15章 邂逅  15

 翌日、俺たちは奥里の冒険者ギルドを訪れていた。こんな秘境にある都市にまでギルドがあるのは驚きではあるが、そういうものだと納得するしかないのだろう。


 冒険者ギルドの規模は子爵領であるエウロンのものと同程度であったが、これは奥里の大きさを考えると明らかに小さい。


 奥里周辺にはDクラスとCクラスのダンジョンが一つづつしかなく、しかも冒険者は基本的にエルフのみなので数が少ないというのがその理由らしい。


 もちろんそんなギルドに人族と獣人と鬼人族とハイエルフのパーティが入っていけばいやがおうにも目立つ。が、さすがにそれで絡んでくるような人間は皆無だった。これもエルフの穏やかな人間性のゆえだろうか。


 マリアネが奥の部屋に行き、しばらくして戻ってくる。


「まだ『聖樹の洞』からの依頼は来ていないようです。それ以外で特に変わった情報はないようですね」


「なら今日は予定通りドラゴンの鱗を扱える職人のところに行って依頼をしよう。時間が余るようならDクラスダンジョンに入ってしまうか」


「賛成。一週間くらいダンジョンに入ってないし、例の新しくできたダンジョンを調べる前に肩慣らしはしておかないとね」


 ラーニの言葉に他のメンバーも賛同する。


 俺たちはギルドを出て、スフェーニアの案内で武具の職人のところへと向かった。


 その工房は木造ではなく、石造りの3階建ての建物の一階にあった。石造りなのは火を使うからなのだろう、入り口に立つと中から熱気が漏れてくるのがわかる。


 スフェーニアが中をのぞいて声をかける。


「ランペート親方はいらっしゃいますか?」


「あい、おりますよ。おやおやこれはスフェーニア様じゃありませんか。冒険者になったと聞きましたが、もしかしてなにかお求めで?」


 奥からやってきたのは見た目30前後の男性だった。エルフとしては身体が大きく、かなりの筋肉質だ。ただ顔つきは職人というより商人っぽく、体格とアンバランスな雰囲気がある。


「実は『ダークフレアドラゴン』の鱗が手に入ったので、それで防具を造ってもらいたいのです。親方でないと扱えない素材だと思いますのでお願いをしたいのですが」


「ほうほう、『ダークフレアドラゴン』の鱗とは珍しいですね。そちらの方たちはパーティのメンバーですか?」


 ランペート氏が俺たちに気付いて不思議そうな顔をした。ハイエルフであるスフェーニアのパーティメンバーにエルフが一人もいないのだから当然か。


「『ソールの導き』といって、Bランクパーティになります。リーダーのソウシさんはBランクではありますが、すでにAランクを大きく超える実力者です」


「『ソールの導き』のソウシと申します。この度はよろしくお願いいたします」


 俺が頭を下げると、ランペート氏も合わせて頭を下げた。


「こりゃどうも。自分はランペートといいます。なにやら珍しい素材をお持ちとか。早速見せていただいてもよろしいでしょうかね」


「ええどうぞ」


『アイテムボックス』からドラゴンの鱗を2体分取り出す。


 大皿くらいの大きさの漆黒の鱗を30枚テーブルの上に並べると、ランペート氏は嬉しそうな顔をした。


「ほほう、こりゃすごい。『ダークフレアドラゴン』の鱗を一度にこんな数見たのは初めてです。これなら色々と工夫できますよ」


「考えているのは前衛用の鎧です。防御力重視のものを2着、軽量で動きやすいものを2着お願いしたいのです」


 というのが旅をしながらパーティで同意が得られた使い道である。防御力重視のものは俺とカルマが、機動力重視のものをラーニとマリアネが着けることになっている。


「そうですね。これだけの素材があれば胴だけを守るものなら4着作れそうです。ただし20日ほど頂かないとなりませんね」


「そんなに短期間でできるのですか?」


「ええ大丈夫です。今ちょうど前の仕事が終わったところなのでこいつにつきっきりになれますので。ところで他に珍しい材料は持っていませんか? 例えばミスリルが少しあるとより強力な鎧にできますが」


「ああ、それなら……」


 ミスリル系モンスターを倒した時に得られたミスリル玉を取り出して並べる。200個くらいあるだろうか。


「うは、こっちもすごいですね。かけらをこんなに集めるのは大変だったでしょう」


「ええまあ、そのあたりは色々ありまして……」


 よく考えたらミスリル系モンスターは防御力が高いので、普通のパーティだと1体倒すのも結構な労力である。『ソールの導き』の場合一回で大量に現れるモンスターを『神の後光』で弱体化して倒せるので、入手数は必然的に多くなる。


