15章 邂逅  09

 翌日は休みとした。


 シズナが『精霊大社』に顔を出すというので、大巫女ミオナ様にオーズを発つ旨を伝えてもらった。派手な見送りを、という話になったら全力で断ってくれとシズナには念をおしておいた。


 その翌日、俺たちは首都ガルオーズを発った。


 結局ミオナ様とセイナ、ほか50人を超えるお供の人たちに見送られてしまった。しかもどこで察知したのか『ガルーダモス』が迎えに来て、山脈を超えてヴァーミリアン国の南端まで乗せてくれた。正直なところ次にオーズに来るときが怖いのだが、シズナがいる以上また来ることにはなるだろう。


 さてとりあえずヴァーミリアン国に入り、トルソンで一泊したあとバリウス子爵のいるエウロンに入る。


 冒険者ギルドにいくとマリアネが、


「『ソールの導き』がエウロンに来ることがあったら優先して子爵邸を来訪してほしい、という通達がきているようです」


 とのことであった。


 色々以上、バリウス子爵に挨拶をしないという選択肢はない。こちらとしても俺がヴァーミリアン国でどんな扱いになりつつあるのかは知らないといけないだろう。


 子爵邸に行くとすぐに応接の間に案内された。いつもの戦士然としたバリウス子爵と若手家宰のローダン氏、そしてエルフの騎士『紅のアナトリア』の3人との対面になる。


「随分といろいろやらかしたみたいじゃねえかソウシ」


 子爵が初手から砕けた口調で来るのは腹芸無用という意味だろうか。


「今回は色々とお騒がせをしたかもしれません。ただ巻き込まれたという面もありますのでどうかご容赦ください」


「いや、別に気を悪くするような話でもねえよ。ただ色々と信じられない情報なもんでな。国王陛下もロートレック伯爵も真偽をかなり知りたがってる。一通り話してもらっていいか?」


「承知しました」


 オーズ国からメカリナン国にかけて、個人的なやりとり以外はそのまま隠すことなく話をする。特にオーズとメカリナンでは正式に褒賞をもらった、もしくはこれからもらう話なので誤魔化す意味はまったくない。


 3人はオーズ国での話は普通の態度で聞いていたが、『異界の門』の話になると身を乗り出してくるようになり、メカリナン国での話に至っては目を見開いていた。一緒にいる『ソールの導き』のメンバーたちが微妙に誇らしそうなのがくすぐったい。


 すべての話を終えると、バリウス子爵は頭をぼりぼりかきながら、はぁ、と大きなため息を吐いた。


「なるほど、情報は基本的にすべて真実ってわけだ。しかし『異界の門』ってのは……ローダン、聞いたことは?」


「いえ、寡聞にして存じません。こればかりは王家の古い史書にあたるしかないかと」


「そうか……。冒険者ギルドのグランドマスターも動くだろうしそっちの情報も待つしかないな。当面はそれよりもメカリナンの王位交代のほうがデカい話だ。王家も対応しなきゃならんだろうし、俺のところもぎりぎり国境を接してるから他人事じゃねえ。まあ一番慌ててんのはトラッケルト伯爵か」


「かの伯爵領はメカリナンとは商取引をしていますから色々とあるでしょうね」


「ちょっと面倒なことになりそうな気もするな。ソウシ、メカリナンの新しい王は無理矢理奴隷にされた人間は順次解放するって確かに言ってたんだな?」


「そのように聞きました。もともと先々代の国王は奴隷制を縮小するつもりだったそうです」


「なるほど。すると解放されたエルフや獣人も戻ってくる可能性があるわけか……」


「なにか問題があるのでしょうか?」


 俺が尋ねると、子爵はまた頭をかいた。


「そういうわけじゃねえんだが、ちょっとな。それよりソウシ、今回ばかりはやりすぎだ。さすがに王位交代の伴う内戦の立役者になっちまうってのはな」


「やはり警戒されてしまいますでしょうか?」


「そりゃな。一人で王都の城壁を落とせる人間なんて、歴史を紐解いても恐らく古の『英雄』くらいしかいなかろうぜ。しかもその『英雄』は王にまでなったって伝説だからな。権力者ならおっかない話だろうよ」


「そのような話もあるのですね。まあ自分としては王どころか領主にもなる気はないのですが」


「ウチとオーズとメカリナン、三国で叙爵されてもいいレベルの功績をあげながら、それを断ってるってことだから野心なしとは取ってもらえるだろうけどな。しかしお前に領地に来られた領主は気が気じゃないだろうよ」


「確かに……。なにか干渉されたりするんでしょうか?」


「まあウチの国じゃ王家がバックについたってのは一応周知されたから、せいぜい見張りがつくくらいだろ。ただアルマンド公爵と教会がなあ……」


 そこで子爵の口からかなり気になる単語が出てきてしまった。フレイニルがピクリと反応する。


「問題があるのですか?」


「公爵もさすがにフレイニル様が『ソールの導き』にいるということは知ったはずだ。その『ソールの導き』がこれだけ活躍したとなればなにもしないというわけにはいかないだろうよ。もしそんな有能な息女を追放したなんて噂になったら家名に傷もつくしな」


「なるほど……。教会のほうは?」


「例の『救世の冒険者』さ。そっちはそっちで結構頑張ってはいるみたいだが、正直ソウシたちの活躍の前じゃ霞むなんてレベルじゃないからな。もし世間が『ソールの導き』こそが『救世の冒険者』だ、なんて騒ぎ出したら教会もメンツが丸つぶれだろ?」


『救世の冒険者』とは、例のガルソニア少年率いるパーティ『至尊の光輝』のことだ。彼らが「頑張っている」ということならそれ自体は悪い話ではないのだが……


「確かに。公爵領には近づかないことと、王都では教会を避けるようにします。向こうから接触してきたらどうにもなりませんが」


「まあなあ。もっとも冒険者自体はギルドの規定で守られてはいるし、ソウシたちは国王陛下の後ろ盾もあるからな。向こうも下手なことはしてこないとは思うが」


「そう願いたいですね」


「で、ソウシたちはこれからどこに行くつもりなんだ? 王都に行くのか?」


「王都へはもう一度行くつもりですが、その前にエルフの奥里へ行きます。『悪魔』や『異界の門』、そして『冥府の燭台』について情報を得ようかと」


 そう答えると、子爵は背もたれによりかかって笑みを漏らした。


「お前らホントに真面目だな。冒険者が依頼でもないのにそんなことのために動くなんてのは聞いたことないぜ。なんつうか……まさか本気で『救世の冒険者』でも目指してんのか?」


「めっそうもありません。旅をするのに丁度いいきっかけになると考えたまでです」


「くくっ、今はそういうことにしておくか。しかしお前はいずれもっととんでもないことをしでかすような気もするな」


「それは避けたいところですね」


 と答えておくが、自分でもなにかするだろうという予感はなくはない。『悪運』スキルのこともあるが、メカリナンの一件もあってさすがに自分の力が政治的な意味を持つレベルになりつつあるというのも自覚しているところである。今後この力をどう使うか、それは俺にとっての大きな課題となりそうだ。

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