15章 邂逅 14
奥里アードルフは、峠から見下ろした通りかなり活気のある街であった。とは言っても通りを行き交う者はほぼエルフであり、彼らの全体的な傾向もあってか雰囲気としては穏やかだ。
幅10メートルほどの石畳の通りの左右には木造4~5階建ての建物が並び、どの建物も1階部分は店になっていたり作業場になっていたりするようだ。2階より上は住居のようで、洗濯物が干してあったりして生活感はそれなりにある。
店先には興味をそそられる食材やアイテムなどが並んでいるのだが、まずは宿の確保が先だ。
「スフェーニア、まずは宿を取りたいんだがおすすめはあるか?」
「宿は取る必要はありません。私の家に泊っていただくつもりでしたので」
「この人数で押しかけて大丈夫なのか?」
「ええ。まずは家まで案内しましょう」
スフェーニアはエルフの貴族階級とも言うべきハイエルフなので、実家は立派な家なのだろう。しかしそこに冒険者がおしかけて本当に大丈夫なのだろうか。しかもリーダーはおっさんだし……という俺の不安をよそに、スフェーニアは通りを迷いなく歩いていく。
スフェーニアの家はどうやらこの街の中心にある3本の大樹の近くにあるようだ。俺たちは一番内側の通りのさらに内側に向かって歩いていく。
「ソウシさま、すごく大きい木ですね」
「そうだな。これほど大きな木は見たことがないな」
近くで見る大樹は、高さが100メートル近くはありそうな巨大なものだった。太さも日本のビルほどもある。俺が持っているファンタジーの知識だと『世界樹』みたいなイメージの木である。そう言えばスフェーニアは奥里にある行政府を『聖樹の
「スフェーニア、もしかしてこの3本の木が『聖樹』なのか?」
「はい? ああ、この木は確かに立派なものですが『聖樹』ではありません。『聖樹』というのはエルフの伝承に出てくる木で、実在しているかどうかははっきりしません」
「もしかしてこの木はただ大きいだけの木ってことなのか?」
「ええ、実はそうなんです。エルフというと一般的に森の民と思われているようなので、その印象を強めるためにこの木を街の象徴としたというお話もあります」
と言ってスフェーニアはいたずらっぽく笑った。なるほどエルフというのはイメージ戦略に長けた人たちらしい。
「さあ、こちらが私の家になります。どうぞ遠慮なくお入りください」
スフェーニアが指差した先にあるのは、貴族のお屋敷と言っていいような立派な家であった。もちろん手前には柵に囲まれた美しい庭園があり、色とりどりの花が咲いている。その庭園は公園として開放しているのか、複数のエルフがベンチに座って談笑などをしていた。
俺たちは門をくぐって庭園を通り過ぎ、そして4階建てのお屋敷の玄関前まで歩いていった。すると玄関の扉が開いて数名のエルフが迎えるように出てきた。
彼らの中に一際美形の男女がいる。精緻な
「やあスフェーニア、帰ってきたんだね。マルロにはしばらくいなかったみたいだから心配したよ」
とまず声をかけてきたのは丸眼鏡をかけた銀髪の美青年ハイエルフだ。それに続いて隣の銀髪美人ハイエルフがにっこりと笑う。
「お帰りなさいスフェーニア。元気そうでよかったわ。また少したくましくなった感じがするわね」
「ご心配をおかけしましたお父様お母様。私は問題なく冒険者を続けていますのでご安心ください。今はBランクになり、遠からずAランクに届くと思います」
「それはすごいね。アナトリアに並ぶのが目標だと言っていたけど、もう達成できそうなのは大したものなんじゃないのかな?」
「はい。しかしそれは私一人の力でなしえたことではありません。信頼できるパーティに出会えた幸運によるところが大きいのです」
「外の世界でいい出会いをしたのね。もしかして後ろの方たちがそのパーティの方たちなのかしら」
「そうです。パーティ名は『ソールの導き』、こちらがリーダーのソウシさんです」
スフェーニアの紹介を受けて俺は頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私は『ソールの導き』のリーダーをしております、冒険者のソウシと申します。スフェーニアさんには大変お世話になっております。この度は突然の訪問をお詫び申し上げます」
「やあやあ、そんなに固い挨拶をされると恐縮してしまうね。僕はスフェーニアの父でサランドルと言うんだ。こちらこそスフェーニアがお世話になっているようで、お礼を言わせてもらわないといけないね」
「初めまして、私はスフェーニアの母親でアーランダと申します。遠い所をよくおいでくださいました。まずは中でゆっくりとしていってください」
ご両親はにこにこと笑っているので、どうやら第一印象は悪く持たれないで済んだようだ。今まであまり意識したことはなかったが、よく考えたら俺はよそ様の大事な娘さんを複数預かる身なのである。エルフの奥里などという場所に来て気付いたのがそれというのも間抜けな話だが。
