14章 魔の巣窟  23

 その後外にいたアンデッドを一掃して王都攻略戦は終了した。


 ジゼルファ王と王妃がとらえられるとその後は特に騒動が起こることもなかった。粛々と城内外の制圧は進み、昼過ぎまでには王都の全域が侯爵の支配下に入った。


 民衆には速やかにジゼルファ王の退位、そしてリューシャ少年の即位予定が伝えられた。リューシャ少年、ラーガンツ侯爵、ドゥラック将軍を中心としたパレードが即席で行われると、王都は一気に祝福ムードに包まれた。


 俺はさすがにパレード参加は固く辞退した。


 人があふれかえる中央通りを避け、冒険者ギルドへと向かう。


 ギルドのロビーにはほとんど人がいなかった。冒険者は討ち漏らしたアンデッドがいないかどうか見回りにいっているのだろう。


 受付嬢が俺の顔を見て、慌てたようにカウンターを出て近づいてきた。


「あの、ソウシさんですね!?」


「ええそうです」


「この度はありがとうございました!」


「なんでしょう? 礼を言われる覚えはありませんが……」


「そんなことはありません! 王都を解放してくれたんですから王都に住むほとんどの人がソウシさんには感謝していると思います」


「ああなるほど……。しかし私はただ侯爵軍に参加しただけですし、感謝なら侯爵にしていただいたほうが」


「いえいえ、『鬼神』の名はすでに兵士や冒険者の間では噂になってますから」


「『鬼神』、ですか?」


「はい! 一瞬で城門を突破し、無数のアンデッドを倒し、あっという間に王城を制圧した鬼神のような冒険者。そんな話がすでに広まってますよ」


 受付嬢の嬉しそうな言葉とは裏腹に、俺は内心面倒なことになりそうだと辟易へきえきする。しまった、こんなことなら顔でも隠して……は意味ないか。あのメイスと盾でバレバレだしな。


「それは困りましたね、外を歩くときは注意します。それよりギルドマスターにお会いしたいのですが」


「あ、はい。どうぞこちらへ」


 ギルマスの部屋に入ると、机の向こうで難しい顔をしていたダンケン氏が表情を崩しながら立ち上がった。


「おう、よく来てくれた、そしてよくやってくれた。どうやら俺は賭けに勝ったみたいだな」


「ご期待に沿えたようで安心しました」


「ウチの家族に関してもお前には礼をいくらしてもし切れん。これでようやく俺もギルドマスターとして責任のある仕事ができるようになった。色々と、な」


 ダンケン氏の言葉に含みがあるのは、家族を人質にされていたとはいえギルドマスターとして間違ったことをしていた後ろめたさがあるからだろう。もちろん組織人としては完全に処分なしというわけにもいかないはずだ。


「ご家族のことは本当にたまたまですのでお気になさらず。ところで少しお願いがあるのですが」


「おう、大抵のことなら聞くぜ。まだギルマスだからな」


「『転話の魔道具』でオーズのギルドにメッセージを送っていただきたいのです。オーズにいるパーティメンバーに無事を知らせたいので」


「ああ、そういやそんなこと言ってたな。もちろん今ならできる。なんて送ればいいんだ?」


「ソウシは無事。あと2~3日でオーズの国境まで行く、と」


「分かった、待ってな」


 ダンケン氏は部屋を出ると、10分ほどして戻ってきた。


「送っておいたぜ。ちょうどマリアネっていう職員が出て話が簡単に通じたわ」


「ああ、それなら安心です」


「皆心配してると伝えてくれとさ。メンバーからも信頼されてんだな」


「だといいんですが。それとこちらのスキルオーブの鑑定もお願いします」


「スキルオーブ? 『鑑定』持ちだから俺が見てやる」


 実は『リッチレギオン』からは久々にスキルオーブがドロップしたのだ。侯爵に話をしたらもちろん貴殿のものだと笑って言われた品である。


「ん~、おっとこりゃすげえ、『全属性魔法耐性』だとよ。かなりの上位スキルだぜ。どんなモンスターから落ちたんだ?」


「『リッチレギオン』ですね。城内で出現しまして自分が討伐しました」


「『リッチレギオン』!? Aランクでも上位のモンスターじゃねえか。なんでそんなもんが出てきたんだ?」


「ええ、実はそのことでちょっとお聞きしたいことが。ダンケンさんは『冥府の燭台』という名の組織や集団のことをご存じありませんか?」


 俺の質問にダンケン氏は太い眉をグッと中央に寄せて、「ふむう」と唸りだした。




「結局『冥府の燭台』についてはあまり情報は得られなかったのだな?」


 夕餉の食卓、対面に座る侯爵が切れ長の目を俺に向けてきた。


 今いるのは王城の食堂だ。他にリューシャ少年や他王都攻略に関わった貴族たちが同席している。自分以外は全員貴族なので居心地が悪いことこの上ないが、今回の戦の功労者ということで同席は半強制であった。


