14章 魔の巣窟  22

 謁見の間には4人の人間が立っていた。


 1人は前にでて槍を構えている壮年の男性騎士で、これはもう一人の親衛騎士だろう。


 その奥には、ひと目で王だとわかる派手な衣装をまとった男がいた。銀髪を後ろに撫でつけ、同じく銀のあごひげを胸のあたりにまで垂らしている。年齢としては老年にさしかかっているのだろうが、伸びた背筋がそれを感じさせない。ただ顔つきにはとても王の風格はなく、せいぜいケチな悪徳社長程度のものだ。


 その隣にいるのは王妃だろう。険のある顔をした美女で、いまいましそうな顔でこちらを……特にリューシャ少年を睨んでいる。


 しかし俺が気になったのは、もう一人の人間だった。


 青白い顔をした年齢不詳の痩せた男だった。伸び放題の黒い髪と尖った鼻が強烈な印象を与えるが、そのくせ存在感は妙に薄い。身にまとった黒いローブと手にした杖から魔導師のように思えるが、そんな簡単な人物ではないような雰囲気だ。


 俺たちは隊列を組みながら近づいていき、10メートルほど手前で王たちと対峙した。


 まず口を開いたのはラーガンツ侯爵だ。


「ジゼルファ国王陛下、もはやこれまでにございます。いさぎよく王位を退き、リューシャ様にお譲りくださいますようお願い申し上げます」


「よくもそのような口がきけるものだなラーガンツの小娘が。先王たる我が兄をたぶらかし、次は子のリューシャまでも手懐けようというのか。奸智に長けた女狐が、身をわきまえよ!」


 あくまで静かな物言いをした侯爵に比べて、ジゼルファ王は口角泡を飛ばす勢いだ。残念ながら役者が違うと言うしかない。


「身の覚えのない罪をいくらなじろうとも、陛下が天意を失ったことに変わりはありませぬ。自ら位を譲られるのでしたらメカリナンの国王として名は残りましょう。しかし天意に背くなら先王を弑した罪人としての名しか残りませぬ。どうか賢明なご聖断を」


「きっ、貴様っ! なんの証拠があって王を罪人となじるかっ! 不敬不遜にも程がある! 貴様は侯爵位を剥奪した上で死罪にしてくれるっ!」


「残念ながら伯爵位以上は国法によって陛下お一人のお考えでは廃位できませぬ。もう一度お願い申し上げます。王位をリューシャ様にお譲りください。さすればジゼルファ王として歴史に名は残りましょう」


「こここここの女狐がぁっ!! ゾンケット、王命であるっ! その者の首を刎ねよっ!!」


「は……ははっ!」


 ジゼルファ王が命じると、槍を構えた親衛騎士が前に出てきた。ただその表情はかなり苦しそうで、俺としては上司から無茶ぶりされた同僚の顔を思い出して同情してしまう。


「ここは私がやります」


 アースリン氏たちが前に出ようとしたのだが、さすがにもとAランクだと荷が勝ちすぎるだろう。俺は自分から前に出た。


「貴殿は冒険者か。メカリナン王国親衛騎士ゾンケット、参るッ!」


 こちらの騎士も真面目な人間のようだ。


 彼は名乗りとともに一気に踏み込んできて正面から紫電のごとき突きを放ってきた。もちろん盾で受けるが、彼は直後に俺の右に回り込む。


 その動きは瞬間移動に近く、次の突きも神速といってよかった。


 槍の穂先が俺の脇腹に走る。しかしそれが届くより先に俺のメイスが槍を砕いた。


 鋭い反応で咄嗟に下がる騎士ゾンケット。だが同時に放たれていた『衝撃波』はかわしきれず、全身を打たれて壁まで吹き飛んでいった。


「バカなっ! ゾンケット、なにをやっておるかっ!」


 ジゼルファ王の叱咤を受け騎士ゾンケットは起き上がろうとしたようだが、アースリン氏の部下が走っていって取り押さえた。これで親衛騎士は二人生け捕り成功である。


「国王陛下、ご決断を」


 侯爵が再度迫る。しかしジゼルファ王は「グググ……」と唸ったまま、横に立つ青白い男を睨みつけた。


「イスナーニッ! 貴様の出番だ! こいつらを皆殺しにしろ!」


 イスナーニと呼ばれた男は唇をゆがめるようにして声を出した。


「陛下、よろしいので? 私の呼び出すモノは1万の魂を引き換えにせねば消えませぬが」


「構わぬっ! 役立たずの兵1万くらいくれてやるわ! はようせいっ!」


「かしこまりました」


 不穏なことを言い始めたのでさっさと取り押さえた方がよさそうだ。俺はイスナーニの方に向かって走り出す。


「邪魔をするな」


 俺の動きに反応してイスナーニが杖を振る。黒い火球が数十、弧を描くようにして四方から飛んでくる。咄嗟に盾で受けるがなかなかに強烈な魔法だ。俺は動く自由を奪われる。


「我が呼びかけに応じ顕現せよ、魔を求め魔に堕ちた求道者の末路」


 いかにも怪しげな呪文と共に、イスナーニは杖を天に振り上げた。


 すると謁見の間の床に巨大な図形……魔法陣のようなものが浮かび上がり、そこからなにかがズズズ……とせりあがってきた。


「皆下がれっ!」


 侯爵が叫ぶ。俺もいったん侯爵の方まで戻り、姿を現しつつあるものに目を向けた。


 それは奇妙なモンスターだった。10体ほどのスケルトンを一回バラバラにして、それらを適当に集めて球にしたような姿、と言えばいいだろうか。無秩序に組み合わされた骨の中で、10ほどの頭蓋骨だけが円周状にきれいに並んでいる。


 骨でできた球の直径は3メートルほどか。羽もないのに宙に浮かんでいるのが謎である。


 ともかくも骨で構成されているならばアンデッドモンスターということだろう。


「国王陛下、リッチレギオン、御身の前にまかり越してございます」


 イスナーニが口の端を笑みの形にねじまげて言うと、不気味なモンスターを前に青い顔をしていたジゼルファ王はぎこちなく頷いた。


「う、うむ。よくやった。直ちに逆賊を平らげよ!」


「ははっ。ではリッチレギオンよ、まずは目の前の愚か者どもの魂を食らうがいい」


 イスナーニが命じると、巨大な骨の球……リッチレギオンはウオオオオンと唸り声を上げた。


 その魂を削るような声に顔を青ざめさせながら、侯爵が俺に寄ってくる。


「ソウシ殿、リッチレギオンといえば古に都市一つを灰にしたと言われているアンデッドだ。相手にできそうか?」


「勝算はあります。取り敢えず私が当たりますので侯爵は皆を連れてお下がりください」


「済まぬ、任せるぞ」


 侯爵は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに兵士たちの方を振り返って叫んだ。


「撤退っ! 急げっ!」


 侯爵の号令で、配下の兵が慌てて謁見の間から出ていく。


 ウオアァァァッ!


 リッチレギオンが叫ぶと床にいくつもの炎の輪が出現した。範囲魔法の兆候だが、一度に10以上発動できるのは異常である。名前の通り、魔法系モンスター『リッチ』の『軍団レギオン』ということだろう。見た目は骨の塊だが。


 俺は咄嗟に『衝撃波』を最大出力で発動、リッチレギオンに叩きこむ。骨の球はその一撃でバラバラに砕け散ったが、そのまま別の場所に集まり再び球になる。物理攻撃を無効化するスキルか。救いは魔法の発動を阻止できたことだ。


「リッチレギオンに普通の攻撃は効かぬ。聖属性魔法も簡単には効かぬ。最上位のアンデッドの一体ゆえな」


 イスナーニが愉快そうに宣言する。


 オウウゥゥンッ!


 リッチレギオンが唸り、今度は炎と岩と氷の槍が数百本まとめて俺に降り注ぐ。


 しかしこの程度なら『不動不倒の城壁』は貫けない。


 俺はすべての魔法を受け止めながら前進、魔法の切れ目にメイスを一振り、『衝撃波』で骨の球を吹き飛ばす。


「クヒャヒャ、強力な攻撃だが、そのような攻撃は何百繰り返そうが意味はない」


 骨の球がすぐに再生する。同時に魔法の槍と範囲攻撃の合わせ技だ。俺は走り回りながら盾で魔法の槍を受ける。一瞬イスナーニを吹き飛ばしてやろうかと思うが、ジゼルファ王がそばにいてはさすがに無理である。


 俺は走り回りつつ、一気にリッチレギオンに接近を試みた。何発か魔法の槍を食らうが、意外とダメージが少ないことに気付く。『金剛体』と各種耐性スキルがいい仕事をしているようだ。


「シイッ!」


 気合とともに直接メイスを叩きこむ。リッチレギオンはやはりバラバラになって再集結したが、今のは多少手ごたえがあった。床を見ると砕けた骨が数本分散らばっている。直前に手に入れた『水属性+3』の効果が出ているらしい。


 俺はさらに追いかけていって直接殴るを繰り返す。そのたびごとに数本の骨が砕けて飛び散る。


 ヒィィアアァァッ!!


 身の危険を感じたのか、魔法が効かないことに焦れたのか、リッチレギオンがさらに奇妙な唸り声をあげた。


 するとガシャッと音がして、骨の球から8本の骨の腕が飛び出してきた。腕の長さは2メートルはあるだろうか。それぞれの拳は赤青緑黄のオーラをまとっていて、どうも付与魔法を使っているようだ。


 リッチレギオンは宙を滑るようにして接近してくると、8本の腕を縦横無尽に振り回して殴りかかってきた。魔法系モンスターながらまさかの格闘攻撃である。


 四方から襲い掛かる骨の拳を、俺は盾で受け止めたりメイスで払ったりして防ぐ。しかしさすがに腕8本は数が多い。いなしきれずに何発も打撃を食らってしまう。


 衝撃自体はそこまで大したことはないが、属性が乗っているため結構なダメージがある。『黄昏の眷族』ザイカルの必殺技『夢幻蒼芒むげんそうぼう』に近い攻撃力はありそうだ。


「クヒャッ。リッチレギオンと正面から殴り合うとは面白い」


「イスナーニ、冒険者一人にてこずっておらんでさっさと女狐を始末せんか」


 愉快そうに笑うイスナーニに、ジゼルファ王が苛立ったような声をかける。


「いやいや、あの冒険者は見どころがありますゆえ、丁寧に殺して死体を持ち帰らせてもらいますぞ」


「いいからさっさとしろ!」


「そう焦らずとも侯爵は逃げられませぬ。この城全体をアンデッドで囲んでいますので」


「なに? ならばよい」


 嫌な話が聞こえてしまった。これはあまり時間をかけていられないようだ。


 そう思った時、視界が急に赤く染まった。これは例のあれだ、『興奮』スキルだ。やはり自身がピンチでなくても発動するようだ。恐らく発動条件は――


「おおおおッ!」


 俺はリッチレギオンの腕を弾くと、メイスと盾を捨て、素手で巨大な骨の球体に掴みかかった。骨に指をかけて球体をよじ登っていく。


 もちろん全身に凄まじい数の打撃を食らう。数本の腕が俺をとらえて引きはがそうとする。骨風情が、そんな細い腕で俺が止められると思うな。


 這い上っていくと目の前に頭蓋骨。普通の人間のものより一回り大きい。俺が両手でつかんでやるとそいつは恐怖を感じたのか口をカタカタいわせやがった。やはりここが弱点か。


「潰れろッ!」


 両手に力を込めると頭蓋骨はあっさりと砕け散った。しかも分解して逃げるスキルが発動しないらしい。俺は隣の頭蓋骨に手を伸ばした。やはりカタカタいってビビってやがる。


 俺は次々と頭蓋骨を潰して回った。10個目を拳で叩き壊すと、骨の球体は一気に弾けて地面に散らばった。これで終わりか、所詮骨だな。


「クヒョッ!? リッチレギオンを素手で倒すとは! これはますます死体が欲しくなる」


 切り札が倒されたにもかかわらず妙に嬉しそうなイスナーニ。こいつは何者なんだ。いや何者でもいいか。


 俺は左手で青白い男の首をつかまえて、右手で頭をつかんでやる。しかし右手に伝わる感触が変だ。頭がぐにゃっと変形しやがった。まさかこいつ骨がないのか? 


「おほぉ、まさか私を殺すつもりか? 事情を聞かずともよいのか?」


「興味はない」


「クヒャッ! 『冥府の燭台』、興味あらば探すがいい!」


「気が向いたらな」


 右手に力を込める。熟柿を潰すような感触が伝わり、俺の手の中でイスナーニの頭が弾けた。しかし飛び散ったのは血でも肉でもなく、なにかよくわからない青い色の液体だ。


 次の瞬間イスナーニの身体はすべてが液体に変化して、床にべちゃっと広がった。どうやら魔法的な人形かなにかだったようだ。


「ヒィッ!!」


 俺が睨むとジゼルファ王と王妃は抱き合って床に崩れ落ちた。


 こいつらに用はない。謁見の間から走って出ると、玄関ホールの方が騒がしい。恐らくアンデッドと戦っているのだろう。


 俺はそちらに向けて走り出した。

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