「なるほどなるほど、噂には聞いていたけど『悪魔』の出現とはねえ。それに『彷徨する迷宮』と『冥府の燭台』、ああ『黄昏の眷族』もか。僕が
奥里に来た理由や、それに付随して経験したことなどを俺が話すと、スフェーニアの父であるサランドル氏は興味深そうにうなずいた。
今いるのは屋敷の中の応接室である。応接室と言ってもかなり大きな部屋で、テーブルを囲むソファは10人以上が座れるゆったりしたものだ。
ソファに座っているのは俺たち『ソールの導き』7人とスフェーニアのご両親の9人。部屋にはそれ以外にメイド姿のエルフの少女が1人いてお茶などを出してくれている。
「ですので奥里にいらっしゃる歴史家の方などにお話を聞きたいのですが、紹介をお願いできますでしょうか?」
「ええ、そういうことなら問題ありませんよ。奥里で歴史に一番詳しいのは僕ですからね。スフェーニアもそのつもりでソウシ殿を連れてきたのでしょう」
サランドル氏はニコニコと楽しそうに言った。スフェーニアがいたずらっぽい笑みをもらしているのを見て、なるほどそういうことだったのかと納得する。
「それは大変ありがたいことです。ところでサランドルさんは『悪魔』についてはなにかご存知なことがおありでしょうか?」
「実は噂を聞いた時点で気になって調べ始めているところなんだよ。とりあえず『聖樹の洞』……というのはこの奥里の行政府のことだけど、そこの資料室から関係のありそうな書物はすでにいくつか拾い上げてはあるところさ。ただ有用な情報が得られるのは少し時間がかかるかな。1週間あれば一通りは目を通すことができると思うから、それくらい待っていてもらえれば話はできると思うよ」
「分かりました。しかし我々がこちらに長く滞在することは可能なのでしょうか?」
「許可証は長期滞在可能なものだったから問題ないよ。どうやらお話からすると『ソールの導き』は相当に腕利きの冒険者パーティのようだし、ゴースリットもこちらの事情を汲んで長期滞在許可を出したみたいだね」
と言ってサランドル氏は丸眼鏡を指で持ち上げた。人の良さそうなその目に一瞬だけ鋭い光が宿る。
見た目や話し方から察するのは難しいが、彼は間違いなくこの奥里の重鎮の一人だろう。ということはゴースリット氏から聞いた『奥里の抱える厄介ごと』にも関わっているに違いない。
「情報をいただくとなると対価が必要かと思います。1週間待つのであれば、その間我々もなにもしないというわけにもいきませんし、なにかお困りごとがあるなら対価として協力をいたします」
こちらから取引を持ちかけてみるとサランドル氏はうんうんとうなずいた。
「それは『聖樹の洞』としても助かるね。ああもちろん困りごとに関してはギルドを通して依頼とさせてもらうよ。その方が『ソールの導き』の、ひいてはスフェーニアの実績にもなるだろうし」
「ご配慮ありがとうございます。依頼がありしだいお受けします。奥里周辺のダンジョンも入ろうと思うのですが、それも問題はありませんか?」
「それはもちろん。ただ最高でもCクラスのダンジョンしかないからBランクのパーティだと物足りないかもしれないね。できれば食材……とくに肉に関してはできるだけここのギルドに卸してくれると助かるよ。奥里は慢性的な肉不足なんでね」
「えっ、お肉が食べられないの?」
「それは困ったねえ」
と反応するのはラーニとカルマの獣人コンビだ。確かに二人は肉大好きだからな。
「はは、お客様にはそれなりに出せると思うから心配はしなくて大丈夫だよ。ただいっぱい食べたいなら、ダンジョンで取ったものを直接こっちに持ってきてもらうと助かるかな」
「ねえソウシ、肉は『アイテムボックス』にいっぱい入ってるんだよね? それを料理してもらったほうがいいんじゃない」
「ラーニは心配性だな。サランドルさん、このあと私が持っている食材を出しますので我々の肉料理についてはそちらでまかなってください」
「そうしてもらえると助かるけど、ダンジョン攻略中とかに使うんじゃないのかい?」
「お父様、ソウシさんの『アイテムボックス』内には信じられないくらいの量の食材が入ってますから大丈夫です」
スフェーニアが自慢そうに言うと、サランドルさんは「へえ」と感心したように言い、母上のアーランダさんは「あらあら」と何かを察したように微笑んだ。
その後厨房に案内された俺は、『アイテムボックス』からダンジョン産の肉を大量に出した。実はラーニたちが肉が好きなので、肉に関しては基本ギルドへは卸してなかったりする。
ちなみに『王家の礎』ダンジョンでとれた『ティタノボア』の高級肉も出したのだが、厨房にいた料理人が目を輝かせていたのが面白かった。
「こちらの肉はお屋敷の皆さんもご賞味ください」
と言うとサランドル氏を初めその場にいた全員にすさまじい勢いで感謝されてしまった。そこまでエルフは肉に飢えているのだろうか。なんか前世のエルフと微妙にイメージが違うのだが、その分親近感がわくのも確かである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます