15章 邂逅 21
ログハウスの中は、意外なことにいろいろな道具や本が雑然と置かれていた。
『黄昏の眷族』についてはその生態や生活様式はほとんど不明だそうだが、ゲシューラの
「ニンゲン用の椅子などはない。適当に座れ」
ゲシューラ自身はソファのようなものに長い身体を横たえた。上半身だけは起こしているので、それが彼女の座る姿勢ということか。
俺が床にあぐらをかくと、ゲシューラは話を始めた。
「さて、まず我がここに居を構えた理由を聞きたいのだったな」
「はい」
「簡単に言えば、我は平穏を求めてここに来た。『黄昏の庭』……我ら黄昏の眷族が住まう島の名だが、そこがいささか住みづらい場所になってしまったのでな」
「平穏を求めてということは、周囲の人間とは
「無論だ。もちろんそちらから仕掛けてくるなら別であるが、こちらからなにかをなすつもりはない」
「しかしこちらに住むにしても食料などはどうするつもりなのですか。人間と交流を持たなければ、確保は難しいと思いますが」
「ふむ……」
ゲシューラはしばし瞑目した。
彼女がここに住むとして、人間と同じような文化的文明的な生活をしているのであれば、当然色々なものが必要になるはずだ。しかし彼女が人間のルールの中でそれを手に入れるのは難しいだろう。そもそも黄昏の眷族と取引しようなどという人間がいるとも思えない。
「確かにそれはいつかは問題となるところだ。無論略奪をしようなどとは考えてはおらぬ。我がいくら強いとはいえ、数に勝る人間に勝てる道理はない」
「そうでしょうね。こちらに渡ってきた黄昏の眷族のうち、暴れたものについてはほぼ討伐されているようですので」
「好んでこちらに渡る黄昏の眷族はおかしなものが多いゆえ当然であろう。我をそのような手合いと同じに考えてもらっては困るが」
「肝に銘じましょう」
これは面白い話を聞いたな。
『黄昏の眷族』というと皆ザイカルのように話の通じない狂戦士なのかと思っていたが、実は黄昏の眷族側でも特異な存在だったとは。
「ふむ……。そなた、ソウシといったか。ソウシは我を恐れておらぬ気がするが違いないか?」
「ええ、話が通じるのであれば恐れる必要はありませんから。それに私自身も黄昏の眷族に匹敵するほどの力を持っていますので」
「ほう」
ゲシューラが目を細めて俺の全身を舐めるように見回した。
下半身は蛇ではあるが、上半身は間違いなく褐色美女と言っていい女性である。縦長の瞳孔に爬虫類感があるとはいえ、美女にジロジロと眺められるとどうにも居心地が悪い。
「……なるほど、それで我を前にしても落ち着いているのか。だが対等に話ができる相手がいるのは助かる。話を戻すが、食料などについては我も悩んでいるところだ。近くにニンゲンの集落があったが、そこと取引をすることは可能ではないのか?」
「問題が二点あります。一点はこの大陸の人間が黄昏の眷族を非常に恐れているということです。ゲシューラさんの存在を知れば、討伐しようと言い出す人間は必ずでてくるでしょう。もちろん取引をするのも難しいということになります」
「やはりそうか。もう一点は?」
「ゲシューラさんはなにをもって取引をするのかという点です。食料などを得る対価としてなにを用意しているのでしょうか」
「それについては我の力や技術を貸すということを考えていた。モンスターなどを駆逐することもできるし、我が魔法もニンゲンにとって有用なはず。我の作る魔道具も珍しいものであろうしな」
「なるほど……」
なんとも難しい話になってきたな。しかしその辺りは一介の冒険者では解決のしようもない。とりあえずスフェーニアの父上のサランドル氏に報告をして、どう対応するか検討してもらうしかない。
「わかりました、その旨を街の代表者に伝えてみましょう。ただ最悪の場合、ゲシューラさんを追い出すという話になる可能性もあります」
「それは困る。例えばこれなどは――」
ゲシューラは尻尾を器用に使って、近くにあった学生鞄のようなものを手元に引き寄せる。
「――ニンゲンのいう『アイテムボックス』なるスキルに近い特性を持つ鞄なのだが、欲しがるものは多いのではないか? 我はこれを作ることができるのだが」
ゲシューラは鞄を開いて、中からいくつかの肉の塊や穀物の袋のようなものを取り出した。床に並べられた荷物は、明らかに鞄の容量の10倍以上の量がある。
なるほど本当に『アイテムボックス』の力を持つ鞄のようだ。確かにこれがあれば便利だ……いや、これはそんなレベルの話ではない。
『アイテムボックス』機能つきの鞄など、恐らく世に出したら恐ろしい騒ぎになる。なにしろ流通に絶大な影響を与える道具である。下手をすると世界のありようにすら変革をもたらすだろう。しかもゲシューラはそれを「作れる」と言ったのだ。
あまりに衝撃的な話に、俺は軽いめまいを感じてしまった。
「……それは確かに素晴らしいものですが、かえってゲシューラさんを危機に陥れるものになるかもしれません。あまりに有用性が高すぎて、力のあるものがこぞって欲しがるでしょうから」
「ふむ、やはりニンゲンも同じか」
「人間も、ということは黄昏の眷族も、ということですか?」
「そうだ。優れた技術を持つゆえに、我は『黄昏の庭』にいられなくなったのだ。我が力を無理に欲するものがいたゆえな」
「なるほど……」
「ソウシ、なにか来るよ!」
そこで聞こえてきたのは、ラーニの切迫した叫び声だった。
同時に聞こえてきた唸り声は『黄昏の猟犬』のものだろう。『気配察知』によると3体のなにかが近づいてきているようだ。
俺が立ち上がると、ゲシューラも合わせて起き上がった。彼女が眉間を厳しく寄せているのは近づいて来る者の正体を知っているからだろう。
「追手に嗅ぎつけられたようだ。お前達は急ぎここを離れよ。黄昏の眷族同士の面倒にニンゲンが関わることはない」
俺はそのゲシューラの言葉に聞き捨てならない情報が含まれているのを感じつつ、家の外へと向かった。
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