たい目で俺を見る。


「さすがソウシさまで……す?」


「ソウシさん、そうなのですか?」


「グランドマスターに報告が必要ですね」


「ソウシ殿は豪気じゃのう」


「はぁ~、やっぱりそういう話だったのかい。アタシも狙われてたんだねえ」


「いやそうじゃなくてきちんとした理由があるんだ。それについては後で話す」


 恐ろしい冤罪をふっかけられたものだが……しかし黄昏の眷族を前にして余裕があるな、『ソールの導き』は。


「ゲシューラさん、我々も助太刀をします。追い払えばよろしいですか?」


「物好きな……。奴らは逃げたりはせぬし、恐らく追い払ったところで別のニンゲンを襲うであろう。討伐してしまった方がよい」


「分かりました」


 程なくして空に3つの影が現れた。一見すると翼の生えた人間だが、顔以外は全身鱗で覆われている。トカゲの尻尾のようなものも生えているのでファンタジーでよくある『竜人』みたいな種族だろうか。体型的には全員男のようだ。


 そいつらは近くまで飛んでくると、ふわりと地上に降り立った。


 3人のうち真ん中の者が一歩前に出てくる。身体が他の2人より一回り以上大きく、身長は2メートルを軽く超えている。側頭部から天に突き出た角は威厳を感じるが、その細い目には随分と冷酷そうな瞳が光っている。


「我が名はアーギ、絶対なる王の使者。ゲシューラ、レンドゥルム様の元へ馳せ参じよ」


 その巨躯の竜人型『黄昏の眷族』アーギは、俺たちには一瞥もくれずゲシューラに話しかけた。


「その話はとうに断った。愚者の道具に成り下がるつもりはない」


「よいのか? 従属か死か、それがレンドゥルム様のお考えだ」


「愚も極まれり。これ以上の問答は無駄だ」


「そうか、ならば死ね」


 アーギが手にしていた長柄の斧を構える。後ろに控えていた2人の『黄昏の眷族』もそれぞれ同じ武器を構えた。


 ゲシューラは命までは取られないはずと言っていたが、どうもそのレンドゥルムという黄昏の眷族はかなり冷徹な人物のようだ。


 俺は盾とメイスを構えつつゲシューラとアーギの間に割って入った。そうでもしないとこちらを認識してくれなさそうだったからだ。


「ゴミが」


 ようやく俺の姿が目に入ったのか、アーギは侮蔑のこもった声を吐き捨てる。


 同時に滑るように間合を詰めて斧の一撃。俺の首を盾ごと刈り取ろうとした斧が、『不動不倒の城壁』に阻まれて弾き返される。


 しかしその衝撃はなかなか凄まじかった。盾ごと吹き飛ばそうとしたのかもしれない。


「俺の一撃を防ぐだと? 卑小なニンゲンごときがッ!!」


 いきなり憤怒の形相になり、アーギが連続で斬りかかってくる。ザイカルと違って単純なパワーで押すタイプのようだ。


「全員殺せッ! ゲシューラもだッ!」


 俺が盾で受けとめていると、アーギが後ろの2人に指示を下した。これで全員が敵確定だ。


「魔法撃てっ!」


 俺が叫ぶと、すでに精神集中を終えているフレイとスフェーニアとシズナが魔法発動した。


 空中へと飛び上がった『眷族』一人に炎の槍がダース単位で殺到する。それをひらりとかわそうとした『眷族』だが、直上からの2本の『聖光』を浴びて動きがとまり、10本以上の槍を食らって地上に落ちた。


 それでも立ち上がろうとする『眷族』に、ラーニとマリアネが『疾駆』で斬りかかっていく。


 もう一人はと思って目を走らすと、空中からゲシューラのもとへと高速滑空するところだった。ゲシューラは素手だ。さすがにマズいと思っていると、ゲシューラの手から稲妻が一閃、正面に迫った『眷族』を撃ちぬいた。なんと雷の魔法とは。


 雷の直撃を食らった眷族は、地上に落ちたものの斧を構えて立ち上がろうとしている。そこへカルマが走っていき、大剣の一撃を加えて吹き飛ばした。


「小癪なニンゲンがァッ! 貴様らなど我らに飼われるだけの存在なのだッ!」


 アーギは相変わらず斧を振り回して俺の盾を叩き続けている。『切断』や『重爆』、そして『翻身』に似た力を持っているようだ。確かに凄まじい連撃で、俺も盾で受けつつ少しづつ押されてはいる。一撃一撃があの巨大『悪魔』なみの突進力をもっていそうだ。