「ギルドマスターによると先の大戦が始まった直後くらいに存在が噂された集団のようです。アンデッドを使役していくつかの街や砦を襲ったり、逆に守ったりしたとのことでした。ただその目的も出自もはっきりはしていないとのことです」


「ふむ、そのような集団が今も存在して、ジゼルファ公に力を貸していたというのか。確かにジゼルファ公があれほどの数のアンデッドを扱えることは不自然ではあったのだ。だがそういった裏があるなら一応納得はできる」


「アンデッドに関しては、王都のBクラスダンジョンで『召喚石』が採取できるとのことですが、それだけでは足りないのですか?」


「大型のものはともかく、小型の『召喚石』自体は本来Fランクのモンスター2~3体を呼べる程度の効果しかない。だからこそジゼルファ公からアンデッドを大量に召喚する技術を手に入れたと聞かされた時は驚いたのだ。その技術に関してはまだ確認は取ってはいないが、恐らくそのイスナーニとかいう男が関わっているのだろうな」


「『リッチレギオン』を召喚したくらいですから、アンデッドの扱いには精通していると考えるのが適当でしょうね」


「うむ。しかしそのイスナーニが溶けて消えてしまったというのも興味深いな。『冥府の燭台』とやらが実在するとして、我々の知らぬ技術を持っているということか」


「そういうことになりそうです」


 そこでその話は一旦そこまでとなった。イスナーニが口にした『冥府の燭台』についてはヴァーミリアン王家や冒険者ギルドのグランドマスター、それとトロント氏などの商人の情報網などに当たってみるのもいいかもしれない。しかし『冥府の燭台』はもとより『悪魔』といい『黄昏の眷族』といい、この世界には不可思議な存在が多すぎるな。


 俺が少し考えごとをしていると、上座のリューシャ少年が声をかけてきた。


「ところでソウシさんは本当に明日王都を出られるのですか?」


「はい。私のこちらでの依頼は終わりましたし、急ぎパーティに合流をしなければいけませんので」


「この度の戦いにおいてもっとも功績のあったソウシさんには相応の褒賞をお渡ししたいのですが、その準備が整うまでお待ちいただくことはできませんか?」


「リューシャ様におかれましては、この後になさらなければならないことが多くあると思います。そちらを優先していただいて、私に関しては落ち着いた頃にお呼びいただければと思います」


「そのお心遣いはありがたく思います。分かりました、まずは自分のなすべきことをなそうと思います。しかし必ずお呼びしますので、その時にはよろしくお願いします」


「かしこまりました」


 というわけで、褒賞に関しては先延ばしで済むようだ。さすがに今回はかなりという自覚はあるので断るという選択肢はない。


「そういえばソウシさんはパーティと合流したら次はどこに行くつもりなんですか?」


「オーズからヴァーミリアン王国に入って、その後エルフの奥里へ向かう予定です」


「エルフの奥里ですか。いいな、僕も行ってみたいですね。なにか目的があるんですか?」


「はい、『悪魔』について調べようという話になっています。ついでに今回の『冥府の燭台』についても調べてみるつもりです」


 その言葉には侯爵も身を乗り出してきた。


「もし情報を得られたらこちらに来た際に教えてもらうことは可能か? 必要なら依頼という形にするが」


「ええ、なにか分かったらお教えします。メカリナン国にとっても重要な情報になると思いますので」


「ありがたい。エルフの奥里など普通の人間は入ることすらできないからな。確かソウシ殿のパーティにはハイエルフがいるのだったか」


「そうですね。冒険者という立場もあって調査には向いているかもしれません」


「ふむ……。『悪魔』といい『冥府の燭台』といいヴァーミリアン国に『黄昏の眷族』が現れたことといい、どうも世界が妙な方向に揺れ動いている感じがしてならんな」


 侯爵がそう言うと、食卓に並ぶ他の貴族たち神妙な顔で頷いた。


 改めて思い直してみると、確かに世界にとって重要そうな事象が立て続けに起こっている感じはする。しかも俺自身その渦中にいる率が非常に高い。であれば今後なにかがさらに起こるとして、俺が関わる可能性は非常に高いだろう。自意識過剰と言われようとも、今までの経験からそれは必定と思われるのだ。


 食事の場が妙に重苦しくなってきたところで、リューシャ少年が顔を上げた。


「そうなると国を超えて協力しないといけない事態も出てくるかもしれませんね。そのためにも一刻も早く国を立て直す必要があります。しかしそれは皆さんの力なくしてはできません。今後とも皆さんの力を僕に貸してください」


「はっ!」


 貴族たちが一斉に礼をするところを眺めながら、歴史の一場面に立ち会っているような錯覚に陥る。いやこれは間違いなくメカリナン国の歴史書に載るような一場面のはずだ。


 そう思うとさすがに場違い感がキツい。早くパーティと合流してダンジョンに潜らないと自分が何者か忘れてしまいそうだな。

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