15章 邂逅  23

「そなたたちは恐ろしく強いな。黄昏の眷族3人をこの人数で倒すなど、およそ我の知るニンゲンの能力を大きく逸脱しているのだが」


 無表情だったゲシューラも、今の戦いには多少驚いたような表情を見せた。


「う~ん、でもあの大きいのはともかく他の2人はそれほどでもなかった感じ? ライラノーラの方が遥かに強かったし」


 ラーニの言葉にカルマも「確かにねえ」とうなずく。


「ライラノーラ、その名は聞いたことがある。深淵に潜み、最古の摂理に従う悠久の住人。選ばれたニンゲンに力をもたらすとか」


「ライラノーラは黄昏の眷族の間でも知られているのですか?」


「いや、ほとんどの者は知るまい。しかし今の口ぶりだとそなたたちはライラノーラと戦ったということになるが」


「すでに2度戦っています。恐らくまた戦うことになりそうです」


「ふむ、興味深い話だ。そなたたちの力はそれゆえということか。しかしソウシよ、それをふまえてもそなたの力は尋常ではないな。アーギは『黄昏の眷族』でも上位に近い者。それを苦もなく一蹴するとは、いったいどのようなニンゲンなのだ?」


「どのようと言われましても、冒険者として鍛えているというだけでそれ以上ではありません。ただ多少、鍛錬の効率がいいというばかりで」


「ふぅむ、それも興味深い……」


 そう言ってゲシューラはまた舐め回すように俺を見る。どうも蛇に狙われたカエルになった気分である。


 俺が少し固まっていると、スフェーニアがゲシューラに声をかけた。


「ところでゲシューラさん、さきほどの使われた魔法は雷の魔法でしょうか?」


「む? そうだ、我が作り出した雷魔法だ。なかなか強力であろう?」


 そう答えるゲシューラの顔が少し得意そうなのを見て、俺は彼女に微妙に親近感を覚える。


「作る、ですか? ゲシューラさんは魔法を作れるのですか?」


「うむ。様々な属性魔法に精通すれば、それらを組み合わせてまったく別の属性魔法を生み出すこともできるようなる。重要なのは混ぜるのではなく、融合させること、そして自然の摂理を知ることだ。と言っても一朝一夕では不可能だが」


「混ぜるではなく融合、自然の摂理……深く聞いてみたいものです」


「覚えたければ教えてやらぬでもないぞ。もちろん対価はもらうが」


「なにが必要でしょうか」


「食料だな。定期的に食料を手に入れたい。いやその前に住む場所か。アーギが来たということは場所を移さねばならぬ」


「それは……難しいですね」


 スフェーニアは眉を寄せて沈黙した。


 確かに黄昏の眷族であるゲシューラが、人間の住まう大陸に定住するのはかなり難しいだろう。もちろん人里離れた山奥などであれば住むことはできるだろうが、そうすると食料の問題は避けて通れない。最悪彼女なら狩猟採集で食っていくことも不可能ではないだろうが……


 ともかくゲシューラについては俺たちでどうこうできる案件でもない。一度奥里アードルフに戻って報告をするしかないだろう。




 とりあえずすぐに次の追手が来ることもないだろうということで、ゲシューラはそのままにして俺たちはアードルフに戻った。


 スフェーニアの実家に戻り、彼女の父サランドル氏にあったことを報告した。


 ただしゲシューラが『アイテムボックス』付きの鞄が作れることは言わなかった。申し訳ないが、これはかなり危険な情報なのだ。ゲシューラにとっても、そしてエルフにとってもである。


 サランドル氏は終始目を見開いて報告を聞いていたが、一通り聞き終わると目をつぶって「んん……」と唸り始めた。


「……『黄昏の眷族』が奥里の森に居を構えるとは、想像をはるかに超える話だね。しかもその人物は『黄昏の眷族』の間でもかなりの重要人物で、さらに黄昏の眷族に王がいてこの大陸を狙っている可能性がある……。さすがの僕でもついていけない話だよ」


