15章 邂逅  13

 翌日、俺たちはエルフの里マルロの北側にある『奥里への門』をくぐり、奥里アードルフへと向かった。


 奥里への道は深い森の中を通っていた。道というよりは単に森の中にできた踏み跡みたいな感じではあるが、迷うことがない程度にはルートができている。もっともハイエルフであるスフェーニアがいるのでもとから迷うこともないが。


 奥里アードルフまでは冒険者の足で2日かかるらしい。峠越えもあるということで一日目は山の登りにさしかかったあたりで一泊をすることになった。


 二日目に山を登り、特になにもなく峠まで登り切ると、そこには意外な景色が広がっていた。


「これがエルフの奥里……想像とは違いましたが、それでも不思議な雰囲気がありますね、ソウシさま」


「ああ、俺が想像していたのとも全然違うな。だがこれはこれで見ごたえがある景色だ。こんな里……というか都市が森の奥にあるというのはすごいな」


 そこは壮大な山脈にぐるりと囲まれた盆地になっていた。盆地といっても反対側は霞んで見えないほどに広い。その広大な盆地の大部分は畑や果樹園になっているのだが、真ん中あたりに巨大な樹木が3本、こんもりと盛り上がるようにそびえている。


 そしてその3本の巨木を中心に、正確な正六角形を描くように石畳の道が通っている。しかもその六角形の道は大中小の3重になっていて、頂点の部分に3つの六角形をつなぐ道が通っている。


 六角形の一辺は、一番外側のもので1キロくらいだろうか。道自体も馬車がすれ違えるくらいに広い。道の左右には木造で3~5階建ての建物がずらっと並んでいるのだが、一番外側の建物は高さが揃えられている上に強固な造りで、そのまま城壁の代わりになっているようだ。道には多くの人が歩いているので人口もかなり多いようだ。


 そう、今眼下に広がるエルフの奥里アードルフは、『エルフの奥里』という言葉からは想像するのが難しい、大規模な『都市』であった。


「奥里というのはエルフにとっては中心都市みたいな扱いの里だったんだな。勝手にこじんまりした隠れ里みたいのを想像してたんだが」


 自分の勘違いを正直に白状すると、スフェーニアは目を細めて笑った。


「ふふっ、そのように思われる方は多いようですね。エルフはそこまで里の話をしたりはしませんから仕方ないと思います。奥里という言葉も実はそういうイメージを狙っているところはありますから」


「実態を隠すというのは自衛を考えると有効な手段ではあるか」


「そういうことになりますね。さあ、あと少しです。里へと参りましょう」


 スフェーニアに促されて俺たちは峠を下りていった。




 山の斜面を下り、森を抜けて畑の間を通る道に出る。


 畑で作業をしているエルフたちを見ながら進んでいくと、壮大な城壁が近づいてきた。


 上から見下ろした通り、最外周の5階建ての建物がそのまま城壁になっているようだ。木造ではあるが造りは重厚で、強度は相当に高そうに見える。


 城門の扉はあまり大きくなく、縦に3メートル横に5メートルほどしかない。もっともこの地には徒歩以外で来る方法はなく、来訪者も多いわけでないのだからこれで十分なのだろう。


 門まであと100メートルというところまで来たとき、城門前で番兵となにか言い合っている冒険者パーティがいることに気付いた。


 その姿を遠目に見て、ラーニが露骨に嫌な顔をした。


「あのパーティってアレじゃない、『ナントカの光輝』とかいうイヤな奴らよね」


「『至尊の光輝』ですね。彼らは北の帝国に向かうという情報がギルドに来ていたと思います。なぜエルフの奥里に来ているのでしょうか」


 マリアネの言葉にカルマも眉をひそめる。


「『至尊の光輝』って、確か教会の肝入りだとかいってやたらと生意気な態度とってるパーティのことかい?」


「生意気かどうかは分かりませんが、アーシュラム教会が後ろ盾となっている『救世の冒険者』ですね。私たち『ソールの導き』とは過去に少しトラブルがありました」


「トラブル? なにがあったんだい?」


 カルマの問いにはラーニが答えた。


「あいつら街道の真ん中で『サラマンダー』と戦ってて、負けそうになったからって一般人の方に逃げて来たのよね。それでソウシが代わりにサラマンダーを倒したら、その手柄を横取りしようとしてきたの。ホントムカつく奴ら」


