15章 邂逅  16

『新しいダンジョン』はアードルフの北にあった。広がる畑の中に農機具などを置いておく小屋が建っているのだが、そこがダンジョン化してしまったらしい。


 その小屋の近くにはテントが立っていて、エルフの兵士と冒険者、合わせて10名ほどが警備をしていた。


 俺たちが近づいていくと、警備の兵がスフェーニアに気付いたらしく敬礼をした。


「これはスフェーニア様、もしやこちらのダンジョンの調査にいらっしゃったのでしょうか?」


「はい、『聖樹の洞』の依頼で調査に参りました。なにか変わったようなことはありませんか?」


「は。昨日から『至尊の光輝』というパーティが出入りをしている以外は特になにもありません。モンスターが出てくる様子もないようです」


「わかりました。その『至尊の光輝』は今も入っているのですね?」


「先ほど入っていったところです。昨日は様子見だったようで、今日は本格的に奥に進むと言っておりました」


「分かりました、ありがとうございます。ソウシさん、どうしましょうか」


「中で会うと面倒になりそうな気もするが、ここで出てくるのを待っていてもいつになるか分からないからな。追いつかないように潜っていこうか」


「そうは言ってもアタシたちの方が早いからすぐ追いついちまうと思うけどねえ」


 カルマの言葉は確かにその通りではあるが、まあその時はその時だ。ボス部屋に7人で入るところさえ見られなければなんとかなるだろう。


「とりあえず入ろう。『至尊の光輝』のことより今は気を抜かないことを優先しようか」


「はいソウシさま」


「そうそう、あんな奴らどうでもいいわよ」


「いつもの通りで、ですね」


「こちらは依頼を受けていますので遠慮をする必要はありません」


「わらわは特に気を付けないとのう」


「ん~、楽しみだねえ」


 全員が返事をするのを見て警備の冒険者が少し驚いたような顔をした。7人パーティが珍しいからだろう。表向きは2パーティ合同という形を装うことにはしているが、どこまで誤魔化せるかは微妙なところだ。




 地下3階までは事前情報通りだった。1階からDクラスダンジョン相当のグールやスケルトンなどが出現し、3階でBクラス相当の『ヘッドレスソーディアー』が出てきた。


『至尊の光輝』が先行しているはずだが、ザコの出現数は通常通りのようだ。通常通りというのはカルマが加わった分前回より多いということで、『ヘッドレスソーディアー』は同時に5体出現する。


「『ソーディアー』が5体も出たら、普通のBランクパーティじゃ最悪全滅するんだけどねえ」


 と言いながらも、カルマも1対1ならかなり余裕をもって倒せる感じではある。『将の器』の効果もあるのかもしれないが。


『ソーディアー』を殲滅しながら進んでいくと、前方で剣戟けんげきの音が聞こえてきた。どうやらここで追いついてしまったようだ。


 通路の先で4人パーティが2体の『ヘッドレスソーディアー』と戦っている。


 金髪剣士のガルソニア少年と薙刀なぎなたを使う女武者が前衛で1体づつと戦い、後衛の魔導師少女が援護、僧侶風の少女が補助魔法を使っているようだ。


『ヘッドレスソーディアー』は正面から切り結ぶと手強い相手なのだが、前衛2人は十分に対応できているように見える。


 見ているとガルソニア少年が一体を切り伏せ、女武者もそれに遅れて一体を両断した。どうやらBランク相当の強さはあるようだ。


「ふ~ん、前見た時はひどかったけど結構やるようになってるわね」


 遠慮のないラーニの物言いだが、確かに前会った時はやっとCランクくらいの強さに見えたので、短期間でここまで強くなるのは普通ではないだろう。その辺りはやはり選ばれたパーティということか。


 彼らは戦いが終わるとその場で小休止を取りはじめた。よく見ると少し先に4階へ下りる階段がある。雰囲気としては、その先に下りるかどうかを決めかねているという感じである。


 俺たちが近づいていくと、『至尊の光輝』のメンバーがこちらに気付いて身構えた。俺の顔を認めると、ガルソニア少年は露骨に顔をゆがめた。


「また君たちか。まさか僕たちの邪魔をしにきたんじゃないだろうな」


「俺たちは奥里の行政府の依頼で調査に来ているだけだ。君たちに含むところはない」


「ふん。しかしそんな大勢で来なければならないレベルなら、この先に行くのはやめた方がいいと思うよ。この下はAクラス相当のダンジョンになっているはずだからね」


「それは理解している。次の階で出てくるのは『ヘッドレスアデプト』あたりだろう。君たちは勝てるのか?」


『ヘッドレスアデプト』の名を出すと、ガルソニア少年はじめ『至尊の光輝』のメンバーは少しひるむような表情を見せた。


「……ふん、僕たちなら問題ないさ。奥の手も用意してあるからね。それより君たちこそ気を付けた方がいいんじゃないのか」


「Aクラスまでなら問題ないのは確認済みだ。君たちが休むなら先に行かせてもらうが構わないか?」


 多分噛みついてくるだろうな、と予想はしていたが案の定だった。


 ガルソニア少年の青い瞳が侮蔑で濁る。


「ここまで僕たちの後をついてきて楽をしただけなのに、それを利用して追い越そうとは。いかにも下賤の考えそうなことだね」


「モンスターが減っていた感じはなかったけどな。だがそう思うなら、今度は逆に君たちが楽をできると考えればいいんじゃないか?」


「なにを……いや、確かにそれもそうか。ならば先に行くがいい。せいぜい僕たちの露払いをしてくれたまえ」


 その言い方になにか裏がありそうな感じを覚えたが、ちらと見るとラーニやスフェーニアが今にも一言言い出しそうな気配がある。ここはさっさと場を離れるのが先か。


「ならば先に行かせてもらう」


 俺はメンバーに目配せをして4階へ下りる階段へと向かった。『至尊の光輝』のメンバーの前を通り過ぎるとき例の女武者が軽く会釈をしてきた。


 同時に少し気になったのは、神官のような格好をした少女がフレイニルのことをじっと目で追っていることだった。年齢は十代後半に入ったところか。顔立ちは整っているのだが、どことなく軽薄そうな、ずるそうな目つきの少女である。彼女はフレイニルの顔を眺めたあとは、手にしている杖『聖女の祈り』を凝視していた。