 しかしただ力押しだけなのか、と思っていたら、アーギはいきなり飛び上がり、上空で高速移動して俺の頭上を越え、背後に回り込みながら斧を振り下ろしてきた。


「死ねッ!!」


 なるほど空中での瞬発力が隠し技か。


 俺は振り向きざまにメイスを振り上げ、最大威力で『衝撃波』を放つ。『超爆』スキルで威力が上乗せされた不可視の力が、アーギを木の葉のように吹き飛ばす。


「ぐぼはァッ!?」


 アーギは放物線を描いて吹き飛んでいき、森の中に落下していった。口から血を大量に吐き出していたのでさすがにただでは済まないだろう。


 振り返ると、ラーニとマリアネがさきほどの『眷族』を翻弄しながら戦っていた。2人の超高速の連携には、さすがの『眷族』もまったくついていけてない。


 何発目かの鏢を食らうと『眷族』の動きが固まった。マリアネの『状態異常付与』による『麻痺』だ。ラーニのミスリルソードが銀光を閃かせると、『眷族』の首が宙を舞った。


 もう1人の『眷族』とはカルマががっちりと切り結んでいた。単純な力は『眷族』の方がありそうだが、剣技では互角に近く、反応速度ではカルマの方が上のようだ。さすがにネコ科の獣人族の身体能力はすさまじいと言いたいところだが、『眷族』は先の雷魔法のダメージもありそうだ。


 しかし格闘戦なので魔法での援護が難しい。スフェーニアたちも手をだしあぐねているようだったが、ここでシズナの『精霊』が動いた。一部金属化した岩人形が左右から走っていき、捨て身の動きで『眷族』を無理矢理抑え込む。


「もらったっ!」


 カルマの大剣が大上段から振り下ろされ、『眷族』は袈裟に斬られて地に倒れ伏した。戦士の戦いとしては卑怯な気もするが、俺たちは冒険者だ。


 さてアーギはどうなったか。


 吹き飛んだ方を見ると、木の間から巨躯の『眷族』が歩いてくるところだった。


 背の翼が折れているのでもう飛べないだろう。斧も失っていてもはや死に体な気もするが、その瞳にはまだ強い怒りと侮蔑の意志が見える。


「なんだ貴様はァ……、ニンゲンごときが黄昏の眷族たる俺をここまで追いつめるなど……やはり貴様らは生かしてはおけぬ……ッ」


「互いに関わらなければいいだけだと思うが」


「黙れぇ……貴様らは我らの家畜に過ぎぬのだ……ッ。思い上がるな……ァ」


 言葉が流暢なのでゲシューラのように話が通じるのかと思ったが、どうも中身はザイカルのように理解し合えないタイプのようだ。


「ならどちらが上か決着をつけよう。来い」


 俺はメイスと盾を『アイテムボックス』にしまい、素手でファイティングポーズを取った。別に正々堂々と戦おうなどと思ったわけではない。単に素手の相手にメイスを叩きつけるのが嫌だっただけだ。


 しかしそんな俺を見て、アーギは牙を剥きだした。まさに怒髪天といった表情だが、そういえば煽った感じになってしまったな。また後でラーニにからかわれそうだ。


「家畜風情がどこまでも俺をコケにする……ッ。まずは死ねッ、そして死ねッ!!」


 アーギが走りながら腕を振り上げる。鋭い爪が俺の喉元へと走る。スピードも威力も申し分ない。


 しかし俺はその腕を左手でつかんで握りつぶすと、右の貫手をアーギの心臓あたりに叩きこんだ。指先に硬質な感触。俺はその魔石をつかむと一気にアーギの胸から引き抜いた。『黄昏の眷族』は魔石を奪わない限り生き返るという話を今思い出したのだ。


「ごぼぁ……」


 アーギの巨躯が崩れ落ちた。


 しかし会ったばかりの相手と殺し合いをしてもすっかりなにも感じなくなってしまったな。


 もっとも躊躇ちゅうちょすると仲間に害が及ぶ可能性もある。これは必要な事だと思うしかないだろう。

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