「私も正直驚いています。ただ彼女は追手が来た以上別の場所に移動するつもりのようですので、アードルフとしては対応はそこまで必要ないかもしれません」


「そうだね。正直僕たちに『黄昏の眷族』を相手にする力はないし、それはありがたいことかもしれないね。エルフの冒険者を集めれば不可能ではないだろうけど、わざわざ手をだすメリットもない。ただ問題は黄昏の眷族の王の話だよね。これはすぐにでもヴァーミリアン国王と周辺国にも知らせないといけない話だ。特に黄昏の眷族が攻めてくるなら北の帝国は矢面に立つことになるだろうから、知らせないのはマズいね」


「そちらは恐らく冒険者ギルド経由で伝わるかと思います。問題はその情報の詳細を知るために、ゲシューラをどうこうするという話が出るのが個人的には気になりますね」


「ああ、まあ王国も帝国も、そんな話を聞いたらゲシューラという人物を情報源として手に入れようとはするだろうねえ。逆に言うとその方が彼女にとっては安全かもしれないけどね」


 確かに国にかくまわれるというのは処世術としてはなくはない。しかし黄昏の眷族であるゲシューラが人間の国でまっとうな扱いを受けるとは考えにくい。仮にヴァーミリアン国王や帝国の皇帝がそれなりの人権感覚をもっていたとしても、国として実際にどう扱うかは別問題である。


「とにかくこの件は一度『聖樹のうろ』に上げて急ぎ検討してみるよ。その人物が出ていくというなら、特になにもしないという結論にはなると思うけどね」


「分かりました。ゲシューラは一週間をめどに動くつもりのようです。次にどこに行くつもりなのかは分かりませんが」


「そのあたりは聞いておかない方がむしろいいかもしれないね。あまり深く首をつっこむとソウシさんたち『ソールの導き』自体も国からつつかれるようになるかもしれないし」


「情報を聞かれるくらいなら構わないといえば構わないのですが。ヴァーミリアン国の王家とはすでに縁を結んでしまっているところなので、どちらにしろ避けられないでしょうし」


「ああ、スフェーニアから聞いたよ。エリクサーで王妃の命を救ったそうだね。……ん~、それならいっそのことゲシューラという人物も冒険者にしてしまうのはどうかな。『ソールの導き』のメンバーにしてしまえば、それこそ国にどうこうされるのも防げるんじゃないのかい?」


「は……いや、それは……どうなのでしょうか。そもそも黄昏の眷族を冒険者にするなど前例もないと思いますが……」


 サランドル氏の提案は半分冗談なのだろうが、それでも冗談として聞き流すには無視できない部分もあった。ゲシューラがどこに行くにしろ、その存在が確認されてしまった以上彼女は人間からも追われる身になるだろう。それを考えれば、あえてゲシューラの身を表に出すというやり方もバクチに近いがありと言えばありである。


「彼女はわざわざ危険を冒して我々に黄昏の眷族の侵攻計画を知らせてくれた……そう言って恩を売っておけば、さすがに国も変なことはできないと思うんだよね。その上で各国で英雄となりつつあるソウシさんが身元を引き受けてるとなれば、よほどのことがないかぎり誰も手を出せないと思うよ」


「なるほど……」


 俺はうなずきつつ、ギルドの専属職員であるマリアネをちらと見た。マリアネは俺の言いたいことを察してくれたのか、少し考えてから答えた。


「ギルドの規約上、黄昏の眷族を冒険者にできないということはないと思います。問題はギルドマスターが認めるかということですが、恐らくグランドマスターに問い合わせれば喜んで許可するのではないかと思います」


「国と関係が悪くなる可能性もあるのにか?」


「面白いことには目がない人ですので。むしろゲシューラを自分の手の内に入れたいと考える可能性の方が大きいと思います。もちろん我々にすぐに本部に来いと言うかも……いえ、それ以前にマスター自身がこちらに来てしまうかもしれません」


「そこまでなのか……」


 しかしどうにも困る話になってきたな。


 これはもう一度ゲシューラに会って、彼女自身がどうしたいのか聞く必要がありそうだ。


 もっとも俺たちがそこまで彼女にしてやる必要があるのかどうかはメンバーの意見も聞かないとならない。彼女を同行させるということは、再度追手と戦う可能性もあるということだ。それも合わせて確認をする必要があるが……聞くだけでまた「狙ってる」とか言われそうだな。

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