 ただその場ではそれ以上のことはなく、俺たちは地下4階へと下りていった。




 4階で出現したのは予想通り首無し鎧戦士の『ヘッドレスアデプト』だった。同時に貴族の姿をした幽霊『バロンファントム』が現れる。


 前衛後衛合わせて10体近い出現数だが、もちろんこれは『ソールの導き』だからこその数である。


 嫌らしいのは『バロンファントム』が範囲系の魔法を使ってくることで、これは俺の盾でも防げない。ただ『誘引』で俺に攻撃を集中させられるので、後衛に攻撃が行くことは防げるはず……


 と思っていたのだが、霊体系モンスターは聖魔法に非常に弱いため、フレイニルの真聖魔法『昇天』で開幕と同時に『バロンファントム』は全滅してしまうことが分かった。どうも新しい杖の『聖女の祈り』でフレイニルの対アンデッド力は恐ろしく上昇したようだ。『バロンファントム』はBランク相当のモンスターだが、5体前後を一瞬で全滅できるのはすさまじい。


 一方で『ヘッドレスアデプト』については俺が本気を出せば一瞬で鉄くずに変えることができる。一応ラーニやマリアネ、カルマら前衛組にも戦ってもらったが、1対1だとちょっと押される感じだ。Aランクの『紅のアナトリア』ですら倒すのに時間がかかっていたし、本来は1体相手に複数でかかるモンスターなのだろう。

 

「ねえ、あいつらなんかすぐ後ろついてきてるんだけど、あれいいの?」


 4回目の戦闘の後、ラーニが後ろをチラチラ見ながらそんなことを言った。


 確かに『至尊の光輝』の4人が先ほどからずっと後をついてきているのだ。


「後をついてくるというのはさっき言った通りだから文句は言えないだろう」


「でもあいつら、このままだとこの階で一回も戦わないで済んじゃうわよ。それってマズいと思うけど」


「確かにな……」


 自分達がこの階で通用するかどうか、それを測ることなく先に進むのは確かに非常に危険なことである。ただそれを言って彼らが聞き入れるかというと……


「どうせ言っても聞きいれないでしょう。あの手合いは一度痛い目を見ないと理解できませんから、放っておいたほうがいいと思います」


 スフェーニアも同じことを思ったらしい。その冷ややかな態度にカルマも肩をすくめて同調した。


「気付いたときには手遅れなんだけどねえ。まあでもさっきの感じだとこっちの言うことは絶対に聞きそうにないね」


「5階に下りる前にこっちが休憩すれば勝手に先に行くんじゃない? どうせあの感じだとボス部屋に先に入りたがると思うし」


「ラーニの考えでいこう。とりあえず階段までは進もうか」


 その後戦闘をこなすこと5回、ようやく奥に階段が見える通路に出た。


 予定通り階段の前で小休止を取っていると『至尊の光輝』一行が軽い足取りでやってきた。ガルソニア少年は俺を一瞥いちべつして、口の端をゆがめた。


「なかなか激しい戦いだったようだね。君たちはしばらく休むといい。ボスまでは僕たちが先に行かせてもらう」


「そうしてくれ。ただしあまり無理はするなよ」


「君に言われるようなことじゃないよ。では失礼」


 どうやらラーニの言う通りになりそうだ。


 5階はさらにザコが強くなるはずで、そこで一回でも戦えば自分達では踏破できないダンジョンだと気付くだろう。


 問題は最初のザコ戦で致命的な事態になるかどうかだが、さすがにそれくらいは避けられると信じよう。


『至尊の光輝』が階段下に消えていくのを見送って、ラーニが呆れたようにはぁと溜息をもらした。


「本当にバカなんだねあいつら。さっきの戦いを見てれば、自分たちじゃ手に負えないって分かりそうなものだけど」


「あのオーズのものに近い格好をした女戦士は青い顔をしていたのう。大丈夫じゃろうか」


 シズナの言う「女戦士」はあの女武者のことだろう。確かに彼女は和風の出で立ちで、オーズのそれに近い。ともあれ彼女だけは危険に気付いていたのだろう。


 さてその後15分ほど待ってみたが、『至尊の光輝』が戻ってくる気配はない。


 フレイニルが心配そうな顔で俺を見上げてくる。


「ソウシさま、あの人たちは大丈夫でしょうか? 先に進んでいるのならいいのですが」


「彼らは思ったより強かったのかもしれないな。そろそろ俺たちも下りてみるか」


 俺はメンバーを促して5階へと下りていった。さすがに彼らが全滅しているとは思えないが……


 5階に下りてまず目に入ったのは、10メートルほど先にある大きな扉。


 墓石を模したその石の扉は、間違いなくこのダンジョンのボス『ライラノーラ』の部屋につながる扉に違いなかった。


「……まさかこんな構造になってるとは予想してなかったな」


 まさかボス部屋直通の階とは……俺はこの意地の悪い状況に、何者かの存在を感じずにはいられなかった。

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