「そりゃまたヒドいね。冒険者の間じゃ実力はそこそこあるけど態度が悪いってもっぱらの評判だし、アタシが見た感じでもその通りな雰囲気だったねえ」


「ソウシさま、どういたしますか?」


 フレイニルが不安そうに見上げてくるが、正直どうしようもないだろう。


「そもそも俺たちは『至尊の光輝』と直接に関係があるわけでもないし、我関せずでそばを通り過ぎるしかないだろう」


「そうですね、私たちには関係がない人たちでした。無視して通り過ぎましょう」


 教会の関係者ということでフレイニルも思う所があるのだろうか。「関係ない」という言葉を言い聞かせるように口にした。


 俺たちはそのまま門の方に進み、なるべく『至尊の光輝』を見ないように距離を取りつつ通り過ぎる。


 無論その時に、『至尊の光輝』のリーダーであるガルソニア少年が苛立ったような声を番兵に叩きつけているのが聞こえてきてしまう。


「何度も言わせるな。僕たちは『至尊の光輝』だ。それを知って街に入れないというのなら相応の報いがあると分かっているのだろうね」


「許可のない者は何人たりとも奥里へは入れぬ。お引き取り願おう」


「許可はもらってあると言っているだろう。許可証も見せたはずだ」


「あれは奥里への門を通る許可証であって、奥里へ入る許可証ではない。その旨は里長から間違いなく説明があったはずだ」


「ここまで来て僕たちに野宿をしろと言うのか! 女性が3人いるのがわからないのか」


「こちらの関知するところではない。ダンジョンを調べるだけという名目で許可を取ったのならそれに従うがよかろう」


「なんだと……エルフとはそこまで野蛮なことを言うのか!」


 なるほど、『至尊の光輝』はどうやら里長ゴースリット氏が言っていた『新しくできたダンジョン』を調べに来たらしい。問題となっているのは奥里入場の許可をもらっているかどうかという話のようだが……やはり俺たちとは関係はないな。


 俺たちが門に近づくと別の番兵が2人やってくるが、スフェーニアの姿を見て直立不動の姿勢を取った。


「これはスフェーニア様、ようこそお帰りくださいました。こちらの方たちはどのような方たちでしょうか?」


「彼らは私が所属するパーティ『ソールの導き』のメンバーです。里長ゴースリットの許可もあります」


「拝見いたします……は、確かに『ソールの導き』7名、里への入場許可を確認いたしました。どうぞお通りください」


 番兵2人が敬礼をする。


 それを見てガルソニア少年がまた騒ぎ出した。


「待ってくれ、なぜそこのパーティが入れて僕たちが入れないんだ。どう見ても僕たちの方がランクは上だろう。おかしいじゃないか」


「ランクなど関係ない。彼らは許可を取っていて、お前たちは許可を取っていない。それだけだ」


「なぜ君はそんなに頭が固いんだ。この里にとってどちらが有益なパーティか、見定める気はないのか!?」


「有益……?」


 そこで反応したのはスフェーニアだった。万年氷のように冷たい瞳をガルソニア少年に向ける。


「その地の法に従えない人間が、その地にとって有益なはずがありません。貴方のような人間を奥里に入れることは未来永劫ないでしょう。ダンジョンを調べるというのなら勝手にしなさい。しかしこの里に入ることは許しません」


「君は何様のつもりだ。たかが冒険者にそのようなことを言われる筋合いは……!」


 ガルソニア少年はそう言って目を剥いたが、どうやらその時になってようやく相手が俺たちであると気が付いたようだ。


 途中で言葉を切り、なぜか俺の方を睨み始めた。


「どこかで見た顔だと思ったらまた君たちか。ならば話は早い。君たちからも僕たちがこの街に入れるように頼んでくれないか。君たちも冒険者なら僕たちがどういうパーティか知っているだろう?」


「済まないが俺たちはエルフの里の法に従うだけだ。そちらも冒険者ならば法には従うべきだろう」


「そんなのは言われなくても分かっている。だが何事にも例外というものがあると思わないか?」


「例外を決めるのは俺たちではなくこの街の人間だ。悪いが今回の件に関しては俺たちは力になれない」


 俺はそう言って、まだ何か言おうとしている少年を放っておいて、皆を門の方に促した。彼とはいくら話をしても平行線にしかならないだろう。


 年長者としては彼のような人間に理を説く義務があるのかもしれないが、それをするにもタイミングというものがあるはずだ。


 もっともそれ以前に、彼らとはこれ以上関わりたくはないのだが……そうはいかないだろうという予感があるのも確かであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る