「ああ、そういえばインゴットも手に入れていました」


 レア宝箱から手に入れたミスリルインゴットを追加で並べると、ランペート氏の目が輝いた。


「うは、インゴットまでお持ちなんですか! これだけの素材を揃えてもらえればいいものができます。腕の振るいがいもありますし、この注文喜んで受けさせてもらいますよ」


「助かります。よろしくお願いします」


 どうやらようやくこれでドラゴン装備が手に入りそうだ。


 ただでさえ目立つ『ソールの導き』だが、これでますます目立つようになるだろう。ここまで来たら逆に徹底的に目立ってしまうのも処世術の一つとしてはなくもない。もっとも諸刃の剣なのも間違いはないのだが。




 その後俺たちはDクラスダンジョンに向かった。


 奥里アードルフから走って20分ほど、森にある10階層の大木型ダンジョンである。もちろん難易度的には何の問題もなく、踏破自体は4時間ほどで終わる。


 最下層付近に『アイアンピグ』という硬い皮をもつ大型の豚のようなモンスターが出現するのだが、それが肉をドロップするモンスターだった。カルマがパーティに入ってからザコの出現数が跳ね上がっているので3トンくらいの豚肉が手に入った。


 ちなみに5階の中ボス『マーダーツリー』は3体出現し、宝箱からは鉄、銅、銀のインゴットが出てきた。エルフは金属加工や彫金の技術に優れているそうなのだが、このダンジョンではその素材が出やすいようだ。


 最下層のボスは『サウザンドニードル』という巨大毛虫2体で、全員各種耐性スキルを新規取得、もしくはレベルアップさせた。


 アードルフに戻ってギルドに大量の肉を卸すと、その量に驚かれると同時にやたらと感謝された。やはり肉不足は深刻なようで、食にこだわりのあった日本出身だけに身につまされる思いがする。こちらにいる間は時々取ってきてもいいかもしれない。




 翌朝ギルドに行くと、行政府『聖樹の洞』から2つの依頼が来ていることが知らされた。


 事前に聞かされていた通り、一つは『新しくできたダンジョンの調査』、そしてもう一つが『森に住み着いた謎の存在の調査』である。


「ソウシさま、どちらの依頼を先にこなしますか?」


「そうだな、ダンジョンの調査を先にやってしまうか。大体予想はついているしな」


 俺がフレイニルに答える形でそう提案すると、ラーニが狼の耳をピクピクさせた。


「多分『彷徨するワンダリング迷宮ダンジョン』だよねっ。今回はさらに難しくなってると面白いね。その分いいスキルも身につくだろうし」


「その『彷徨する迷宮』というのは話には聞いておるが、わらわは初めてになるのう。最下層には吸血鬼が待ち構えているとのことじゃが、少し楽しみじゃの」


「アタシもこのパーティに入って初めて知った話だからねえ。そういうイレギュラーなダンジョンっていうのは腕が鳴るよ」


「ああ、そういえばシズナとカルマは初めてになるんだな。いつもの通りやれば問題はないはずだ。ただライラノーラ……ボスの吸血鬼は恐ろしく強いから注意してくれ」


 俺があの幻想的な女吸血鬼のことを思い出していると、スフェーニアが少し目を細めて言った。


「そう言えば、『至尊の光輝』もダンジョンの調査に来たと言っていましたね。すでに潜っているのでしょうか?」


「そうだろうな。ただ彼らがライラノーラに勝てるかというと少し難しい気がするんだが」


「私もそう思います。特にあの『血槍けっそう千舞せんぶ』という技はソウシさんのように飛び抜けた力を持つ冒険者でなければ防ぎきれないでしょう。彼らが彼女のところに到達してしまう前に我々が踏破しないと犠牲がでてしまうかもしれません」


「それにあいつらにスキルを取られるかもしれないっていうのもイヤだしね」


 ラーニは『至尊の光輝』に思う所があるようだ。もっとも彼らに対してなにも思うなというのも無理な話ではある。


「よし、今日はこのあとダンジョン調査に向かおう。マリアネ、手続きを頼む」


「承知しました。もう一つの依頼についても承諾するということでよろしいでしょうか?」


「もちろんそちらも受けるつもりだが、まとめて手続きしても大丈夫なのか?」


「指名依頼ですから問題ありません」


 そんなわけで俺たちはとりあえずその『新しいダンジョン』に向かうことにした。


 すでにギルドの方でも一度調査はしていて、アンデッドが出ること、1階はDクラス相当、2階がCクラス相当、3階がBクラス相当のモンスターが出るというところまでは分かっているようだ。


 以前潜った『彷徨する迷宮』の特性と一致するが、ダンジョンのクラスは上がっているので難度は前回に比べて上だろう。『至尊の光輝』を心配する前に、我々自身も注意が必要であるのは間違いない。

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